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グロテスクな程悪い頭の使い方

2017/10/29 14:59 投稿

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  • 仕事

問題は変わっていない。

「極楽浄土」これは良いが。

「桃源恋歌」これは、良くない訳だ。


何が問題か?というと、後者の方は「極楽浄土」に対する「皇帝創作」そのニュアンスがある、少なくとも”被せ”だ。結果で、好ましくない部分が強調されてしまっていて。PVとしてはその辺を把握し中和を計る訳だが、結果論かで、ますます反発されてしまう状況が有る。

「なんでこれは良くて”こっち”はダメなんです?」

自分には違いが解りません理不尽です。

ともかく結局?皇帝の方向で創作を創ると?土台まで含めて破綻させる結末しかない。何故か?と言えば、「黄昏の狩人は、盗んだ訳じゃない!」事を証明?する必要があるからだ。不足があって、それを改良した結果で有り、”これ”は私のオリジナルである!なら、それは盗品に成らないしかし。良くも悪くも「黄昏の狩人」それは「成功例」王の権威、その創作である。それ以上が無い訳で、それ以上に踏み込むと、その先は破綻にしかならない、のだ。皇帝はその不可能に挑み成功させねば単なる小さな罪人でしかない、と言う奈落へ落ち込んでいる。

幸いと言うべきか、ともかく「ストリードの連携」この形式を通すと破壊までは難しくなる、のだが。それでも強烈な否定は、相応に支持率を低下させる事は出来る。その後、被せようとした創作の方が評価を下げるとしても、方向その物はまだ、変わらない。

連携した環境、ABCDEで構築される世界は、絶対に「仕事」が発生するのだ。”それ”が無い世界こそが理想だ、我々はそれを目指しているのだ!

「それは有りません」

”現実”は、そう言う返答しかしないが。”彼ら”はそれに対して「攻撃」を続ける事になる。

皇帝が、グロテスクで有るほど頭が悪い、と言う事なのだが。しかし皇帝に責任を集中させても、それは自分を支持した?人々へとその責任を向けてしまう。それは、テレビを中心とした矛盾塊を要求する怪物の様に、世間へ妙なプレッシャーを与え続ける訳だ。テレビCMでも、「あくなき挑戦こそが!」それはつまり、我々は皇帝を支持する!そう言う意味ではあり。

「なんでウケないんだよ!?」

皇帝の憤慨と、その周囲の同意は今も、同じ場所で、「盗んだ黄昏の狩人の元で」続くのだ。そこには皇帝の椅子が(主観ではあっても)あった、”それこそが”昭和の世界であり、本来の昭和天皇が座っていた玉座。そこが!皇帝にとっての理想通りのそれでさえ有れば!自分はそこに夢を見たのに!!

小さな小瓶の様な、違う様な。そんな何かがまだ、残る。






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