サヨナラ☆タブロイド

お前なんで生きてるの?~ダークナイト~

2014/06/12 01:03 投稿

  • タグ:
  • ダークナイト
  • 変態
  • 表現規制
  • バットマン
  • 弾幕アマノジャク
  • ジョーカー
  • 映画
  • 伊藤計画

諸君。

私にもやっと春が来た。


春といえばそう!!

変態の季節である。




(容疑者自宅からの押収品)



被疑者は、「 冬であれば気付いていた。決して故意ではない。」 と主張。
対して検察側は、これら衣服を重要な証拠品として、近日中に立件する方針。
なお複数の証言によると、押収された衣服は、同氏が勤務地から帰宅する直前には、
既にこのようなボロボロの状態であったという。


・・・そんなわけで、今回は「変態」をテーマに語っていきたいと思う。

もはや春どころか梅雨の只中だが、夏も変態の季節なので大して問題は無い!

ムシムシと暑い陽気な一日。 そして自転車通勤。

みんなもうっかり変質者にならないよう気をつけよう。


"To them you're a freak like me !"


・・なお、キッカケは以下のブログである。

http://d.hatena.ne.jp/Projectitoh/20080723
http://d.hatena.ne.jp/Projectitoh/20081003


虐殺機関、ハーモニーのアニメ化ニュース(だいぶ前)より、
そういや伊藤計画って誰だっけ?・・というところから、この記事は出発した。


『ダークナイト』・・クリストファー・ノーラン監督の代表作、文句なしに名作。
以下、この作品についての蘊蓄が続く。まだ見てない人は、今すぐクリックだ。

今日はそれだけでも十分。作品を楽しむのに、屁理屈は必要ない。センスオブワンダー!



理屈はいつだって後付けだ。


だから、作品のつまらなさはともかく、面白さは理屈と関係ない。

理屈を考え始めるころには、とっくに面白さなんて過ぎ去っている。



・・しかし、過ぎ去った面白さに代わり、理屈は忘れられない呪いとなる。

すぐれた作品には、いつも理屈が憑き物である。


理屈はいつだって後付けだ。



ちなみに、前回扱った表現規制との絡みでいえば、
この作品は、かの「オーロラ銃乱射事件」とも関わっている。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%83%AD%E3%83%A9%E9%8A%83%E4%B9%B1%E5%B0%84%E4%BA%8B%E4%BB%B6

(前回記事)
http://ch.nicovideo.jp/a-complex/blomaga/ar529502

(あわせて読みたい)「検証されない仮説によって法律、規制をつくるべきではない」

http://news.nicovideo.jp/watch/nw1098899?cc_referrer=nicotop_news&topic


上記リンクの通り、この事件で、12人が死亡、58人が負傷。

犯行現場は、ショッピングモール内の映画館。

犯行時刻は、「ダークナイト・ライジング」のプレミア上映会のさなか。

取り調べの際、犯人は自らを「ジョーカー」と名乗った。



たとえ作品が無くても、目の前の犯行は、起こり得たかもしれない。

いつ、どこで、どのようなことを、犯人が口走ろうとも。

しかし、いくら甘めに見ても、この"因果関係"は、"一部の風評"よりは深刻だ。

『広範なマクロ事象と違い、個別のミクロの事案は、観測対象として適切でない』

などと言い腐って、ふだんの三面記事を読み飛ばしてしまう私でも、
それが一面記事ともなれば、内心全く穏やかではない。


『こんな作品がなければ、こんなことは起こらなかったのじゃないか?!』

という論理に、予見性の有無や、はたまたバタフライ・エフェクトを持ち出して、
相手を説得する自信は私には無い。

たとえ天災でも、目の前の個人にとっては、起こったことが全てだ。


同事件の後、CMなどは一時自粛され、配給元のワーナーブラザーズは、
被害者らを支援する寄付(100万ドル?)を行った。

幸い、これを理由に映画そのものが封印されることは無かった。
だから今でも、この作品はレンタルできる。(一部プレミア上映が中止されたとはいえ)

懸念された模倣犯の話はとくに聞かないし、
日本では(私ふくめ)憶えていない人の方が多いだろう。数ある銃乱射事件の一つ。

少なくとも新作は、「そういう作品ではなかった」とは思う。(Why so serius ?)

