熱狂と怠惰

Kritaガイド@ Niconico 1.3 Kritaの歴史とあり方

2016/07/21 13:11 投稿

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1.2で「一概に有償ツールの方が無料ツールより質がいいというわけでもありません。」と述べましたが、実はこの推論はさほど間違っているわけではありません。ですが、Kritaには特殊な事情があります。ここではそれについて解説していきましょう。

1.3 Kritaの歴史とあり方

Kritaはただの無料ペイントツールではありません。当然のことですが、無料と付くものには何かしらのしかけや裏があります

例えばMedibang Paintなんかは開発元の会社が運営する漫画・小説イラスト等を提供するサイトMediBang!へのクリエイターの囲い込みを狙っているがために無料で配布されています。

Kritaも同様に無料である理由があります。それは「Kritaが一般ユーザーがソフトウェアを自分の好きなように改造する自由を守るという信念のもと作られたため」です。

1.3.1 Kritaの開発理念―オープンソース

Kritaは無料アプリケーションの中でも特殊な「オープンソース」という種類に分類されます。これは端的に言うとアプリケーションの設計図(ソースコード)を一般に公開しているということを意味しています。

物理的な製品と異なり、ソフトウェアは実製品から設計図(ソースコード)を割り出すことはほぼ不可能です。そのため、一般ユーザーがアプリケーションを好きなように改造できるようにするためには実製品とは別にその設計図も配布する必要があります。

コンピュータプログラミングにおいては、設計図とPCさえあれば理論上誰でもほぼノーコストでそのアプリケーションを作ることが可能です。このため、公式も必然的にアプリケーションを無料配布することになります。それがKritaが無料である理由です。

しかしなぜわざわざお金を儲けられないようなシステムに固執するのでしょう?それを理解するためには、オープンソースという思想の誕生にまでさかのぼって考える必要があります。

1.3.1.1 ソフトウェアの商業化とGNUの誕生

昔々、コンピュータが生まれて間もなく、そのユーザーは皆プログラマーだった時代、彼らはしばしば自分が製作したソフトウェアのソースコードを公開し、互いの設計を参考にしながら切磋琢磨していました。当時のソフトウェア開発はどちらかというと研究寄りのものであり、探求の成果を共有することもある程度当然のものとされていたのです。

ですが、コンピュータ産業が発展し、それに伴ってソフトウェア開発が研究から職業へと移行し始めた時、ソースコードの公開という行為が問題になってきます。プログラマーを職業にしたいなら、自分の作ったソフトウェアでお金を稼ぐ必要があります。労働の成果物を誰もが勝手に利用できるオープンソースは明らかに職業としてのプログラミングには都合が悪いのです。

このようにしてコンピュータ産業の発展と共にソースコードの公開が禁止され、著作権とライセンス(使用の際守るべき契約事項)で労働の成果が守られるようになったのはある程度当然のことだったでしょう。その決断により、現在のMicrosoftやAppleなど、コンピュータ産業はここまで発展できたと言えます。

しかし、当時一部のプログラマーがそれに反旗を翻しました。彼らは労働の成果に対して当然の対価を得られなくなったとしても、ソフトウェアの設計という知識と探求の成果は共有するべきだと信じていたのです(また他人の優れた設計を見て学ぶ方がプログラマとしての成長が早まるという教育的観点もありました。このようにオープンソース運動はコンピュータ産業ごく初期のアカデミックな気風を色濃く残していると言えます)

反逆者たちの手元には当然ほとんど何も残っていませんでした。彼らは必要なものを一から自作し始めます。そうして彼らは彼らのための自由な空間を作り上げます。そのプラットフォームこそGNU/Linuxと呼ばれる開発に必要な様々なソフトウェアとそれを動かす場所となるOSからなる複合体でした。時代と共に拡大したその複合体の一部としてこのKritaもあるのです。

1.3.1.2 GPL―オープンソースを守るためのライセンス

ただ、オープンソースを実際にやる上ではある問題がありました。自分たちが知識の共有としてソースコードを公開したところで、それを使った人がオープンソースのノリに合わせてくれる保証はないということです。せっかくオープンソースでソフトウェアを公開しても、その改造物を再び著作権とライセンス(使用の際守るべき契約事項)で囲い込まれては元も子もありません。

