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売れない豚と売れる豚

2018/02/21 09:09 投稿

  • タグ:
  • 創作
  • 独裁性
  • 民主主義

売れない時、それは理由がある。

多くが「独裁創作」そこに原因はあって。「貴方は自分が神様のつもりか?」作品がパワフルに成ってくると、どうしても壁をぶち破る!パワーがそこに発生し、その時、「その壁を形成してる人々」に、本当に、心理的にか「殴る」事には成るわけで。

その、”殴った相手”がちょっと上の方の人だと、「あいつは使うな」そう言う話になる。

理不尽なのだが、逆には、それだけ創作には危険性がある、そう言う意味でもあって。ここには思想の問題は重く、特に「民主主義」その正義は、現実の物理と衝突する事が多い。「それはプライバシーだ」だから言えない、それが原因でその先を禁止されてる時、そこには壁がある。その、酷く個人的な理由で止まってる壁を打ち破るパワー!を求める時、相応のパワーを持つ創作者はつい、そう言う作品を描いてしまう、訳だが。

”今まで”は、結構それで「本当にぶっ壊してしまった」訳だが。その先で、誰かは理不尽に別れる事になったり、或いは借金で破産したり、もしかしたら交通事故に会ったり?そう言う不幸が発生する(創作者も痛みの様なモノは感じる筈だが、それよりも衝動の方が勝る事もあり)。今は?というか、そもそも”だから”独裁的な創作それは、まず「利益に成らない」のだ、評価にさえ成らない、危険性の根本的な抑止。「遊んでんじゃねーよ」暇か?とか、それで、その作品に価値は消えてしまう、だけならまだ良い、その作者も、なんか致命的な評価の失墜を呼んで、実力があっても使って貰えない、的な事に成っていく、訳で。

誰が悪いんだろう?と言うのは、ちょっと謎だが。

この辺、今は対策が出来ていて。そもそも平成の土台だ、「黄昏の狩人」それが何故重視されたか?「土台」に載せる事で、その創作は多く、その破壊までのエネルギーを抑止される訳だ。「土台」には、それだけの強度と道理が設定されていて、一応はその過剰を吸収出来る時、その創作は相応の評価を受ける様には成る。この辺を進めて、「必要性」を見つけて、その部分に適正にパワーを送って貰う、事で、それは正当な評価になる、訳だが。ともかくその手続きをしない時、”それ”は相変わらず、売れない。

「売れない」その時、その作品にはまだ、様々な事情により問題がある訳だ。

「売れる」と言うのが、どういう状態を言うのか?は自分としては明言はし難い。「利益」それは有形なモノだけでは無いからだ、が。貧乏だが自由かつ健康体で居られる、と言う事は、月50万円位の給与を貰いつつも拘束され重度の障害か病気を持つ、より利益が高い、という視点は有る。アニメーターとか、創作者が時々早死にするのは、結局はそんな、「利益性の無い事」に拘ってしまう結果、自身を削ってしまうから、では。

しかし、彼らの衝動の多くが民主主義だ。ニコニコ動画での高い評価!は、でも正しいのか。

カウンタ制御は、今もまだ有り続ける。


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