これは単なる感想だ。あとついでに言えば、ジョーカーは銃を好まない。


話が逸れた。それでもダークナイトは名作である。見ておこう。



この作品は、構造がとてもハッキリしている。

まずこの世界の正義と秩序は、すでにかなり後退している。

ゴッサムシティの景色を見れば、誰もが数秒でわかることだ。


これを前提として、対照的な2人のキャラクターが描かれる。

ひとりはバットマン。もうひとりはジョーカー。


バットマンはこの世界に対し、他者の規範となることを放棄する。

自らの模倣や追随は許さない。バットマンはマスクを被る。

ジョーカーはこの世界に対し、混沌への従属を呼び掛ける。

自らが世界の体現者と信じて疑わない。ジャックは口を大きく開く。


バットマンは個人が為し得る範囲で、最大限の重武装だ。

自らの財力や技術の粋を尽くし、あらゆるガジェットを詰め込む。

ジョーカーはそれに対し、どこまでも徒手空拳である。

火薬とダイナマイトとガソリンだけが彼の友達だ。(3Dプリンタ銃なら使いそうだが)


バットマンはこの世界において、なおも不殺の誓いを守っている。

より正確にいえば、それだけは守っている。不殺は彼の最後の聖域である。

それゆえ彼は、丸腰の相手に弱い部分がある。

アーカム精神病院はその結果である。


ジョーカーはもちろん他人を殺すが、彼にも強いこだわりがある。チキンレースだ。

作中で彼は、徹頭徹尾このチキンレースの手続きを守っている。

それゆえ彼は、重武装の相手に対抗しうる。

たとえギャングでも分け隔てなく、崖からの身投げを推奨する。


---------------------------------------------


なお、検事ハービーはこの2人の引き立て役である。

この作品を美しく刈り込まれた西洋庭園に喩えるなら、彼は庭園を区切る境界線である。

彼の存在が、立ち入り禁止の区域と、そうでない場所を隔ててくれる。

彼は一般の観客に踏みしだかれることで、人々に安全な通路を提供する。

2人の間の対称性を、彼は分かりやすく提示する。



作品論はしばしば個々の印象論に陥る。しかし、この作品はとても分かりやすい。

この作品はそうした解釈の余地をことごとく撥ね退ける。

伊藤氏が書き遺した通り、ノーランのジョーカーには、バートンのような逃げ場は無い。

この作品はシンプルだ。アンパン一発でバイキン城に引き戻される愛おしさは彼に無い。

バットマンはジョーカーに勝てない。ジョーカーは正義のいやらしさも上書きする。

あの鼻に付く大富豪、ブルース・ウェインのいやらしさも、だ。

このゴッサムシティでは、正義と悪の攻守さえ反転している。彼の城はどこにある?

さてダークナイトの名は、バットマンのものだったか?ジョーカーのものだったか?