著作権のことは皆さんご存知だと思います。ライセンスもそれに類似したものであり、それらは基本的に製品や技術に対して自分の権利を主張し、他の人がそれらを使用する場合にお金を支払う等の契約を結ばせるためのものです。これは職業としてのプログラム産業にはどうしても必要となってくるものです。

しかしオープンソース運動を発展させてゆく上で途中でこれを持ち込まれるとかつての二の舞です。そのような事態を防ぐために、GNUは自らもオープンソースのソフトウェアにライセンスを付けるという手段を選択します。それがGPLです。

当然、GPLは普通のライセンスではありません。GPLが目指すのはライセンスでの囲い込みを防ぎ、オープンソースでの自由を守るためのものです。GPLは基本的に以下の4つのルールからなります。すなわち

  1. ユーザーはどんな用途にもそのソフトウェアを自由に使用してよい
  2. ユーザーはそのソフトウェアを自由に改造・別のソフトウェアに取り込んでもよい。そのためにソフトウェアの設計図(ソースコード)が必要な場合は提供を受ける権利を持つ。
  3. そのソフトウェアのコピー、改造物、取り込んで作られたソフトウェア、ないしそれらの設計図(ソースコード)はユーザが自由に再配布してよい
  4. ただし再配布する場合には必ずそれらにもまたGPLライセンスを適用しなければならない

というようなものです。GPLを破った場合にはGPLが提供するその他の自由も同時に失効し、著作権侵害として処理されることになります。KritaもGPL(厳密にはGPLバージョン2)の元配布されています。

1から3までは従来のオープンソースのルールを明文化したものに過ぎませんが、このライセンスの特徴は4番に代表される「コピーレフト」と呼ばれる概念です。これによりオープンソースの成果物を利用したものもオープンソースとすることが強制され、ライセンスでの囲い込みを防ぐことができるのです。

しかし、意図されたものとはいえ、このライセンスは商業用途と凄まじく相性が悪いライセンスです。とりわけ強烈なのが3と4が合わさることにより、GPLライセンスのソフトウェアのコードが少しでも混入してしているとその他全てのソースコードにまで公開の義務が発生することです。ソフトウェアの機密であるソースコードの公開は、企業にとって時に賠償金の支払いよりも重大な打撃となりえます。

また、ライセンスの性質と直接の関係はないものの、オープンソースの開発者・ユーザーはライセンスの問題に商業ソフトウェア以上に敏感な側面をもちます。これは彼らが商業ソフトウェア開発企業のように資本力を背景にできず、ライセンスに頼るしかないからでしょう。彼らは商業ソフトウェアがGPLを侵しているのを発見するとしばしば積極的に訴訟に踏み切ります。

この二つが合わさったことで、GPLは商業ソフトウェアから必要以上に憎まれる結果となりました。GPLソフトウェアが混入することで他のソースコードもGPLに巻き込まれる現象を「GPL汚染」と呼んでいることもそれをよく表しているでしょう。

1.3.1.3 Kritaを利用する上でのライセンスの問題

Kritaが無料ソフトであるわけ、具体的に言えばその「デメリット」の一つはオープンソース、とりわけGPLというライセンスが付けられていることにあるでしょう。

Kritaの開発には誰もが開発者として簡単に参加できるGPLは事実大きなメリットとなってきました。現在でもKritaの開発が活発なのは、オープンソースであることによって様々な人の開発成果が絶え間なくKritaに還元されてきたからでもあります。

しかしながら、他の通常のソフトウェア開発会社から見ればGPLというのは相当やっかいな代物で、例えば、Kritaのネイティブファイルのインポート機能を実装しようとするとGPL条項に引っかかり、自分のソフトウェアのソースコードまで全て公開することを強制されます。

ただし、注意すべきことがあります。これはあくまで開発者たちの問題ということです。つまり、上のようなことはただKritaを使ってイラストを作成したい人には基本的に全く関係がないのです。

