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けものフレンズ2に関して思うことと今後の活動方針について

2019/04/02 23:24 投稿

コメント:1

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こんにちは。
ニコ動でジャガーマンシリーズなどを投稿しているアバゴーラ君と申します。

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この度『けものフレンズ2』の最終回が放送されたということで、私がこの作品について抱いた感想などを書いていきたいと思います。

はじめに断っておきますが、あまり楽しい内容ではありませんので、けもフレ2を純粋に楽しめたという方は読まないことを強く推奨します。
読んでしまって気分を害された場合でも私自身は一切の責任を負いかねますのでご了承ください(なるべくきつい表現を使わないよう心掛けてはいますが)。

正直あまり批判的なことを発信したくはないのですが、どうしても何かしらの形でこの気持ちを吐き出しておきたかったのです。
とはいえ動画で表明するのは今まで私が従ってきた「ここすき」の行動原理とは異なるしぶっちゃけそんな手間をかける気力もなかったので、こういった形を取らせていただきました。SNSの類もやっていませんしね。

という訳で、以上を踏まえた上でなお読んでくださる方は下にスクロールをお願いします。












































ではここから本題に入ります。

結論から言うと、私はけものフレンズ2を「けものフレンズ1期の続編」として見ることができませんでした。


こうなった背景にはいろいろありますが、最も問題なのは
「1期へのリスペクトが足りない」
この点に尽きると思います。
本当は公式に対してこんなことを言いたくはないんですけどね。


とりわけ受け入れ難かったのが、1期のキャラである「ボス」と「かばんちゃん」の扱いについてです。
ここで言うボスとはラッキービースト全体を指すのではなく、かばんちゃんたちの旅に同行したあの個体のことだと考えてください。

ボスの扱いについて



1期を最終話まで見た方なら概ね同意していただけると思うのですが、1期におけるボスは単なるガイドロボットではなく、かばんちゃん・サーバルちゃんと共に旅をした大切な「仲間」でした。
動物と機械という種族の違いはあれど、作中においてフレンズたち(かばんちゃん含む)はボスを異なる存在であるとは認識しておらず、同じ仲間として扱っていたように思います。
(そもそも機械という概念を知らないフレンズがほとんどなので当然といえば当然ですが)

そしてボスもまたかばんちゃんたちを仲間と認識し、時に感情のようなものを見せながら常に彼女たちの力になるべく行動していました。
だからこそ、12話でボスが発したあの台詞には多くの視聴者が心を打たれたのではないでしょうか。

しかしそんなボスの立ち位置を根本から否定したのが、『2』の6話における描写です。



正直ここを見た時は頭がおかしくなりそうでした。
1期では仲間として扱われていたボスが、十把一絡げに引き出しへと放り込まれている…
やや過剰な表現になりますが、心情的にはグロ画像を見せられたような気分です。

この描写を見た時点で、制作陣はボスを単なる道具としか思っていないんだなぁと私は感じました。
もしかすると作画・演出班まで情報が共有できていなかったためにちぐはぐな描写になってしまった可能性もありますが、これをNGとせず通してしまった時点で上のスタッフの責任だと思います。

しかも作中においてボスを道具扱いしているのがかばんちゃんだというのだから、なおさら始末に負えない。
これについては次項で記述します。

かばんちゃんの扱いについて



個人的に『2』最大の失策はかばんちゃんを出してしまったことだと思っています。

『2』では1期より成長したと思われるかばんちゃんが登場しましたが、その性格は1期の頃とはまるで別人のように荒んでしまっていました。
サーバルちゃんをなぜか呼び捨てにし、ボスのアドバイスに対してぞんざいな対応を返し、さらにアムールトラのビーストを「あいつ」呼ばわり。
極めつけは上述の通り、複数のラッキービーストをまとめて引き出しに放り込むという蛮行。
正直同一人物とは思いたくないほどの変貌っぷりです。

1期の旅を通して優しさだけでなく強さも身につけたかばんちゃんが、どうしてここまでの激変を遂げてしまったのか?
それを説明するには、『2』までの空白期間にかばんちゃんの性格を変えてしまうような大きな事件があったと考えるより他ありません。
サーバルちゃんの記憶が失われていることと照らし合わせれば、おそらくサーバルちゃんがセルリアンに食べられるようなことがあったか、あるいはそれに類する事態が起きたと考えるのが妥当でしょう。

