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ポプコムを語る その3 84年頃の誌面から

2014/12/27 21:49 投稿

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@84年頃の誌面から

記事の振り返りと同時進行で、各年度のポプコムの誌面を振り返っていきます。ポプコムの創刊は83年。しかし実は83年のポプコムは一冊ももってなくて、84年から振り返っていきます。さらに言えば、自分はこの頃ナイコンでして、リアルタイムで買っていたわけではありません。あとからヤフオクでそろえたものです。おいおい大丈夫か?という突っ込みもあるかと思いますが、創刊初期のポプコムをお伝えします。

@表紙とキャッチコピー



ポプコムの表紙は何度も変化するのですが、創刊初期はCGが使われていました。岡本博さんの作品で、デジタルな画風と派手な色使いが特徴的です。現在のCGと言えばいかにリアルに近づけるか、実写との差をなくすか、になってますが、この頃はコンピュータで絵を描くんだから今までみたことがない表現をしなくちゃ、と言われてた時代です。こういう表紙のような画像に当時の人達はワクワクしたものですが、今の若い人にはどう映るのでしょうか。



キャッチコピーの変遷もおもしろくて順にみていきたいのですが、まず創刊当初は「わかりやすくて役に立つ新感覚マイコン雑誌」です。「新感覚」という言葉は今でも「新感覚な食感」「新感覚なクイズ番組」というように使われますが、30年前でも普通に使われていたようです。「新感覚」という言葉は、全く新感覚な言葉ではないみたいですね。



@誌面



さて誌面ですが、この頃は大半がコンピュータとプログラムに関する記事です。まだポプコムがパソコンホビー誌だった時代であり、後のゲーム専門誌のような姿は全くない頃です。





ゲームソフトは「こんなソフトがおもしろい」というコーナーで、数本紹介されるページがあるだけです。攻略情報がのってるわけではありません。後に多くのユーザーにとってゲームを遊ぶということがメインになっていくわけですが、この頃はゲームもパソコンを触るという趣味の一部だった時代ですね。記事で言えばたとえば「ブラックオニキス」の紹介では、まだ一般的でなかったRPGというシステムを解説するのに四苦八苦してる様子があり、黎明期の苦労がみえます。





そして広告はゲームソフトよりもハードの広告が多いです。東芝、NEC、MSX各社などなど。その中でも目立っていたのが富士通FM-7のタモリ。何度か誌面の真ん中に折り込みの広告があり、かなり力が入っていたようです。

@プログラムの記事





この頃のパソコンはプログラムが組めなきゃ話にならない、というかプログラムを組んで当たり前、と思われていた時代で、プログラミングに関する記事がほとんどです。これから始める人向けへのBASIC、アセンブラの解説記事が多くをしめています。記事を書かれている方をみると、ほとんどが「XX大学教授」とかいった学者の方なのは、さすがにお堅い小学館というところでしょうか。そういえばポプコムには総監修で東大の渡辺茂さん※1のお名前がずっと表紙にクレジットされていました。真面目な?パソコン雑誌であるというアピールがあったんですね。

プログラムやコンピュータサイエンスの記事ですが、今読み返してみるとあまりおもしろくない・・・わかりやすくなるように工夫されてると思うのですが、中学生あたりが読むとムズカシイだろうなあ、という記事がみられます。このあたり、読者層をしぼりきれていなかったのかもしれません。

それでも当時のパソコン少年たちは、雑誌を買って必死にプログラミングを覚えた時代です。いや全員がパソコンを使うことはプログラミングをするものと思い込んでいたのです。「パソコンっプログラミングが必要?それってメンドクサクね?」と人々が気づくのはこの少し後の時代で・・・・・続きはまた次回です。

※1・渡辺茂さんのコラムが好きでした。またこのブログで語りたいと思っています。











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