Kritaはライセンスの説明の冒頭に以下の文書を掲げています。以下引用

皆さんの作品について

皆さんがKritaを使って作ったものは皆さん個人の所有物です。皆さんの作品は全て皆さんの好きなように使うことができます。

これはKritaがあらゆる目的での商業利用が可能であることを意味しています。どんな制限も存在しません。

これがKritaを普通に使う上で知っておくべきことの全てです。つまり、ユーザーにとってKritaが無料であることの代償というのはほぼゼロなのです。

1.3.2 Kritaの歴史

オープンソースとGPLについて概説を述べてきましたが、総合的に見ればKritaはGPLライセンスにより大きな利点を得ていると言えます。オープンソースという枠組みの中で発展したKritaのユニークな開発体制について解説する前に、まずはKritaの歴史について解説を行いましょう。

1.3.2.1 Krita開発史―前史から開発開始まで

実は皮肉なことにKritaが誕生した原因は上にあるGPLに関連したライセンスを巡る紛争にあります。

発端は1990年代、Linuxでのデスクトップ環境(コンピュータ全体のGUIを作り出すソフトウェア)にありました。最初のLinuxのオープンソースなデスクトップ環境として1996年開発が開始されたKDEは、使用しているGUIツールキットQtがオープンソースではなく商業ライセンスでした(現在ではQtはGPL、LGPL、商業ライセンスからなるマルチライセンスを採用しています。)

これにGNUを中心とするLinuxの開発者たちは危機感を抱きます。そしてその後1997年に開発が開始されたオープンソースなデスクトップ環境、GNOMEはより完全なオープンソースを目指し、GIMPのGUIツールキットGTK+を採用し、Linuxでは二つのデスクトップ環境が並び立つ状態となります。両者の間にはライセンスを巡る緊張状態が強まっていました。

そして1998年のLinux Kongressで6月5日に行われたKDE創始者Matthias Ettrichのプレゼンである事件が発生します。彼はQtの汎用性を示すため、実際に既存のアプリケーションをQtに移植してみるというプレゼンを行いました。問題は彼がそのプレゼンで使ったアプリケーションがGIMPだったということでした。

GIMPのGTK+からQtへの移植はたった一晩で完了し、Qtで動くGIMPがプレゼンで披露されました。しかしQtのライセンスの問題でKDEと緊張状態にあったGNOMEにとって、KDE創始者自らGTK+の本家とも言えるGIMPをQtに移植するという行為は宣戦布告以外の何物でもありませんでした。一方KDEにとっては当時から悪名高かったGIMPのGUIを大幅に改善したQt移植版GIMPは進歩以外の何物でもありませんでした。GIMPのメーリングリストではKDEとGNOMEの対立を背景とした不毛な論争が勃発するに至ったのです。

最終的にQt移植版GIMPをMatthias Ettrichはひっこめざるを得なくなりました。それは同時にGIMPのKDEへの完全移植の道も断たれたことを意味していました。これに不満を持ったKDE開発者たちは、GIMPに代わる自分たちの画像編集アプリケーションの開発に乗り出します。

当時KDEにはKImageと呼ばれるごく簡単な画像閲覧・編集アプリケーションしか存在していませんでした。Matthias EttrichはGIMPに代わるKDEのオリジナルアプリケーションの開発をKImageを開発していたMichael Kochに提案、Michael Kochはそれに同意し、KImageの画像閲覧機能をKViewという専用ソフトに分離し、KImageに代わってそのアプリケーションの開発への参加を表明しました。そのプロジェクトはKImage Shopと呼ばれました。

KImage Shopの開発開始宣言は1999年5月31日にMatthias Elterによって行われます。最初の開発者は彼Matthias Elterと、KImage開発者Michael Koch、Daniel Duleyの3人でした。

GIMPにとって代わるツールとしてKImage Shopはその初期から野心的な開発目標が設定されていました。複数の色空間のサポートが当時から開発目標に掲げられ、そしてプラグインベースで拡張性に優れた設計は現在までKritaの特徴となり、その開発速度に貢献しています。

1.3.2.2 Krita開発史―長きにわたる開発停滞

しかしそのKImage Shopの開発は同年8月ごろまでにほぼ停止状態になってしまいます。これは翌2000年8月に最初のリリースが、2001年11月に安定版リリースがなされることになるKDE 2の開発にKImage Shopを担当していた開発者も手一杯になってしまったからでした。

ここからほぼ1年以上にわたってKImage Shopは開発もメンテナンスもほとんどされず放置され続けます。そのダメージは大きく、KImage Shopはやがてコンパイルすら困難な代物になっていきました。その間にKImage ShopというPhotoshopのパチモンみたいな名前はKrayonという名前に改称されます。

