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二兎を追う人と負えない人

2018/08/11 07:20 投稿

  • タグ:
  • ビートたけし
  • 邦画

感覚では理解出来る。

ゲーム実況主の「2BRO」その「弟者」氏が、例えば?「私が考えました!」的に、ゲーム製作を始め監督を務めた、結果。それは微妙に上手く行かなかった。

ですよねぇ。

的に、その事態は、一般的には、それほど違和感なく受け入れられる…だろう。しかし?ここで「なにゃぁこんちくしょー!」的に、妙な固執を始めた?ら、どうなるか。

…それは、そのキャラクター性その他に、重い懸念か否定が発生し始める、筈だ。人格に対して疑念が発生、「下衆い」評価が始まり、或いは本業?にさえ悪影響が始まる。

この事態に陥ったのが、結局は「ビートたけし」氏では、ある。
結論だろうか、彼は結局、自分の会社から追い出される事に成ってしまった。
公称では、映画も大ヒットした!筈なのに、だ。

そう言うモノ、である。

どうも、「キャラクター」そう言うのを持った時、監督的なポジションは諦めるなりする必要が出る、様だ。「キャラクター」その、「領土」を維持せねばならない王となったら、その勤めを放棄する事は許容されない、神の意向、それは、そう言う事かもしれない。


ただ、或いは。その「ビートたけし」氏の背を押してしまったのが、あの、「大杉漣」氏、だったろうか。「出来ない筈がありません」或いは、彼になら出来たから、だ。何故か?技術系だから。”要求に従いそれを演じる”技術に長ける時、監督業さえ、その一環に過ぎない。「キャラクターが無い」時、必ずしも、である。

”それ”を彼が、「ビートたけし」氏に要求した結果だったろうか。何かの反動は、彼を襲ってしまった。

そんな気も、する。

とは言え、邦画の世界で今、ビートたけし氏程、名前の有る人?は居るだろうか。アニメなら、幾らでも上げられるが。ビートたけし氏が「ダメだ」となったら?では、誰が、その場の王になるのか?

王が居なくなってしまう。

ともかく「王の権威」かつての昭和天皇、”そこ”に認証を受けた…通じる人物じゃないと、ダメなのだ。独裁創作の、或いは最後の?城かもしれない。”ここ”がダメだとなったらもう、「独裁創作の利益性」今までの、アーティスティックだなんだ、そう言うのは「全部、嘘だった」事になる。それが正直事実だとしても。

「諦めろ、もう無理だ」

それは、それで済むのだろうか。


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