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井戸の底には何も無い

2017/11/09 12:11 投稿

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  • ストリード
  • 価値

現実的にはオチ、ではある。

表の世界には基本、「ストリードの連携」は、無い。それによる利益の贈与、その構造その物が存在せず…理解がそもそも、無い。だから、末端へお金は流れない、訳だ。強奪連鎖が始まったら?末端はそのまま潰れていく、だけ。

そして、今の王は、その構造を変える気が無い、訳だが。

多分、「王自身が」破綻をその目の前にしている気は、する。例え「王の権威」だろうと、独裁創作を利益に変える術は無い…”それ”は物理だ。需要に対して供給するしか糧を生産する方法は無く、それは、「働く」そこにしか、無い。それが出来ないとしたら。

「表の世界」それはもう、”無い”のだ。


…なんだけども、全くその扉は、何とも開きそうな気配だけを…漂わせるのだな。

「価値を生産する」必要が、ある。ガンプラ”みたいな物”を大量に創って世の中に富を増やさねばならない、のだが。その時、当然あるのが「独裁性の否定」だ、その理由は「全く何の利益にもならないから」で(-_-;)。アートは幻想に過ぎない、それには本質的には価値が無い。施政者側の、都合の良い楯か何かでしかない、それは最後、実例としてその夢を語る存在の前に現れる。アートだと思った物は、単なる労働の結果に過ぎなかったのだ。

それは「扉っぽい絵」でしかないのだ。実際は、壁である。

”それ”を理解し、失望しつつ、納得して引き返す所に、”多少”お金(の元)が、あったりする訳だが。ともかく或いは状況だ、「王の権威」と「中華思想の皇帝」それは、或いは同じ場所に居て、同じ壁に挑んでいた。この壁さえ突破すれば夢は叶うのだ!が。

王の権威は、”知っている”だけだ。皇帝は、”信じなかった”だけだ。

王の権威としては、”現在の”自分の主張がより強固には…なったろう。この先は、無い。独裁性は金に成らない。今迄言っている通り、だ。この記述に価値はある、実体験だ。現実は何もかも意味?があって、そこで受け取る言葉は時に、重い。ともかく「土台」には成る。

「何でこんな事しなきゃいけないんですか?」
仕事しなさい、死にたくないなら。

シニア世代の反論は、良くも悪くもそう言うモノの塊ではある。とは言え。

「自分には無理だったけど、出来る奴は居るよね」

多分、そんな言葉は…残してしまったかもしれない。底に残った夢を、つい追い掛けてしまったのは、自分も10年くらい前の話だ。誰が悪いとも言い難いが、自身の愚かさで有る事は、間違いも無く。途中で何度もダメ出しは有った筈だが、逆走を続ける先にある限度。そこには確かに”価値”は有るのだ、「それは出来ません」限度、それは大事な知恵ではある。

知恵には、価値があるのだ。それは結局は、探求の先に有る結果でしかないのかも。

自分もまだ、「独裁性を捨てる方法」として「ストリードの連携しか有りません」それは言えない。同じ結果を見せる、他の方法があっても良い、かもしれない。ともかく自分は見つけられなかったし、今ある方法論に不足は感じない。他を探す苦労よりは、今の問題を探した方が良いが、その辺はまだ、結局は見つからず。

…でもどうだろう、これは他に方法が無い、その結論?


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