開発が実質的に停止してから1年と3ヶ月経った2000年9月31日、John Califfが初代メンテナになったことで再び開発は動き始めます。彼はコンパイルすら困難なKrayonのコードと一人取っ組み合いますが、約4カ月後の2001年2月12日に最後のコミットを行ってから彼は二度と姿を現わしませんでした。それから再びKrayonは誰にも顧みられることなく1年近く放置されることになります。

再び事態が動き始めるのは2002年2月27日、Patrick Julienが第二代メンテナに就任してからです。しかしまず彼は法的問題に直面します。なんと折角Photoshopのパクリみたいな名前からKrayonに改名したのに、その名前がドイツのグラフィックCD販売サイトcrayonから商標侵害で訴えられていたのです。その時に彼がKrayonの代わりに選択した名前こそKritaです。

メンテナとなった彼が始めたのは長らく放置されていたKritaのリファクタリングでした。この時期KDEは今までのKritaが依存していたQt 2をベースとするKDE 2からQt 3をベースとするKDE 3へと移行しており、Kritaもそれに合わせてQt 3への移植が必要となっていたのです。しかし膨大な作業量の前に、再び開発は停滞し始めます。既に開発開始から4年が過ぎようとしていました。

1.3.2.3 Krita開発史―現在の開発の原形の成立と正式リリース

そんな中、2003年10月1日にKritaの開発に参加したのが現メンテナとなっているBoudewijn Rempt氏でした。同じ年の12月14日にSven Langkamp氏が、翌2004年2月9日にCyrille BergerがKritaの開発に参加します。彼らは現在のKritaの最古参メンバーとなることになります。

Boudewijn Rempt氏が開発に参加した当時、Kritaはレイヤー移動機能しか真っ当に動く機能がないという惨憺たる状態でした。新たに開発に参加した彼らはまずはKritaを真っ当に動くようにすべく開発に取り組み始めます。

そして2004年3月8日、第二代メンテナPatrick JulienはKritaメンテナの職をBoudewijn Remptに引き継がせます。第三代の新メンテナBoudewijn Remptの元、Kritaの開発はメンテナと先述したSven Langkamp、Cyrille Berger、そしてCasper Boemann、Adrian Page、Michael Thalerの6人からなる複数人での安定した体制をようやく整えることに成功しました。

そしてこの時期から急速にKritaの開発は加速し始めます。不完全な機能を完成させる作業を終えた彼らは、遂に機能自体の強化に踏み込みます。レイヤー数の上限撤廃、ベクター機能・フィルタ機能の実装等、現在にまで続くKritaの諸機能がこの比較的短い期間に実装されています。

当時のKritaの最大の問題は同じ分野に立ちはだかるGIMPというあまりに偉大過ぎるソフトでした。KDE、そしてKOfficeの傘の下に入っていることによりソフトの更新の停止・消滅という最悪の事態は避けられているものの、Krita開発当初バージョン1.0だったGIMPは2004年3月時点でバージョン2.0に達し、KritaとGIMPの間には絶対的な差が生まれつつありました。

この問題に対し、Kritaは正面衝突を避け、GIMPに実装されていない機能の実装を行うという手段を選びます。典型的なものがLCMSによる完全な色管理システムの実装であり(GIMPがこの機能を実装するには2007年を待つことになります)その他にも複数のブラシエンジンによるブラシ機能の実装などのKrita特有の機能がこの当時に実装されました。

そして2004年9月27日、Krita最初のプレビュー版が発表されます。そして翌2005年6月2日にKOffice 1.4候補版に合わせてKritaの初のリリース候補版が、2005年6月21日に最初の安定版となるKrita 1.4がリリースされました。Krita開発開始から既に6年が経過していました。

1.3.2.4 Krita開発史―バージョン1からバージョン2

ここからKritaはKDEのオフィススイートKOfficeに所属する1ソフトとしてKOfficeの諸ソフトと歩調を合わせて開発を進めていくことになります。

2006年4月11日にKOffice 1.5と共にリリースされたKrita 1.5では色管理機能を色空間はCMYK・Lab、色深度は32ビット浮動小数点まで拡張し、グループレイヤーと調整レイヤーの実装等のレイヤー機能の強化等のGIMPとの差別化、フィルタ機能の強化等のGIMPと比較しての明らかな弱みの補正、OpenGLによるパフォーマンス向上の試み、グリッド機能の導入等が行われます。