まだ確認すべきことが半分ほど残っている。

もう書きたくなくなってきたが、もう少し書こう。

たいていの作品は、気持ちとかをまとめると、少しは胸が軽くなる。

たとえ見当外れの総括でも、矮小な見物客の一人である自分を慰めてくれる。

しかし今回は、書けば書くほど気が重くなる。出来すぎた完成品だ。


---------------------------------------------


この作品の主なギミックは、先ほど述べたようにチキンレースだ。

ブルース・ウェインは莫大な賭け金を所有し、ジョーカーは瀬戸際外交で応じる。

「オール・オア・ナッシング」これなら相手の掛け金がやや多くても"公平"だ。

いかなる相手にも相互確証破壊を盾にして、ゴッサムシティの争いと不安を守る。

・・もちろん、人質を盾に脅す悪役など、この世にありふれている。

奴らは終盤追い詰められたあと、ようやく人質をカードに切る。

なにがしかの交換条件を持ちかけ、たいていは自滅、よくても痛み分けに終わる。

強欲な者は自分の皿に盛り過ぎ、軽率な者は相手の皿に載せ忘れる。

・・一方ジョーカーも、たしかに取引を持ちかける。少なくとも形式的には。

ただしこれは、そもそも取引であるかどうかさえ怪しい。彼の皿に対価は必要ない。

もとより彼は、新たに奪う必要がない。彼はガソリンを愛するが、すぐ使用する。

ゴッサムは彼の所有物ではないが、何を持たなくとも、彼の街はゴッサムだ。


彼はこの街の現在に適応している。この街は、はじめから彼の持ち部屋となっている。

あえて言えば、この街の狂気に追いつくことこそが、彼の望みである。

"I'm a dog chasing cars... I wouldn't know what to do with one if I caught it."

さて、このレースで三日天下とは、一体誰にふさわしい言葉だっただろう?



バットマンの活躍(?)に対し、ある日本の書き手がこう評したらしい。(詳しくは知らない)

「あちこちで戦争を起こし、金融支配で混乱をもたらす、アメリカの正義の自己弁護だ」

たしかに、執事アルフレッドがビルマの山賊を森ごと燃やした話や、
盗聴その他の脱法行為は、現実のアメリカを反映したものであろう。

付け加えれば、米住宅バブル崩壊(2007)やリーマンショックも、映画公開とほぼ同時期だ。


・・・だがこの批判は、もっと残酷な結論を回避している。


この堕落した街において、人々は決して主役たりえない。徹底的に無力な存在だ。

ヒーローであるバットマンへ力を貸すこと、バットマンに憧れることは許されない。

ただひたすら選択から逃げ惑い消耗し、己の自立と自由意思は否定される。

これが善良なゴッサム市民のあるべき姿だ。そして終いには、その祈りさえも封じられる。

上記から逸脱した覚醒した市民は、キチガイとしてジョーカーに利用される。

たとえ真に高潔で勇敢で、心の底からの善意に満ちていたとしても。

ジョーカーは別に非力でも何でもない。この街の卓越したユーザーである。

この点で、彼は通常の一般人のはるか彼方に居る。

彼がモノをあまり持ちたがらないのは、この卓越性を証明するためだ。

彼はゴッサムが自らの身体の延長であるように、文字通り手足となって動くことを望む。

これはバットマンが、いかに手を尽くしてもこの街の異物であることと対照的である。

バットモービルもスーツも、結局彼の私有物だ。

ジョーカーは己がこの街の化身であり、適応の末の最終解であることを示そうとする。

公衆を利用し、そこから生まれ得るのは狂気の淵の他にないことを迫る。

・・・こうして、ダークナイトの二つ名は、nightからknightへと変化して終わる。

神妙な面持ちの観客らも、これで納得し、この劇場を後にするのだ。(あらためてヒドい!)



そりゃ、『私だけ』が知っている、都合のいいヒーローなんて、下らぬ妄想かもしれない。

このダークヒーローのジレンマを、バットマンは鮮やかに解いてみせる。

「そこまでするか?」と言いたくなるが、これは書き手のジレンマと地続きである。

今回これを題材にしたのも、同作品がこの問題にきちんと解答を用意しているからだ。

・・・まず言うまでも無く、書き手は変態である。

たとえば、このように長文を書くことは、どう考えてもキモい。異質な行為だ。

それでいて、書き手はある程度はふつうの人、いわゆる一般の読み手を意識する。

理解や納得、妥協や共感、警告や威嚇、認識や認知など、いろいろ水準はあるだろうが、
たとえ犯行声明文であっても、他者にいずれかの水準で意思の疎通を図るものだ。

自らをニュースタンダードとして、フォローし後を付いてこいと呼び掛ける、
もっともストレートなアピールもあれば、ここから先は付いてくるなと警告し、
近づく者を排除する、やや捻じれたアピールの仕方もある。

「異質にも見えるが、本当は同じ部分がある」と、譲歩や共感を訴える方法もあるし、
「そもそも俺は異質でない、あいつらが異質だ」と、書き手である自分を裏切って、
現実の疎外から逃れようとする者もいる。

