あげちうのブロマガ

妄想と現実と理解と誤解

2018/09/21 12:19 投稿

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  • 思想

「なんで、その人は”そんな事”に成ってしまったんだ?」


あげちうから、「黄昏の狩人」を盗んで、

「自分が書きました!」

そう言い切ってしまった、から。


思想の問題だ。
自分は正しい、現実の方がおかしい。
自分の選択は間違ってない、この子は良い子。
この子が悪い子で有る時、それは自分が悪い事になる。
”それ”は、絶対に違う。

多分、”その”人は、居なくなってて、その強い影響を受けた人が残って。
その遺言?と言うか思想を、極論化した形で、継続し続けていて。

その時、その子?を、叱り止める事が、或いは出来なくなっていた。


その子はその子で?何かの信条を抱えている。

「言わなければ解らないなら、言わなくて良い」

バレなければ、それは犯罪では無い。
頭が悪いと思う。奴らは何で自供しちゃうのか?言わなければ解らないのに。

”そこ”にある裏話として、本人は、夜逃げした人が、「捨てた」子供であって。
その境遇に対して存在した「正義」が、そう言うモノだった訳で。
その辺に関してはカルマ(業)そう言う話はある、”産まれつき”だ、性根に関わる。
輪廻転生の話まで持ち出さないと、この辺に説明はし難いし、理解されるとも思えず。
ともかくその子は、「罪が有るのに」地獄を通らずに現世に戻ってきた、ので。

「罪が付いたまま」だった、訳だ。何をやっても罪人的な、不運が付いて回る。


民主主義は、そう言う光景に対して「可哀想」そう言う視線を、向けてしまって。
その結果として、その子は歪んだまま、護られ続ける事に成って、遂には皇帝まで。

その流れの中で、重大な「皇帝」に至るルートに、その「黄昏の狩人」が有った訳だ。
”それ”を自分が創った!限り、自身の権威性は堅牢な物になる、殆ど何もしてなくてもだ。
その場において、”これ”は、想像以上に、重大な代物だった。

もちろん?書いた本人にとっては、「よくある作品の一つ」でしか無かった訳だが。

ともかく皇帝は、故に、”これ”を自身が書いた!そう言い続ける必要があって。
不思議な位に、本人の自供が無ければ?これを罪に問う事は出来ない状況が有って。
世相の問題もある、「カウンタ制御」それは今まで、公然の秘密でしか無かった。
皇帝は、どんどんと、その、或いは太平洋戦争から始まるその深みへと、踏み込む事に。

想像力豊かな想定、ではある。
一応、納得は出来る。

そんな感じで、「後は」その剣呑な結論を実現させる為に、皇帝はその権力と影響力の全てを使って「±0」の否定、”そこ”へと注力していく、訳だ。

その結果として?その、崩壊した家族の話が、或いは見えた訳だが。

で?

自分の方の改善は、不思議なくらいに、無い。
とは言え、「大衆は神である」(0±0)それは、否定する材料も無いのだが。

「正義は勝つ」らしい。

…どっち?


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