1期ラストでヒトを探す旅に出たかばんちゃんとそれに同行したボス、そして後から追いかけていったサーバルちゃん。
そんな彼女たちの旅が悪い結果で終わってしまったのは、上記のことを踏まえると想像に難くありません。
なぜ、かばんちゃんたちがそのような目に合わなければならないのか。
私はそんな描写が生まれてしまったことが悲しくて仕方がないのです。
(仮に制作陣が「間」を全く考えていなかったとしても、「結果」が生じてしまっている以上その過程を想像するのはファンとして当然の権利であるはずです。)

総評

以上が主に私の抱いたけもフレ2への感想になります。
本当は他にもフレンズ同士がギスギスしすぎとか動物要素を蔑ろにしすぎとかいろいろ言いたいことはあるのですが、全て書き連ねていたら一昼夜では終わらないのでこの辺にしておきます。

こんなことになるのなら、1期の続編ではなく全くの別物として出せばよかった。
元々けものフレンズは旧アプリ版が根底にあり、そこからアニメ1期だけに留まらず舞台・音楽・漫画・新規アプリと多方面に展開していったプロジェクトなのですから、数ある解釈のうちの一つとして扱うことはできたはずなんです。
そうすれば単純な出来の良し悪しはともかく、1期ファンの神経を逆撫でしてここまでの炎上に至ることもなかったのではないでしょうか。
総統閣下が毎週のように怒り狂うこともなかったはずです。
けものフレンズの看板を掲げている時点で比較されるのはやむなしとも思いますけどね。

しかし実際は中途半端に1期要素を入れたことで地続きの話であることがはっきりしてしまい、多くの1期ファンから批難されることとなってしまった。
多数のファンを抱える作品の続きを描く立場であるにも関わらず、あまりにも前作への理解とリスペクトが軽薄すぎたと思います。

今後公式から「かばんちゃんやボスに関する描写は全て間違いであった」と表明されるようなことがない限り、私が『2』を続編として認めることは未来永劫ないでしょう。
それくらい、上で書いたことは私にとって「絶対に超えてほしくない一線」だったのです。

ちなみに私は最終話を見ていませんし、今後見るつもりもありません。
呪詛堕ちした方々を見るととても見ようという気になれないので…
というか上述したかばんちゃんとボスの問題はどう考えても回収されないので、仮に大団円だったとしても私のスタンスは変わらないんですけどね。

今後の活動方針について

こう書くとまるで引退するかのようですが、けものフレンズの二次創作活動は続けたいと考えています。

私自身9.25事件でかなりショックを受けた立場ではあるのですが、それでもけものフレンズというコンテンツから離れずにいられたのは、一重にジャガーマンシリーズという界隈で「ここすき」を伝える精神の尊さを学んだからに他ありません。
『2』に対するスタンスを変えるつもりはありませんが、そうは言ってもけものフレンズ自体を嫌いになった訳ではないので、今までと同じように「ここすき」を表明していきたいというのが本心です。

1期が好きなのはもちろん変わらないですし、上で散々書き連ねた『2』に関してもごく一部ながら好きになれる要素はありました。
それは「ゴマちゃん」ことG・ロードランナーちゃんとイエイヌちゃんです。
『2』の中でもこの2人に関してだけは、今後二次創作を行う可能性があるとここで表明しておきます(ゴマちゃんは既に一度動画のネタにしていますが)。

『2』を否定しながら一部のキャラとそれに付随するネタだけを取り上げるのは矛盾しているように思えるかもしれませんが、私自身としてはおかしな行為だとは思っていません。
二次創作で生まれたものを他のファンが受け継ぎ、輪を広げていく…1期の頃にもあった流れであり、私はこういった「楽しい」を見つけて発信する行為を素晴らしいものだと考えているからです。
なので愚痴を書くのはここだけにして、動画で「ここきらい」を表明することはないようにしようと思っています。

長々と書いてきましたが、私の言いたいことは以上となります。
ここまでお読みくださった方は(いらっしゃればですが)駄文にお付き合いいただきありがとうございました。

コメント

popnmusicxx
No.1 (2019/05/10 21:02)
そのままでは終わっていたコンテンツの間口を広げて「子どもでも楽しめる展開」にしたのが1期
素直に引き継げなかったあたり原作者やその周辺の捻じくれた性格がそのまま作品に出てしまったように思います
間口を広げてパークの危機を救ったというストーリーをまた、狭いニヒルでニッチな世界観に巻き戻した
元の木阿弥とはこのことでしょう もともとがもともとですからね
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