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自分を殺せと親は言う

2018/08/29 09:08 投稿

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  • 中華思想
  • 創作
  • 悪魔

状況は、同じだ。

その人は、それでもリアルに、真摯に、「お金を稼がねば」少なくともそうは思ってるし、仕事をしなければ、そう言う意識もある。

ただ?次第に分かるのだ、「この作品は自分を殺そうとしている」自分が創っていても、だ。「利益性」=人気がある、それは必ず統一的な方向性を持つ、正義は勝つ。やがて、或いはその恐怖?に耐えられなくなって…”自分を殺そうとする物”を、逆に殺す選択に入る。そうして、その作品は破壊される。

後には、人を殺したかのような非常識な程の失望と批判が集中するが、本人にとっては

「じゃあ!俺が死ねばいいって言うのかよ!?」

切実に、だ。民主主義的に、ここで「そうだ死ね」とは、なかなか言えない。単に駄作しか創れないだけだ。


ヘタとか上手いとか、そう言う問題では無い、それも、民主主義としては議題に出来ない。本当に、こんな事を考えてしまうのは「諸悪の根源」その一人しか、居ないだろう。多数決的に普通は、「そんな感覚が存在する事を理解出来ない」訳で。しかもこれは、奇形では無く、ある意味で「正常」な一つだ。世界には、天使と悪魔が居るのである。

そして、”それ”は悪魔の側な訳だ。


理解としては、天皇制がある国家で、「王の権威」があり、そしてだからこそ、”そこ”に「中華思想の皇帝」王の権威、その独裁性に対抗し得る壁!が居る、そう言う状況ではあって。「王の権威」その”一人”にしか、利益性の有る提案は出来ないと言う「創作」での、古い現実と、”それ”が原因で発生する強奪連鎖、階級社会、そしてそれにより潰れていく末端の悲痛と、それが原因で求められる「カウンター」対抗するパワー、その需要。それらが原因で、「中華思想の皇帝」単純に悪魔、それが現れる訳だが。

自分の考えとして、打開案は提案し、実行はしてる。「王の権威を消そう」そうすれば、皇帝も存在意義を失う筈だ。そしてそれは実行された、訳だが。ある意味で、成功はしてる。しかし、その結果として「今まで」が消えた訳じゃ、もちろんないのだ。過失は過失として残る、そして民主主義的にも「王の権威は消えました」それは戦後も天皇陛下の影響力が残った様に、直ぐには効果を示さない。

今も、「中華思想の皇帝」は”形骸的には有る”のだ。そして「今まで」は明確に、その対象へと、賠償と責任の請求を向け続ける、単純に「死ね」早く!そんな。

「皇帝」その場に居る人にとっては、中々納得し得ない状況なのだろう。或いはカーニバル(謝肉祭)だ。自分を殺し、その死体を神殿へと祀り、その場で解体し、その肉を、皆で喰らおうとしているのだ。単に、駄作を創っただけで?!

こんな感覚になるのは、一人しか居ないだろう。犯人?はほぼ特定はされた訳だが、それは、良い結果になるのかどうか。

お金を稼がねば生活は出来ない、ただ、稼ごうとすると殺される。
その不幸は果たして、自身の身から出たサビか。


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