私は昔から深海生物とかへんな生き物が好きで、自ずとバートン側に親近感を抱く。

しかし、ダークナイトは明確に前者の物語だ。

良心や財力その他全ての特質に恵まれてなお、異物は完全なる孤高を貫かねばならない。

それがダークヒーローのあるべき姿であり、ノーランの導いた矛盾の無い答えである。

38歳で米映画史に残る傑作を送り出した彼には、それを是とするだけの資格がある。

一方私は笑い声に耳をふさぐ。一つ穴のムジナにならぬように。[Go with a smile !]



これで①②③の3つの課題を、とりあえず全てこなした。

文を書く途中に、この作品はやっぱり発禁にすべきだったんじゃないかとも思えてきたが、
本作を実在の都市に似せ作り上げたアメリカの自由は、何だかんだ言って偉大である。

物語を彩る3人の登場人物も紹介した。

本当はゴードン警部とかの他の人物も考察した方が良かったのかもしれないが、
墓穴を掘る精神的疲労で、穴ができる前に死んでしまいそうなので控えておく。

ともかく日本では、ダークナイトを語るのはキモい。ダークナイトが好きな時点でキモい。

もう終わりにしようと思う。放課後のジョーカー。

ただし、このタイトルを冠した記事は続く。(※いつまでに書くとは言っていない)

これは巨匠ノーランの答えで、とてもじゃないが私には受け入れられないし適用できない。

ズボンの穴で答えるなら、私の目指すところは以下のような紳士的な振る舞いだ。

「ドレ、どこが?アア、この穴か。これなら前学期にもあいてたようだよ」(by H先生)

この理想は限りなく遠い。(おまけに元ネタもポカーンだ)

けれどそれでも、穴まで無かったことにはしたくない。

さいごに告白しておくと、虐殺機関とハーモニーは、(買ったけど)まだ実は読んでいない。
これもアニメ化までにはちゃんと読み解いておきたい。

その病室から見える風景に、いったい何をつかんだのかもふくめて。


(ダークナイトの訳文と原文は、以下を参照)
http://kasouonsen.com/page1/page4/page4.html
http://www.joblo.com/scripts/The_Dark_Knight.pdf


~後書き~





『弾幕アマノジャク』

今年の5月に発売。東方最新作


・・正邪かわいいよ正邪。

小傘よりも響子よりもかわいいよ!!


というわけで、正邪と言うテーマもそれなのだが、
今回の記事は、何よりも文の配置にこだわった。

作品自体、どうあがいてもシリアスなので、
意地悪な皮肉は使えても、無邪気にボケると浮く。

そんなわけで、ボケの代わりに今回は、
文や節の対称性を最優先にした。
(単語の対照性とあわせて)

弾幕とかをイメージして、(※あくまでイメージ)
なるべくきれいな形を保つよう工夫したつもりだ。


もっとも、そんなことは読む側には無関係で、
全く面白くないと言われれば返す言葉も無い。

読みにくいと言われればおっしゃる通りだ。

この偏屈な遊びに付きあってくれる人が、
もし一人でもいれば、ちょっと嬉しい。

(別に一人もいなくても悲しくなんか無いが)

今はW杯前に書き終わり、ただホッとしている。

なんでこんな面倒な記事書いたんだろう?

春に公開するはずのものが、気が付けば夏だ。

今年の決勝まで、七夕を挟んで一カ月あまり。

この日を待ち遠しく思うファンも多かろう。

季節が巡るのは呆れるほど早く、時は移る。

当てにならない願い事も、これだけは必ず叶う。

短冊の向こう岸の二人は、今年も必ず願いを果たす。

盲目に焦がれる彼らに、我々など眼中にないだろう。


          願いもどうせ浮かんで消えるが、

せめてこれだけ・・有休ください。☆///★ 天若江

          (できれば6月20日)


コメント

コメントはまだありません
コメントを書き込むにはログインしてください。

いまブロマガで人気の記事