同年8月16日には早くもKOffice 1.6と共にKrita 1.6がリリースされます。Krita 1.6では遠近法変形・遠近法グリッド・遠近法複製等のパース機能の大幅強化、レイヤーマスクの実装、フィルタ機能の強化、吸着選択やベジェ描画ツールの実装が行われました。この時点でKritaはようやく機能的にGIMPと比較するに値するソフトとしての立場を確保できるようになってきましたが、安定性の低さから敬遠され、依然としてGIMPには真っ当に相手してもらえるようなソフトではありませんでした。

そしてKDEがQt 3をベースとするKDE 3からQt 4をベースとするKDE Software Compilation 4(KDE SC 4)に移行するのに伴い、KOfficeはバージョン1シリーズを1.6台で打ち切り、Qt 4をベースとするバージョン2シリーズの開発を開始します。

KOffice 2.0のアルファ版がリリースされてゆく中、Krita開発はKOfficeサイトとは別個にKritaの公式サイトを設立することを企画します。ドメイン取得にてこずるなどのトラブルに遭いながらも、開発は2008年4月6日までには公式サイトを開設することに成功しました。

1.3.2.5 Krita開発史―バージョン2台前期:2シリーズへの大改革

KOffice 2.0安定版のリリースは2009年5月28日になされます。Kritaもそれに合わせてKrita 2.0をリリースしますが、KDE SC 4への移植は一応完了したものの、開発が間に合っておらず、安定版としてはリリースできませんでした、2.0時点ではブラシエンジンの追加(毛筆・チョーク・ダイナミック)やキャンバスへのOpenGLの適用、印刷サイズの導入が行われています。

KOffice 2.1のリリースは同年11月24日に行われます。新しいブラシエンジンの追加(スプレー・変形)と疑似無限キャンバス機能・ダイナミックブラシツールの実装が行われていましたが、依然として安定版は出せないままでした。また同時期にKrita公式サイトは現在のドメインkrita.orgに移動し、現在に続くKrita公式サイトが設立されました。

この現状に対し、Krita開発はKrita 2.1リリース直後の2009年12月1日、ある計画を発表します。それは寄付金を募集し、その資金を一人の開発者に集中させ、フルタイム雇用で一気に開発を行うというものでした。これは当時から開発者に給料を与えてフルタイム雇用を行うことで高い開発力を確保していたBlenderに倣ったものでした。選ばれた開発者は当時Kritaで活発な開発を行っていたLukáš Tvrdý氏。目標とした3000ユーロを超える資金を集めたKrita開発は翌2010年2月1日からスプリントを実行します。

さらに同2010年2月26日から3月7日にかけてデーフェンテルで2回目のKritaスプリントを開催し、これからの開発の方針について議論したKrita開発はある発表を行います。それはKritaの開発方針をPhotoshopのようなレタッチツールではなく、Corel Painterのようなペイントツールに転換するというものでした。このアイディアは2004年時点で既に提示されていたものでしたが、これが遂に公式の方針になったことにより、これよりKritaはペイント機能の強化を中心に開発を行っていくことになります。

当然Lukáš氏の開発もペイント機能を中心にして進みます。途中間隔を挟みながら7ヶ月に渡ったLukáš氏の開発により、Krita開発はKOffice 2.3のリリースとほぼ同時に遂に2010年12月10日、バージョン2シリーズ最初の安定版となるKrita 2.3のリリースを成功させます(バージョン2.2はKOffice 2.2に合わせて2010年5月27日にリリース。当然開発版)

Krita 2.3はバージョン2シリーズ最初の安定版にしてバージョン1.6以来の安定版であり、1.6と比べると、ビューでのキャンバスの回転機能の実装、7個の新規ブラシエンジンの追加、新しいブラシプリセットシステムの実装、ポップアップパレットの実装、変形機能の大幅な強化、パフォーマンスの大幅向上等が行われました。Lukáš氏のスプリントの成果が大きく反映され、Kritaはバージョン1から2にかけて大きく変化したと言えるでしょう。

