サヨナラ☆タブロイド

表現におけるレッテル貼り

2019/09/01 23:28 投稿

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昭和恐慌時代 東北に「娘身売相談所」が堂々と開設されたのは 有名な話である

飢饉が重なり 農村の娘は 女工か娼妓になるかを迫られた


人は毎日 飢えあえぎ それこそ木の根 草の根でも食べた時代である

親なるもの 断崖 第1部」曽根富美子 宙出版 
 https://bookwalker.jp/deca927ea6-161d-4eaf-9b98-9c8882eb757e/

ではここから、「平和の少女像」あるいは『慰安婦像』をめぐって、

そのレッテル、スティグマから逃れることの不自由さについて論じたい。


ただその前に、私個人の慰安婦に関する最低限の見解を載せておく。

作品評に前書きが必要なのは不幸なことだと思うが、ご容赦願いたい。


---


まず、明治初期に制定された「芸娼妓開放令」が形骸化し、とりわけ農村部で、
芸娼妓なども含む娘の身売りが頻繁に行われていたのは事実である。


こうした身売りは昭和恐慌以前から、数多く行われていたという指摘もあるものの、
彼女らが置かれた悲惨な境遇は、察するに余りある。

「娘の身売りは昭和恐慌期に増えたのか」

また軍が関与し、明確な強制性を伴った事例としては、スマラン慰安所事件が挙げられる。

スマラン慰安所事件

これは、南方軍管轄の第16軍幹部候補生隊などが、インドネシアの複数の収容所から、
数十名のオランダ人女性を強制連行し、4か所の慰安所で強制売春させた事件である。


当時の慰安所設置の条件「女性本人の意思と署名、身体検査、定期的な金銭の支給」は
当然満たされておらず、自分の娘を連れ去られたオランダ人リーダーの訴えもあり、
たった2か月でこれらの慰安所は閉鎖されている。


以上の売春の実態や軍の関与についてまとめると、両者とも、それを禁じる法や規則が設けられていたにも拘わらず、それが十分に守られていなかったというのが、結論となる。


「狭義の強制動員が、日本軍によって『公的に』行われた事実はない」とも言えるが、
経済格差や無理な拡張が、法の支配の及ばぬ場所での性被害を生み出したのは確かである。

なお、未婚女性が海外へ異民族との性交渉目的で連れ去られるという流言は、ある意味で古典的かつ普遍的である。


少女を外国の売春街へさらっていくという流言が世の東西を問わず現代社会でも発生することは、ユダヤ人による女性誘拐のうわさを分析したエドガール・モラン『オルレアンのうわさ』でも確認できる。

流言のメディア史」p.158 佐藤卓己 (岩波新書)

従軍慰安婦問題は、金・暴力・セックスといったバズりやすい要素を全て備えており、
それゆえ流言も発生しやすい。(「忽然と客の消えるブティック」)

朝日新聞の「吉田証言」も、その一種といえる。

ただそうした流言と、現実に行われた確実性の高い性暴力とを同一視するのは愚かだろう。




では、会場での「平和の少女像」がどんなものだったかを伝えよう。

すでにメディアに出回っている通り、この像は2つの椅子と一人の少女、その肩に乗った一羽の黄色い鳥で構成されている。


この少女像は触ったり、隣に座ったり、一緒に写真を撮ることができる。(できた)

そして実際、一定数の来場者が記念写真を撮っていた。


作品が帯びてしまった政治性や、歴史的背景は一度棚上げし、まずは直に作品と触れ合い、
そのうえで改めて向き合ってほしいという、作者の意図が強く伝わってきた。

(もちろんそれを、作者による一種の偽装戦略として読み取ることも、私は否定しない)


こうした作者のメッセージは、錯綜する二国間に対して、現状で最も模範的な回答だろう。


  ←  ←  ←  ←  ←  ←  ←  ←  ←  ←  ←  ←  ←


しかし私個人の感想は、それと全く異なる。

私が感じたのは、この像に『見られている』、居心地の悪さである。


この像が、もともとの慰安婦像の"代理"として、我々の振る舞いを監視している。

韓国および国際社会の目によって、我々の側が試されているという私の感覚は、
最後まで拭えなかった。


あの狭く混雑した「不自由展」鑑賞スペースを境に、檻の内側と外側が反転して、
多数のメディアが注目する、人間動物園の見世物となったような錯覚が、私を支配した。

エヴァ貞本氏が、この像にふれたばかりに、珍しい獣の仲間に分類されてしまったように。


像そのものは、造形的に平板で、より身近な存在としてつくられている。

それを素直に、「キッタネー」などと表現すれば、即SNSによって観賞される立場になる。

もちろん逆に「カワイイ」などと表現しても、同じように糾弾されるだろう。


 →  →  →  →  →  →  →  →  →  →  →  →  → 


当日、会場内では、こんな事が起こった。


中高年の男性が、少女像の隣の椅子に座ったところ、誰かがその様子を、勝手に撮影した。

男性は激怒し、すぐさま写真を消すように撮影者に迫った。


その後、撮影者は画像を消去し、トラブルはそれ以上大きくはならなかった。

ただこの出来事は、この作品の私的な鑑賞が、もはや難しくなっていることも実感させた。



もし私が、作品の"自由な"鑑賞のため、椅子に座ったり、際どいアングルで覗いても、
カメラの被写体となった瞬間に、既存の政治的フレームで切り取られてしまう。

作品との私的な対話ではなく、何らかのパフォーマンスとして受け取られてしまう。


狂信者。あるいは弾圧者。そうでなければ相対主義者。

どうあがいても、宗派対立に巻き込まれ、私の視点など無かったことにされてしまう。



世宗大学校、朴裕河教授は「帝国の慰安婦」の著者。

彼女の本は名誉棄損で訴えられ、2015年に韓国内で事実上の出版禁止となった。


私は、旧日本軍が関与した従軍慰安婦問題について、韓国に謝罪する気は一切ない。

私はやっていないし、私は国家と自分とを重ね合わせるナショナリストでもないからだ。


私は日本人だが、日本でも韓国でもない。ましてや大日本帝国でもない。

私と"大日本帝国"の間には、私と"我々"以上の深い溝がある。

両国が過去の清算を行うなら、私はその意思を尊重するだけだ。


---


しかし、現在でもその声が奪われ、自らの表現の自由を踏みにじられている人がいるなら、
それは私の、また我々の世代の責任であると思う。


「少女像」に、未だ自由は与えられていない。

このまま時が経ち、証人を失えば、誰かの道具としての生、誰かの捌け口としての生から、
永遠に抜け出せぬまま、歴史に埋葬されるだろう。


彼女を祀り上げる人たちと、石を投げる人たちの間で、その等身大の平凡な姿には、
決して辿り着かないだろう。

呪いは今も続いている。少女の足はまだ浮いたままだ。

誰かの代わりではなくて。


(3) 表現における公/私の葛藤(遠近を抱えて)

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