あげちうのブロマガ

古い執着と今の現実

2018/11/17 13:54 投稿

  • タグ:
  • FM-7
  • プログラム
  • 創作

ちょっと、技術系の昔話。


古いパソコンとして、「FM-NEW-7」と言うのが有る。
富士通社製「FM-7」の廉価機として有った物で、意外と普及数は有ったかも。
このパソコンは珍しく、CPUを本体と画像関係で二つ積んでいる、と言う構成をしていて。
しかし、どういう理由かで、この「画像関係」今で言うGPUへの命令は、非常に機能が制限されていた。

当時有った、PC-8801mk2の様な表現はおろか?X1の表現にさえ届かない様な、”不足”が有ったのだ。


可能性は、そこに有った。

ようするに、GPUに十分なメモリを持たせる事が出来て、そして自由にデータを送り、独立して駆動させる事が出来れば?想定としては処理速度が倍以上になった、筈なのだ。それが出来れば、少なくとも当時の主流にも遜色ない”画面は”創れた(最も、ゲームとしては「キー入力は一度入れると入れっぱなしになる」と言う欠陥?があり、根本的な難は有ったが・・・)。
この辺、ちょっと新しくはセガサターン、今ではパソコンGPUの基本構造でさえある、が。ともかく当時に出来た事は、酷かった。

データ転送は、128バイトが上限。
”そこ”に、プログラムも”全て”書かねばならない。

…何をどうしろと言うのか。

何とか当時、アセンブラを習得していた自分にとっても、それは大きな壁で。当時の主流である16×8ドット8色の小さなチップだけでも、データ量は48バイトに及ぶ。それを画面に転送するコードを、残りの80バイトで書かねばならなかった。この時点で、「GPUに重ね合わせ処理を任せる事が出来ない」訳で。この構造を設計した人には大いなる疑念は持ったものだが。ともかく?”ここまで”は何とか組む事は(本当にギリギリだったが)出来て。後は、GPUの処理が終了したと同時に、CPUの方で、”それ”を行わねばならなかった。小細工は様々やった、GPUに作画を任せてる間に?”次の”座表計算やデータ位置の決定はしてしまう。割と、頑張った記憶がある。

そして当時の主流である、「変化が無い部分は描かない」の処理を入れる事で、それは何とか、”画面的には”問題なくちらつかない、あのPC88版イース、「っぽい」画面を創る事は出来た。勿論疑似2面合成であり、”キャラ同士の合成は出来なかった”ので、キャラが重なると、先に書いた方は上書きされて…四角く消えてしまうのだけど。まあ最大の欠陥は、この表示ルーチン以外は、BASICで書かれていた事だが。

多分、秒間5フレーム位だったとは、思う(-_-;)。
それでも何とか、それは発表時までに、ゲームとしては完成したのだが。

ぶっちゃけ、「面白い?」と言うと、流石に無理は有った気はする。モンスター一匹に対して、ジャンプ力の有り過ぎる剣士が挑む。動きのどうしようも無さとキー入力の止まらない感じは市販の”それ”に遠く及ばず、それは出来たには出来たが、「もうちょっと」そんな完成度ではあって。

本体プログラムまでフルアセンブラにするとか、ゲームとしての要求を考えたらまだ先は有る、故に。

届かなかった、そんな意識は妙に今も、残っている。

そうはいっても、当時でさえもこれは?無理がある話だ。
古い時代の、この妙な衝動は、今はもう要求出来ない気はする。
古いゲームを遊ぶ時、そこに有るのはあの当時の、「もうちょっと」それではあり。
それを今の人々が忌避する、それはある意味で、当然のそれではある。

届かないのだ。


コメント

コメントはまだありません
コメントを書き込むにはログインしてください。

いまブロマガで人気の記事