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しょうがないさミーハーだもの

2017/11/20 12:01 投稿

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  • 創作
  • 価値

疑念?と言うべきか。

「漫画の価値って何?」


…それは、内容に寄るのだが。


基本的に人間はミーハーである。
人が集まる所に居たがる、”そこ”に正常が、理性が、人間性が、或いは英知が有るからだ、が。創作は”そう言う場”を、比較的簡単には創れる。多くの人々がその意識内に置いた、描かれた「安定した環境」それは、或いは共有され”数多の意識が集う場所に成る”訳だ。そこに(意識が)居る時、人は安心感とか、希望とか、そう言うのを感じる。そう言うのを提供できる場所には価値が発生する訳だ。

それを形成する上で、まず土台として「物語」それは、基幹には成るのだが。

「文字が読めません」或いは読むのが面倒です、等々の問題は、重い。結果、文字やら漢字やら専門用語やら、を駆使する小説やら記事やら?では集客性に限度があり…微妙な偏りは発生する。その意味で「漫画」は、絵として描かれる為にまず、理解し易い。コストパフォーマンスにも優れており、それはお金も学も無い人にも有り難い環境であると言う事で。小説その他よりも”基本的には”集客性は高い、訳だが。

とは言うが、その場が好ましいほど、それを創った作者は”その場で”次第に王に、皇帝に成っていく訳で。

以前に自分も感じた?話だが、単純に「良い」の同意を集めようとしたら。この絵は幾らくらいか?

「人類の総人口は70億人だ」と設定しても、年齢層の1%の中の20%位?とか、控えめな算定をしても。割と小さな国家位の数値に成ってもおかしくないのであって。それを単純に金額換算してたら経済は、色々とバランスを崩して破綻してしまう。もちろん創作者的には…”自分の主観的判断による数値で”換金を期待するのだけど。価値の感覚は、実際には物理的な物だったりして。

この時、”これ”を換金する事には強い否定感が出る、訳だ。適正値が…解らない。

そうなっちゃうと、「換金はしません」そう言う判断が最大多数派を形成したり、する。今の殆どの創作がどれだけクオリティを上げても換金性が低いのは、”これ”が主な原因ではあり。ともかく「換金は出来ない」となると、それは「好ましくない」と言う判断を受けたりする。実際問題、ここで作者はこの場の王、神に成ってしまうそう言うのを肯定するのは、その後にも問題が多々発生する。この場の神が如何に現実を超えた夢の世界を描こうとも「それは妄想でしかない」のだ。それを人々が求める様になったら、集団で奈落を目指す事にも繋がって、現実と軋轢を起こし始める訳で。

結局、創作は”ある程度”進むと、良くも悪くも「現実」への隷属を要求される訳だ。

最大の「理想」それは、”現実”である。現実が無ければ作者も人類も、美しい花々や可愛らしい生物その他も存在し得ないのだ。それを大前提にして、「では、どうすべきか?」そう言うのを、創作は提示する事を求められる様になる。それを提示出来ないと、その作家は”そこまで”で、止まってしまう、妄想だけでは必要性が満たせない。結局昭和の頃は、認められ”それ”を提示し続けるのが「漫画家」そう言う人種に成る訳だ。基本的には歌手でも脚本家でも、監督に近い層がしている事は”それ”ではある。社会を倫理面で維持する。私は自分が認められたその倫理、その理想を守る為に、描かねばならないのだ、あなた方の指図は受けない。

「それは独裁者と言うのではあるまいか」

結局、そうならない様に、その人々も「自分の上の立場から依頼を受ける」そう言う形式を呑まねばならなかった、訳だが。平成に入ってその辺が崩れた、認めてくれた、理想を与えてくれた?存在が消えてしまった。それを志向しているのは貴方の個人的な趣味に過ぎないのではあるまいか?”それ”に、反論出来なくなってしまった。かくして、だんだん、描く意味が解らなくなってくる…そう言うのは有って。

「お客が喜んでりゃそれで良いんだよ」

売れれば良いの、結論で、”そこ”にしか、目指すべき道は無い訳だが。

「大衆は神である」その思想としても、”そこ”が結論ではあり。それを満たす限りは仕事が与えられ、生活が続けられる、その筈であり、しかし。今までの方法論に、”この”概念がほぼ、無いのだ。餌をくれる人が居なくなってしまった動物園の動物らは、果たして生き延びる事が出来るか?実際には、創作業界はそんな状況だったのだが。

それは、どうなったのだろう。





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