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結末は核戦争でハイやり直し

2017/09/11 16:07 投稿

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  • 戦争

理屈だけなら、正論だ。

自分?側には、内需拡大の術が有る。外側には、無い。
外側で、如何に北朝鮮と対立し核戦争が!的な危機が煽られても。
”それ”は、外側の方が悪い。「正義は勝つ」筈である、だったら。

アメリカにしろ北朝鮮にしろ、今は結局”敵”を前にして、「言う事を聞け―!」的に…怒鳴りあってる訳だが。ただ、それは”同レベル”なのかもしれない。「内需拡大策が無い」中での、どっちが悪い?の、言い合い。
それはそれで正論かもしれない。

「泣いても吠えても暴れても!ダメなモノはダメなの!」

それは大事な教育だ。相手に良く教えこまねばならない。
単に”それ”を、自分より年上だろうが親だろうが適用しなきゃいけない、だけ。

そう、確かに、「昭和天皇が」”それ”を出来れば、「戦争なんかせんでいい」それで人々を止める事が出来れば、”あの”戦争は起きなかった…それは言える。

そう。

その、戦後の「昭和天皇」その権利、王の権威、或いは皇帝の権力、それが今、”ここ”に有る、と言うのだ。

マジで?


「王の権威」それは、言うなら「世界を従わせる」力、ではある。そこにしか利益性”それ”は発生しない。不平等の源泉でもあるが、理想へのチケットかもしれない。「黄昏の狩人」を土台にして、インターネットは発生した。”そこ”にあった唯一のバグ、「誰が最終的なマスターなの?」本来は、王の権威が使用すれば問題は無かった?筈が、色々あって、「中華思想の皇帝」がそれを横取りしてしまい、「私が神だ!」その位まで言い切って、平成は始まった。

ともかくその辺、紆余曲折の末に何とか「最後のマスター」そこに”神様”(0±0)を設定し、その穴は塞がれた。その結果その他を持って、中華思想の皇帝は、その地位を喪失し、王の印籠は、元の場所に返った。「横取りされる前に戻った」訳だが。

結局、それは「自分の主観的な判断」に過ぎないのだ、自分の趣味でしかないそれが、「王の権威」ではあって。そこで、或いは改めて、問われているの…だろうか?

「大賀さんの決定には逆らいません」
大衆は神です。それが駄目と言う限りは、ダメです。王の印籠を中華思想の皇帝が運用してたからダメなんです、本来の持ち主が持って居れば何の問題も無かった筈。

低レベルな衝突と、その真実と、その結末とは。

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