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ポプコムを語る その10 87年頃の誌面から

2017/02/11 20:30 投稿

コメント:2

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当時、8bitPCの中心的存在だったPC88SR。この年87年は発売から2年が過ぎた頃です。2年間の経験を元にして、プログラマがハードの性能を存分に引き出し、技術的に優れたゲームソフトがたくさん登場した年でした。またPC98でも16bitならではのソフトが出てくるようになり、アクションゲームに強いMSX2も人気を集めれば、ハイエンド向けのX68000にも羨望の眼差しが向けられるなどなど、正にパソコンゲームの全盛期がやってきた時期です。そんな時にパソコンホビー誌から、パソコンゲーム誌へと方針転換したかのように見える87年のポプコム。実際はどんな様子だったのでしょうか。のぞいてみましょう。


@表紙とキャッチコピー



昨年までは芸能人を使用したCGが表紙でしたが、この年からアイドルの女の子の実写になります。一見、パソコン雑誌には見えないですね。学習誌のイメージから脱却し、幅拾いホビー誌であるということを表す意味もあったのでしょうか。非常にキャッチーだったと思います。

ですが、当時中学生だった自分には、女の子が表紙の雑誌を買うのってハードル高かったです。いやー別に悪いことではないと思うんですけど、レジに持っていくの恥ずかしかったです。特に自分が住んでる地域はすぐ近くに大学がありましてですね、バイトの女子大生が本屋さんのレジ係にたくさんいてたわけですよ。そのお姉さんの前にアイドルが表紙の本を差し出すなんて変に思われたらどうしよう、って悩んだりしてました・・・まあ、お姉さんはなんとも思ってなかったでしょうけどね。でも当時の自分には大問題だったのです。思春期の少年の心は微妙なの!

持って行く前に「オレはパソコン雑誌買うんだ!」って気合い入れたりしてました。



表紙に登場したアイドルの紹介記事も載ってました。だいたい登場する女の子はまだまだ世間に知られていないデビュー直後の新人さん。ポプコム読んでるうちに、自然とマイナーなアイドルに詳しくなってしまいました。学校で「あのCMに出てるのって●●ちゃんだよね?」とか言って「なんで知ってるの!?」と驚かれたこと何度もアリマス。



キャッチコピーは「Let's Enjoy Computer Life」に変更されました。昨年までの「おもしろくて役にたつ新感覚マイコン雑誌」と比べると、コンピュータを学習するという空気から、楽しむこと優先に変わったというところでしょうか。

@紙面



ゲーム記事が中心となっていますが、パソコンをクリエイティブな事に使いたい人のための記事も健在。ダビンチを使用したCG講座や、サウンド関係に投稿プログラム、特集記事では3D技術の入門やハードウェアの解説なんかもあります。ただ、ポプコム初期から続いていた3つの連載が姿を消しています。これからの社会とコンピュータのあるべき姿が書かれてきた「POPCOM提言」が86年末に終了。総監修を努められてきた渡辺茂さんのコラムも87年7月号で最後に。そしてBASICの入門マンガ「おれたちマイコン族」も87年9月号で最終回を迎えています。大幅に内容が刷新されたというわけではありませんが、雑誌の内容は確実に変化を迎えていました。

@カラーページ:ゲーム紹介



主にはゲームの記事となっています。「RPG同時進行レポート」などの、攻略法を連載記事にしたものと、新作ゲーム紹介が中心です。86年頃と比べると毎月取りあげられるソフトの数が大きく増えました。単純にページが増えたこと、発売される新作ソフトが多くなったことが原因でしょうか。

86年までは「ザナドゥ」や「ハイドライドⅡ」など、発売された後も息長く取りあげられる作品がありましたが、87年に入るとそのような傾向は減少していきます。

そして攻略法の記事よりもゲーム紹介、なにより発売前の新作の紹介に徐々にシフトしていきます。当時の自分も発売間近となった「ソーサリアン」や「ハイドライド3」の速報記事にワクワクしてた覚えがありますね。

新作の紹介が中心となっていった理由としては、この年に登場した「イース」「ジーザス」などのストーリー型ゲームには攻略記事というものが成り立ちにくくなったこと。また攻略記事などは別冊としてまとめて提供するという形が主流となったからでしょう。といっても87年はまだまだ過渡期で、この後からはっきりと誌面に現れるようになってきます。



これまで「ポプコムソフト」というブランド名でパソコンソフトを販売してきたポプコムですが、この年、初の本格派RPG「サバッシュ」の製作をスタートさせます。開発は87年に開始され、同時に毎月のように開発のレポート記事が掲載されるようになりました。

ゲームデザインは「円丈のドラゴンスレイヤー」を連載していた三遊亭円丈さん。鋭い視点でゲームソフトをバッタバッタと斬り倒していた円丈さんのセンスを生かして、既存のゲームとは違ったゲームを作ろうという企画でした。

ポプコムという雑誌とのつながりが深いソフトだったせいか、ほとんど他の雑誌では取りあげられることがなかったため、知名度は今ひとつなところもあります。しかしプレイしたことがある人は熱狂的ファンの多い作品です。完成された作品は、なるほど円丈さんらしいユニークなアイディアがあり、ヤケクソのように詰め込まれた大量のデータも入ってるし、技術的にも素晴らしくなかなかの名作と言えるでしょう。

