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部屋の中でゲームを遊ぶ

2018/10/17 12:39 投稿

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  • エヴァンゲリオン
  • 創作
  • 思想

自分の?設定での「エヴァンゲリオン」は、神々の痴話喧嘩から始まっている。

”自分の”だ。

あくまでも、それは「黄昏の狩人」それを書いた奴の、何かの責任の様なモノとして。
だから、今のそれとは、大きく異なると言う事は大前提ではある。
今の把握として、まさかこの作品が、その「黄昏の狩人」を、良くも悪くもパチッて創られていた?と知る…前の話で。随分遠大に遠回しな自画自賛だった、そんな気も、今はする。

ともかく。

最初、「ファーストリリス」と仮称する”神様”が、地球に着底した。
この辺、クトゥルフで言う「外なる神の幼生」そんなニュアンスかもしれない。
何処で産まれ、何故地球に来たか、それは解らない。
そんな絶対者が、地球で芽吹き、そして、広がって、大きくなって行った。

”彼女”はふと、寂しさを感じて。
だから、自分を二人にする事にした。
それで、ファーストリリスは消えて、リリスと、「アダム」が現れて。
二人はそれで、夫婦として、どんどんと地球を発展させていった。
そしてやがて、二人の間に子供、”人類”、「リリン」が誕生する。

という導入から、しかしこの後、二人は仲違いする事に成り、二人とも眠りにつく。
”人類”の「出来」に関して対立が発生したからだ。粗暴で、愚かで、グロテスクだ。
もっといい子を!アダムのその感覚を、リリスはしかし、受け入れられなかった。
アダムはリリスと別れた後、一人、人類よりも良い子を創ろうとするが、満足は無く。
そして、人類と、「使徒の卵」だけが残って、いつかの審判の日に備える事に成った。

果たして人類とは、最善なのだろうか。

この話では、”神様”最後に「ヒト、人間です!」そう呼ばれるそれは、分裂する能力を持っていて、それぞれは個として独立している設定だった。


しかし?このシチュエーションを、「朝鮮王朝の末裔」に適用すると、子供も残らず…誰も、居なくなってしまう。まず、何もかも始まらない。

「誰かを犠牲にしないとハッピーに成れないから」だ。

最後に、自分と同じ存在を「創る」能力を手にしようと、自分と同じ事を考えるそれは、自分を見てどうしようとするだろう?一人殺せば幸せになれるのだ、目の前に、一人居る。

小さな部屋の中で、それは一人、消えていく事に。


思想として、これはそもそも存在出来ない。ただ人間が増える過程で発生する、何かの「間違いの一つ」ではあり。それを頂点が「それはダメだ」と考えるまでに、かなりの追及の時間を要した…それは、否定感のある現実その一つではある。その「朝鮮王朝の末裔」それが発生し、かなりのパワーを持ってしまった、それも同じく不幸で不足有る、現実の一面ではある、それだけに。

ともかく彼らの未来は、彼ら自身に問うしかない、今はそんな状況ではあって。

   寿
  (0±0)
 大賀さん
「大賀さん」の堅牢性、そう言うのには、かなりの安定感はある。ただこれを前にする時、人は何かの「一人の部屋」そこに居る事は、間違いない。男性と女性の区別なく、そこには”同じルール”が適用されており、故に、一応は、女性でも今、この環境下なら男性を介さずとも「現実」に触れる事は可能だ。簡単に言えばゲームで有る。そのゲームで高いスコアを取るには、どうするか?別に男性が隣に居る必要は今、無い。

ともかくその環境で、「朝鮮王朝の末裔」それは一人、自滅していく、筈である。
生き残る事を考えたら、思想は捨てねばならないしかし。それまでに蓄積された「軽犯罪の重過失」は、それを容易くは許さない、かもしれない。

それは、その人の人生、ではある。

ともかく目の前に、自分と同じ存在が居たら、どうするか?だ。
それは、問われている。



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