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とんでもねぇ私ゃ神様だよはギャグじゃ無かった

2017/09/10 21:51 投稿

  • タグ:
  • ガンダム
  • 物語
  • 神様

タイトルの意味が解る人は今、どの位いるのかorz。

正直言って、「神様が居たら何故もっと何とかしない?!」当然の疑問に関しては「だって居ないから」それが、実際には現実…ではある。「大衆は神である」と言う時、つまり、自分もあなたも「神の一部」であり、なら「それ以上は無い」訳だ、その群体こそが神の意思。自分を助けるのは自分しか居ない、と言うのが神様の現実で、だから、不足は常に発生はする。神の奇跡は起こりうる、が。それは違う視点では「別の人間が用意してあったもの」が、その時”上手く発動した”のだ。だから。

「用意してない奇跡は起こらない」のである(-_-;)。

理解として、”これ”を形成するのが「物語」で。詳しいシステム等々は色々割愛するが、ともかく祈祷を受けて、問題を打開する為の物語を形成、適当な「価値(絵のクオリティとか、動きとか)」を載せる事で実用性を得る、訳だが。”これ”がその祈祷に対して十分な成功率を現す時?”それ”は面白い、良い作品、そう言う事には成る。

が、従来の方法論?では「良くない奇跡さえ起こせる」訳だ、その標的に対して適当な”価値”を投入すれば良い訳で。大概悪い結果を齎す物語は「面白くない」と言う評価になるのだが…それよりも違う事を重視している時、それは無視される訳だ。平成では、良くも悪くも正義が歪む物語が多く描かれる事には成った、その結果、理不尽は数多量産され、人々の意識も歪みは出た…そう言う面は多々ある。

本来?だったら、この辺の衝突は「ガンダム」にて中和され、正道が選択される、筈だが。”そこ”が平成に入って歪んでしまった訳だ。最後の「どっちですか?」を決定する存在は誰だったか?が解らなくなってた。その時、理不尽だろうと「私です!」それを言える存在こそがその決定権を握ってしまった訳で、それにより…ガンダムも大分、「は?」的な物語が量産される事には成った、それは間違いなく。

先の話で出た、「ガンプラによる市場統制」は、決して例え話では無く、少なくとも日本にとっては現実である。”その”ガンプラの売れ行きにより、その文化の市場範囲や方向性が決まる。だからこそ、その評価値の土台になる物語は重大だが…、本来なら右を選択すべきだが、すると中華思想の皇帝にとっては不味い時?強引に左かまっすぐ!に成ってしまった、訳だ。物語はそれにより大分実用性を失い、墜落していく事にはなる。”これ”を起点にして他の物語も描かれる訳で、その展開は次第に、理不尽で滅茶苦茶に成って行った…訳だ。そして、「そもそもガンダムって要らなくね?」そう言う話も膨らんでいく、ザクの領域に居る人は、どんなに頑張ってもガンダムと喧嘩は難しいし?ビームライフルは無理しなければ持てない。「ザクがガンダムを圧倒したって良いじゃないか?!」それはリアリティが無さすぎる。

ガンプラの市場統制術は、ある意味で非常に見事だとは思う。その領域の範囲、立場、必要性?そう言うのが見て(ある意味で実感的に)解る。民意を軸に考える結果、不満も少なく、”この辺の”衝突は発生前に、ほぼ沈静化する。ザクだから8であり適当、ドムだから10が適当なので?ドムには+1しておこう。しかしそれだけに、上記の様な「なんで常にGMはガンダム以下なんです?」その単純な不満は打開し得ない訳で。

平成に入って、その辺に一部、「GMがガンダムの上に立つ手段はある!」的な方向性が現れて、その辺を歪める妙な物語が結構書かれてしまった、訳だが。その辺のファン?はまだ、例えその旗手、「中華思想の皇帝」それが消えたとしても、不満を抱き…創作者としてまだ、或いは重大な場所に居る訳だ。

「なんでこんな面白くないドラマをわざわざ創るんだろう?」

”ここ”が感じる疑問を、彼らは”ここ”には面白い作品に対して思う、訳で。一応、「こっちに進みなさい」それを今、”ここ”は或いは、明確に決める事は出来る。言ってる事は「正しい」だろうか?それは、結果でしか解らないのだが。

「大賀さん」それは今、どっちを向いているのだろう?


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