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「認められる」と言う暗黒

2018/03/06 13:13 投稿

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  • ソウルリバース
  • ダークソウル
  • タイタンフォール
  • ゲーム
  • 創作

理解出来る範囲で。

「ソウルリバース」は、要するに「ダークソウル3」を「タイタンフォール」っぽいゲームシステムにして見た、感じであって。この時点で、何となく”雑”だ。ベクトルの差を無視してるニュアンスが、非常に思いつきと言うか…いい加減さに、レベルの低さを感じてしまう。ちょっとオリジナリティ無さすぎじゃない?その辺を隠す為にか、数多の要素を投入する訳だが根っこが考えなし的なイメージは、どうにも逆効果な評価を招きはして。不満は、ぐるぐるはしている。

とは言え、一応は、「同人っぽい」としても、”ゲームの形は成している”のだ。

この辺を否定したら、同人の数多有る「SF2をけもフレでやってみた」とかそう言うのも、全否定する事にはなる。一応、「ゲームの形を成している」時点で、パックマンの二面はクリアしている訳だが。オリンピックには出場できない”だけ”で、ゲームセンターの理念的には「使えない」レベルでは、無い。実際問題、TAITOの「ダライアス」に関しては、結構”この”ベクトルを意図的にやっている、雰囲気が実際には有って。「これで良いんだよ」そんな妙な特級など求めてない、それは。一応「名作」そのフラグを今も、維持している訳だが。

「王の権威」が存在するなら、「と言う事だから」これはそう言うモノなんだ、”それ”で。その作品は評価を変えてしまう、訳だ。「王の権威が必要だと認めた」ら、それは必要なモノだと言う認識に、社会的になる訳だ。この辺、「市場管理者」として今の平成天皇も日本の”それ”として権限?を持っている訳だが。昭和天皇は「王の権威」として”その上”にあり…現場は、天皇としてのそれよりも、王の権威としてのそれを、どうも重視してきた、感はちょっとある。売れるか売れないか?その観点で言えば、或いは今も、「王の権威」それが「これで良いです」と言ってしまえば、それで売れる様に成ってしまう、可能性は有る訳だ。

期待して良い事でも、要求するべきでも無い気はする。

とは言え、テレビの世界には今も、微妙に一般論の認識として「歪んだ人々」が多々、出る。このシステム?が強力に効いていた頃、「認めさせる」為には、無理矢理にでも「王の権威」の前に出る必要があった訳だ…無礼撃ちを覚悟の上で、だ。無理を超える時、何かは引き換えになる、そう言う歪みだったとしたら、それは今も存在し、何かの誇りと共に有る訳だ。技術を上げるより、まず前に出る!昔はそっちの方が大事だった、テレビが今、面白くないのは道理もある。

もちろんここまで聞けば解る通り、結局は「王の権威の内輪だけ」が、その富を享受できる訳だ。身近に居れば、身内に近ければ尚更、それは多少問題があっても通ってしまう。そして距離による”身分”が発生する。このシステムをこのまま継続するのは非常に問題があり、そこは「ガンダム」から「紛争解決機構」そして「大賀さん」へと、機械化の流れで地道な構築が続いた訳だが、社会はそれでもそのまま進み続けた訳で。日本は更に「天皇制」を継続している、微妙な「身分」その概念は、混沌を残し存在する訳だが。

ともかくその辺が薄れるまでは、この「ソウルリバース」みたいな、ちょっと混沌と奇妙な執着を残す創作は、出現し続けるのかもしれない。



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