このように、Krita開発はバージョン2から大きな開発方針の変更を行いました。まず一つはレタッチツールとしての開発を捨て、当時まだLinuxではニッチな領域だったペイントツールの開発に注力し始めた点です。ことここに至ってKritaは開発当初の目的であったGIMPとの正面衝突を放棄したわけです。ここからKritaは誰とも違う独自の道を歩き始めることになります。

またもう一つは独自に資金を集め、開発者の一定期間のフルタイム雇用を行うことで開発を加速させる手法を取ったことです。当時商業組織を背後に持たないFOSSソフトで、開発者を雇用して開発を行うという手法をソフトは非常に稀でしたが、この方式は常に資金不足に苦しむことになるFOSSソフトにとって開発力を比較的楽に確保できるものでした。この方式を当時からとっていたのがBlenderで、Blenderは現在独立系の高度なFOSSソフトの中でも商用ソフトに最も近接できているソフトとなっています。Kritaもそれを目指すため、これ以降あらゆる方法で開発のための資金集めの方法を試みることになります。

1.3.2.6 Krita開発史―バージョン2台中期:Calligraへの移行

一方2010年中盤にはKOfficeで内紛が発生していました。内紛の原因はKOfficeのワードプロセッサーであるKWordを巡るもので、KWordをMicrosoft Word文書に完全対応させ、いわばMicrosoft Wordのフリー版クローンのようなソフトにするか、Microsoft Wordなど構わず、KWord独自の方式を追求すべきだという2つのグループが対立していたのです。後者の意見は主にKWordの開発者、前者の意見はKritaやKexi等、KWord以外の開発者達が主となっていました。

最終的に2つのグループはプロジェクトを分割すべきという最終的な結論に至り、前者のグループは2010年12月6日Calligraという新しいプロジェクトを作り、KWordをCalligra Wordという新しいアプリケーションに入れ替え、KOfficeから離脱しました。Kritaはこの分裂に際して、ほぼ一致団結してCalligraに移行したため、内紛による影響は最小限に抑えられました。

KOfficeはKOfficeから離脱したKSpread・KPresenter・Karbon14の各プロジェクトをそれぞれKCells・KOffice Showcase・KOffice Artworkにフォークし、独自に開発を進めていくことになります。離脱した各プロジェクトの中でも規模が大きすぎたKexiとKritaはフォークされず、KOfficeから削除されました。これがKritaとKOfficeの別れでした。

二つのグループが最期に協力してリリースしたのがKOffice 2.3でした。Krita 2.3もこれと同時にリリースされています。これ以降KOfficeとCalligraは完全に独立してリリースを行うことになりますが、Calligra離脱からほどなくしてKOfficeの開発速度は一気に低下し、2011年3月1日のKOffice 2.3.1のリリースをほぼ最後として開発が停止してしまいます。これにより、CalligraはKOfficeの実質的な後継プロジェクトとしての立場を得ることになりました。

また、この時期の重要な出来事として、2011年3月頃にLinux界では非常に有名なイラストレーターであるDavid Revoy氏がGIMPを見捨て、Kritaを使い始めます。彼はこれ以降、Krita開発では貴重な「テスター」として、Kritaが実際にイラストレーターが使いやすいソフトとなるために大きな貢献をしていくこととなります。

また2011年6月、Krita開発は最初のDVD教材の開発を発表します。開発を担当するのはTimothée Giet氏。Krita開発はTimothée Giet氏をDVD教材開発のためフルタイム雇用し、彼の作ったDVD教材は2011年7月16日に予約が、同年11月24日に販売が開始されました。DVD教材を販売するという手段により、Kritaは安定した開発基盤とそのための資金源を得ることに成功します。

またCalligraと共にこの時期からKritaはWindows版の開発も開始していました。このプロジェクトは後にKrita Sketchと呼ばれることになります。Krita Sketchはタッチパネルでの操作機能が追加されていました。KO GmbHと協力し、ここからKritaは細々とではありますがLinuxにとどまらない描画ツールを目指し活動を始めます。

そして2012年4月11日、Calligra初の安定版Calligra 2.4リリースと同時にKrita 2.4がリリースされます。このリリースではブラシエンジンの強化と対称描画機能の実装が行われました。

Krita 2.5のリリースは同2012年8月13日のCalligra 2.5のリリースと共に行われました。Krita 2.5ではブラシエンジンの強化とキャンバス操作を他のツール使用時に使用できるようにする変更がなされました。