しかし!ああ・・しかし!あくまで自分の私見ということを強調しておきますが、ソフトの出来とは別のところで、ポプコムという雑誌にとってこのソフトの影響はマイナスのほうが大きかった気がします。




当初87年12月末だった予定を大幅に遅らして、発売されたのは88年12月。円丈さんご自身が様々な機会に「Bディスクは勝手に作られた」「実は8割仕事が終わった時点で喧嘩して降りてしまってて名前も外してと頼んだ」などと発言されており、完成まではいろいろトラブルがあったようです。

最初のうちは「円丈のドラゴンスレイヤー」の方でもサバッシュについて書かれていたのに、徐々になくなっていきます。

ポプコム誌面でサバッシュについての記事が何度も取りあげられても、ソフトはいつまでたっても発売されない。本作のプロデューサー?だったライターのJD加藤さんが主に書かれていた開発レポートは毎月発売の遅れを謝るばかり。なのに、なんかはっきりしたことが伝わってこない。となってくると「あ・・・これ開発者たちのマジなケンカだ・・」と不穏な空気を感じていました。

自分はこのサバッシュの完成までをみていた一読者として、このサバッシュというソフトでポプコムという雑誌が疲れ切ってしまった。勢いを無くしたように見えるのです。みなさんはいかがでしょうか。全然そんなこと考えたこともない!という人のほうが多いのかな?コメントなどで意見をいただきたいところです。

ネガティブなこと書きましたが、記事としての開発レポートは面白かったですね。RPGってこうやって打ち合わせして作っていくんだ、というのが興味深かった。

サバッシュについては、とてもここで語り尽くせません。雑誌との兼ね合いやら、ゲーム本体の魅力やら、いろいろな視点でまた別の機会に語ってみることにしましょう。

@広告
パソコン本体ではNECとシャープが広告を出していますが、あれほど蜜月関係だった富士通の広告が消えています。この時期、富士通はログインには広告出していたんですけどね。





この年の中盤あたりから、裏表紙はシステムソフト。システムソフトの広告ってシンプルでカッコいいんですよね。ゲーム画面さえも載せない思い切りが良かった。この裏表紙の時代、好きですねー。
@白黒ページ:学習漫画でないマンガが載り始める



これまでBASIC言語の学習ハウツーマンガを掲載してきたポプコムですが、ゲームの攻略のハウツーマンガが連載されました。ソフトの題材は「ガンダーラ」。単に攻略の手順を追うだけでなく、各キャラクターに工夫があって、しっかりと笑いまでとるというかなりよくできた作品です。さらに、こちらもゲームから題材をとった「サイキックウォー」が連載されます。こちらは攻略関係なしの一般的なストーリーマンガとなっています。このあたり、雑誌がパソコン学習誌という面から脱却を図った新しい試みだったのでしょう。マンガはこの後も誌面の中で重要な役割を果たすようになっていきます。

↓ポプコムのマンガについては下記にまとめたので、こちらも是非
http://ch.nicovideo.jp/tool/blomaga/edit?article_id=1074700

技術情報は相変わらず健在。今みるとほんと充実してますねー。当時、ほとんど読んでなくてすいません(´・ω・`)

@まとめ
87年のポプコムというと、自分としては「ゲーム雑誌」という印象でしたが、今回あらためて観てみると、意外とそうでもなくしっかりとハードや技術の情報が載っていました。しかし、そうは言っても先に挙げた看板連載が終了したり、攻略マンガなどの新しい企画が始まっています。

以前はハードや技術系の記事は文章が固めのものばかりだったのですが、この時期になると柔らかく砕けた感じのものも載るようになってきました。おそらくはこの時期、ポプコムははっきりと中学生と高校生をターゲットにしぼったのではないでしょうか。さらには「イース」などのストーリー型のゲームの登場でゲームの質が変化するなど、雑誌の外の部分の変化も大きかったのでしょう。

表面的には変化がみえにくくても、見えないところでは確実に地殻変動が起きていた1年といえます。そしてその変動は翌年あたりから目に見える形になっていくのですが・・・それはまた次回!

@まとめその2
うーん毎回書いてて怖い。本紙を調べてはいますが、基本的に自分の主観を語ってるので、「それ違う」と言われても仕方ない(´・ω・`)。いずれ最後までいったらみなさんのご意見のをいただいた上でリライトしたいですなー。

コメント

みのる
No.1 (2021/02/08 14:05)
「サバッシュというソフトでポプコムという雑誌が疲れ切ってしまった」に同感。あの辺りから方向性が変わってしまい購読意欲が薄らいでいった記憶があります。求めていたのはゲーム雑誌ではなかったのに…
きよぼん (著者)
No.2 (2021/02/08 22:45)
>>1
>みのるさん

コメントありがとうございます。自分の印象ですが、サバッシュというソフトにリソースを割きすぎてバランスが欠落した気がします。同じように感じた方がいらっしゃってホッとしてます。

85年あたりからゲーム情報が雑誌の中核となっていましたが、それでも86年くらいまでは「パソコンホビー雑誌」としての趣が残っていました。自分もゲーム情報目当てで買ってましたが、やはりファミコンとは違って、コンピュータで
どんな楽しいことができるのか?というワクワクが欲しかったという思いがあります。

「ゲームとパソコン」ではなくて「ゲームとその他」になった87年以降は似てるようで別の雑誌になったような印象がありますねー。

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