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そこに居る特別を名乗るモノ

2018/11/11 17:25 投稿

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  • 経済
500万円の絵を描く人を探す。



今日のこの動画で描いた、感覚的な主観で現状、その「先生は何処?」に対して名乗りを上げているのが、ビートたけし氏な、訳だが。

「どうするんですか?」

返答はまあ、弱い。
結果もどうにも、アンニュイだ。
現れるイメージには、切り捨て感が付いて回る。
自分が”それ”で、責任の追及に抵抗しているのにも関わらず、だ。

とは言え?そこに居る限り、彼が「先生」と言う事なのだろうか。
ハリウッドシステム、「なんで?」が集中する「特異な存在」を頂点にする事で、”その先”にあるモノへ打開を要求し、それを換金に変えよう、そんなシステム。「貴方が動かなければ彼らは救えないんですよお?!」とか訴え、それでその領域には富が分配?される、様な。
昭和天皇が存命の頃は、”これ”によって打開として「対価が発生した」事が、どうも有って。それはハリウッドの、何かの定例として定着していた、そう言う想像は、している。
昭和から平成に移り、”これ”がかなり面倒な事に成ってきた。上手く機能しない(昭和天皇がもう居ないから)、しかし。実は「他に利益性が無かった」のは日本もアメリカも変わらず結果、かなり重く、世間?は”ここ”に依存して行った経緯が、何とも有る、と言う推察。
ハリウッドシステムが追及する先にある存在は、「王の権威は何処だ!?」見える範囲でそれを探し、そこへ依存?していく訳だが。

その終端に「王の権威」が居て、「中華思想の皇帝」があり、そして「朝鮮王朝の末裔」が有って。その先に、「ハリウッドシステムの標的」それが居た、そんな感じ。王の権威の先、「末端」に「大賀さん」それが入った事で、王の権威も中華思想の皇帝も、そして朝鮮王朝の末裔も「不用」に成った訳だが。ハリウッドシステム的にはまだ、その”標的”に依存する状況が続いている、そういう事なのかもしれない。ここは何かの切り替えが起こってもよさそうな物だが。望郷、執着、それはまだ少し、その先に「誰か」それを期待している感じだ。
そこには席があり、その場は特別で、そこに居る限り、何かの必要性を感じられる。

結果は出ているのか?

そこは、微妙だ。

本人的にも、大杉漣氏が亡くなったり、自分も会社から追い出されたり、あまり良い結果に成ってる様に、見えない。何かの失言その他、蓄積し得る「軽犯罪の重過失」は、自身の作品その他に重い負債を発生させていて、つまり「ビートたけしが参加する時点で数億円のマイナスからスタートする」のだ。現場?は”彼の要望を聞きつつ”そのマイナスを埋めねばならない、そこには絶望的な無理が発生し、そこに彼の罵詈雑言が残る。

「てめぇら如きはな!単に言われた通り100円ガンガン入れてりゃいいんだよ!!」

ゲーマーらは、そんな声に敏感に反応し、その場に閑古鳥は泣く訳だが。

それでも、その場に誰かが求められ、名乗りを上げる存在が居る限りは、この邪な王は、その場で叫び続ける訳だ、自身は神であるぞ!?くらいの事を。

可能性はまだ、ある?


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