1.3.2.7 Krita開発史―バージョン2台後期:Krita財団の設立と様々な周辺環境の強化

Krita 2.5リリース後の2012年11月、Krita開発はある計画を発表します。それは一部の開発者をフルタイム雇用するための資金を提供する財団を作るというものでした。2012年12月17日、Krita財団の設立が正式に発表され、以降ユーザーからの募金・開発者への資金提供等、Kritaの財務管理を行うこととなります。まず最初に資金提供対象となった開発者はDmitry Kazakovで、彼は現在に至るまでKrita開発のエースとして活躍することになります。

Krita 2.6は翌2013年2月5日にCalligra 2.6と共にリリースされました。Krita 2.6ではOpenEXRの完全サポートのため、OpenColorIO色管理機能のサポートとパフォーマンスの向上が行われました。

またこの時期はKritaのロゴ、マスコット、財政基盤の強化等の開発の支援となる策が矢継ぎ早に実行されていきました。2013年1月にKDE Forumで今まで定まっていなかったKritaのロゴが正式に決定され、同年3月2日には開発資金募集用のTシャツの柄として、KDEのマスコットであるKonqiの再デザインをKritaで行ったTyson TanによるKritaのマスコット、Kikiが発表されます。さらに同年4月2日にはRamon Miranda2枚目のDVD教材であるMusesが発表され、翌2014年の2月16日にリリースされることになります。また同2013年6月1日にはKritaのウェブショップの設立が予告され、同6月13日にウェブショップが正式設立され、財団の資金確保のためグッズの販売が行われ始めました。

さらにWindowsタブレット向けのKrita Sketch 1.0が7月5日に発表される等、Windows及びタブレット端末への対応も行われていました。

Krita 2.7は2013年8月2日にCalligra 2.7と同時にリリースされます。Krita 2.7では主に変形ツールのオーバーホール、新しい手ブレ補正システムの実装、マスクと選択機能の強化、形状ブラシエンジンの追加と多くのブラシエンジンへのテクスチャオプションの追加等のブラシ機能の強化、及びフィルタ機能の強化が行われました。

KritaのWindowsへのサポートについても2013年9月17日にWindowsタブレット向けのKrita Geminiが発表されました。また2014年2月7日にはSteamでKritaが公開されました。

1.3.2.8 Krita開発史―バージョン2からバージョン3Kickstarter・マルチプラットフォームへの道

そして2014年3月4日、Calligra 2.8と共に満を持してリリースされたKrita 2.8は今までに例を見ない大規模なアップデートとなります。ラップアラウンドモードの実装、Clone Arrange機能の実装、ブラシプリセットの大幅な改善、キャンバス操作の大幅な改善は勿論、一番大きかったのが遂にWindows版Kritaの最初の安定版がリリースされたことです。これによりLinuxの1ソフトでしかなかったKritaはWindowsからの人口の流入により、遂に量的膨張を開始することになります。

また、タブレット専用のKrita Sketch、コンバーチブル端末向けのKrita Geminiもリリースされました。Krita GeminiについてはSteamで販売されることとなり、財団の資金基盤の強化に一役買うことになります。

ここでさらなるKritaの機能強化のため、Krita開発は奥の手に出ます。すなわち、Krita 2.9の機能開発のための資金を募るKickstarterキャンペーンです。提示した24個の機能の内から投資者による投票で選ばれた12個を実装するという目標の元2014年6月10日から始まったKickstarterキャンペーンは目標である15000ユーロを大きく上回り、20801.99ユーロに到達しました。また大幅な目標金額超過の際の追加目標として提示されたOSX版Kritaのテストビルドによって、OSX版Kritaの開発もここから開始されます。

このキャンペーンの成果はCalligra 2.9と共に2015年2月26日にリリースされたKrita 2.9でユーザーの元に提供されることになります。12個の新機能が実装されたKrita 2.9は議論の余地なく過去最大のリリースとなりました。

そして今度はKrita 3.0・3.1の開発のためのKickstarterキャンペーンが始まります。今回の目標はWindows版Kritaのユーザーたちによってたびたび指摘されていた大きなキャンバス・ブラシでのパフォーマンスの向上、及び今まで細々と開発が続けられてきたもののその重さから実装までには至っていなかったアニメーション機能の実装です。2015年5月4日から開始されたキャンペーンは目標金額である20000ユーロを10000ユーロ以上も上回る33628ユーロを集める大成功に終わります。

