あげちうのブロマガ

現実と空想の危機

2018/08/02 10:08 投稿

  • タグ:
  • 邦画
  • 昭和
  • 平成
  • 創作

昭和が終って、平成が始まって。

面倒な衝突はまだ有ったのかもしれない。

平成に入り、オピニオンリーダー、「王の権威」その所在が、曖昧に成った。まだ皇后様は存命だったから、”その影響”は残ってはいたが。ともかく次の所有者を見出さねばならなかった、が。

その際に、何かの戦いが有った。”今まで”と、「これから」だ。

「これから」を主張する側は、”今まで”を否定した。技術系、だ。あんたら何も出来ないくせに偉そうにしないでほしい。”今まで”は、「昭和天皇」その統制下に有った方は反発する…が?しかし、昭和天皇はもう居ないのだ、新たな”それ”を掲げねばならないそれは同じ。その時、昭和の名手?がまあ、手を上げたのだろうか。

この程度、誰でも出来るだろう?

そうして出来たのが、或いは「アラビアンファイト」、このゲームだったのだろうか。

ともかくこれは、「これから」から、全否定を受けた。全然面白くない。理由は当然だ、それを造ってるのはもう、「昭和天皇」では無いのだから。実際にはそれは、勘違いしたお上りさんでしかない。昭和天皇の飼い犬として優秀だっただけで、実際に”そこ”に必要な能力は、ほぼ無かった。

そうして、そのゲームは、或いは作者は潰れてしまって、敗北は決定した。

結果で、「これから」の側が、その領域で重い主導権を握る事になる。もちろん?彼らだって自身の創作に対し”敵”から全否定は向けられた筈だが。それは、良くも悪くも「黄昏の狩人」これが、支えてしまった。”その作者”にしろ、その時は技術系だ。「我々は偉い人である」そんな連中に不満が有る、それは同じであって。当時はそんな「被せ」ともかく創作に人々の意識が集中する時、作者は精神の、そして”身の危険”さえある…そう言う理解は無かった訳だし。良くも悪くも実は「王の権威」だ、かなりの防壁には成ってしまって。そうして結局、「これから」は、台頭していく事に成った訳だ。

「黄昏の狩人」をパクっている事は、勿論「王の権威」にも隠したまま。

この「これから」が、結局は「中華思想の皇帝」そうなっていった、が。結果は?しかし、平成は壊滅的な経済的、そして物理的損害に見舞われた時代には、成った。責任は発生し、やがて「中華思想の皇帝」は病を発症したかで、そうして亡くなり。結果、その権利?は元の「王の権威」そこに戻る、事にはなる。しかし、打開する為に、王の権威側は「大賀さん」紛争解決機構を造っていて…自身の特権を事実上捨てる事にはなり。良くも悪くも「王の権威」も「皇帝」も、昭和の理不尽、それは”全て”消える事に成った、がしかし。

あの”今まで”は、まだ残っていた訳だ。

ただ、状況は変わっていない、訳だ。彼ら”今まで”にはもう、「昭和天皇」その庇護は無い。邦画が何故、ああも微妙か?結論で「王の権威否定に陥ったから」だ、「これから」との衝突の結果、利益性を完全に否定してしまった、そういう事かもしれない。王の権威も、皇帝も居なくなった今、”今まで”は枷を外されたかのように今、或いは暴走しているのだろうか。

売れないとは、思うのだけど。
テレビは、売り上げを気にしていただろうか?

「創作が利益性を持てるなら、経済は維持できる」時。
しかし経済的危機はむしろ、これからなのかもしれない(-_-;)。

彼らは「これから」に強い否定があり、そして利益性では動かないのだ。


コメント

コメントはまだありません
コメントを書き込むにはログインしてください。

いまブロマガで人気の記事