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失敗と成功の境目にある物

2018/12/19 11:50 投稿

  • タグ:
  • ゾンビリベンジ
  • ドリームキャスト
  • 創作

ゲームとしても、創作である。

そして、そこには「作者が居る」のだ。

それが、まあ”今までの”創作。


「SDI」繋がりだが、秋葉原のゲームセンター「Hey」にて配信中のゲームで先週か、「ゾンビリベンジ」そう言う作品が有って。ドリームキャスト後期の?視てる分には面白いそれはでも、何故か実際に遊んでると…向こうから、声が聞こえて?来る。

「この私に不満があるとでもいうの?」

どういう経緯でこれが企画されたか?は解らない、しかし。流れは想像する。
”作者”は、映像畑、特に”特撮”関係に精通した感覚の持ち主ではある。
そして、作法として「造形」を基底にして創る方法論があり、これもそれを踏襲する。
その際の「造形」それとしてどうもあるのが、登場キャラの中の「リンダ」と言う女性キャラ、この辺を土台にしているが。

この造形が、しかし「被せ」、そして或いはウチの小説「トランディ」登場の、「ミア・ラグフォード」っぽい訳だ。キャラのイメージがパクリである、訳だ。「キャラ被ってんな」そう言う。


は?

毎度毎度、自分にしか解らない様な話でダメ出ししてる事に違和感を禁じ得ない。
そして、20年は昔の古傷に近いモノを今更持ってくるその事態にも切なさは重い。

…ともかく、当時の状況では、ある。

そして、これを(勝手に)土台にしてゲームを創り?しかも作者が”皇帝創作的な意識”でネタを上げていく時、どうにも、”ここ”に批判が集中する。
しかし、”これ”が象徴するモノ?それに、そんなに問題は無い、のだ。

キャラクターとは何?に関して、様々な設定その他は、ある。しかし、これは或いは芸能界的な感覚だろうか。「もうちょっと派手さが欲しい」とか、その時のその人に言われても困るのだ。それを言ってくるその感覚は、何かの古い怨念の様なモノだろうか。ともかく結果だ、自分はこの「ゾンビリベンジ」を遊んでると、向こうから、睨まれる感覚に襲われる。

そして?実際自分が当時、「王の権威」であり…その提案にケチを付けるそれは、失敗への導線に成りかねなかったし?そして事実、この作品はほぼ「失敗」と言う扱いに成った、様だ。

当時のドリームキャストを取り巻く状況は、運の悪さに満ちていた、そう言う感覚はある。

「面白くない」その時、実際にはこの位に、意味不明な理由が、その下には眠っている訳だ。
「自分は良いと思う!」それで突っ切る時、その先には抵抗し得ない様な壁が、時にある。

「売れなかった」そこには意外と、物理的な問題がある訳だが。

納得出来ない感覚が諦めるまで、何かは動かないのかもしれない。

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