さらにKrita開発はバージョン3シリーズに移行するにあたり、Qt4をベースとするKDE SC 4からQt5をベースとするKDE Framework 5への移植を行います。またその過程でKritaはKF5への移植が遅れていたCalligraから離脱、5年にわたったCalligraとの関係に終止符を打ち、KDE傘下の独立したプロジェクトに変わりました。

そしてバージョン3シリーズの最初の安定版となるKrita 3.0が2016年5月31日にリリースされました。Qt5への移植、パフォーマンスの大幅向上、そしてFOSSソフトとしてはほぼ唯一の高度なコマ割り方式によるアニメーション機能の実装からなる2.9をも超える過去最大のリリースです。

さらにKrita 3.2開発のためのKickstarterキャンペーンが2016年5月9日から実施されました。今回の目標はベクター機能及びテキスト機能の大幅強化であり、これはCalligraからの離脱により、Calligraの他ソフトと共通のベクター・テキストシステムを用いる必要がなくなったことによるものでした。キャンペーンは30000ユーロの目標に対し、42809ユーロが集まり成功しています。

1.3.3 Kritaの開発の在り方

これを踏まえて、現在のKritaの開発の特徴を説明していきましょう。

オープンな開発

オープンソースソフトウェアであるKritaの開発には誰もが自由に参加することができます。開発の本拠地となっているのはKDEのWEB上での開発本拠地となっているPhabricatorです(ちなみに開発のモデルとしているBlenderもPhabricatorを開発拠点としています)

ソースコードはDiffusionのKritaにあり、また開発者たちは同Phabricator上でそこから各自Localブランチを作って協力しながら開発を行っています。

またPhabricatorにはManiphestと呼ばれるタスク管理システムもあり、そこでKritaの個々の開発タスクについての議論も行われています。Kritaのプロジェクト構造は

となっています。

また開発者たちの普段の会話は主にIRC上の#kritaチャンネル上で行われています(サーバーはOSSで良く用いられるfreenodeサーバー)当然だれでも自由に参加できます。

ユーザーたちによく使用されるのがKDE Forumです。当然ユーザーたちだけのものではなく、開発者たちもここを使用しますし、ユーザーたちと一緒にここで開発方針に関して議論を行うこともあります。その利用には無料のKDE Identityが必要です(KDE IdentityはKDE開発者の管理にも用いられるため、Kritaの開発に参加したい場合は登録が必ず必要になってきます)KDEフォーラムのKritaサブフォーラムの構造は

となっています。

先ほどおさらいしたように、Kritaは開発開始時からの開発者はいません。現在のKrita開発の最古参達はツールとしての最低限のこともできないもはやうち捨てられたコードに集ったある種の「物好き」たちでした。現在の開発の中心メンバーにしても、Krita開発に加わった時期はまちまちです。開発力とやる気さえあれば、開発はいつでも皆さんを新しい開発者として歓迎してくれるでしょう。

プログラミングは出来ない一般ユーザー達にもKrita開発は寛容です。Krita開発は公式サイトで「Kritaを支援する方法:実装してほしい機能を提案する」という、一般ユーザーがKrita開発に実装してほしい機能を提案する際のマニュアル的な記事を公開し、一般ユーザーにも積極的に機能の提案などを行って欲しいとしています。つまり、開発に対して上手くプレゼンを行えば、Kritaに実装してほしい機能を開発が実際に実装してくれる可能性があるのです。

適切な開発資金の集中による強力な開発力

FOSSプロジェクトの弱点としてしばしば資金不足に陥り開発速度も低下してしまうことがあります。Kritaはその弱点を目的を持った募金キャンペーンで募金を集め、それを少数の開発者に集めて一気に開発を行うという手法でほぼ克服し、非常に強力な開発力を手に入れました。

Kritaはほぼすべての資金を開発そのものに回すため、商業ソフト以上の開発効率を持っています。さらに、必要な分の資金を直接寄付することによって、実装してほしい機能をKrita開発に開発させることも可能です。このように、金を払うにしてもある意味商業ソフト以上に払いがいがある魅力的なソフトにKritaは仕上がっていると言えるでしょう。


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