サファイア妖夢の雑記帳

信長の勢力伸長の訳

2020/02/09 05:07 投稿

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サファイア妖夢です。
『麒麟が来る』良い大河ですよね。そこで今回は信長の勢力が全国区になった理由について考察していきたいと思います。

まず、信長の勢力が伸長した理由として、信長の前に三好家の勢力が京洛を支配していたことが挙げられると思います。細川家の陪臣である三好家が京洛を支配していたことが印象として残っていたことが、斯波家の陪臣の陪臣である織田家が京洛を支配していく様が怖いということになったのでしょう。

では、実際のところを見ていきたいと思います。そこでまず重要になってくるのが堺と清洲です。堺は当時日本一と言っても過言ではない商業圏でした。清洲は地方商業圏としては非常に大きなものであったと思われます。(でないと、麒麟が来るで金はどうにかなるという話は出てこないと思います)信長はこの堺と清洲を結ぶ経済路として、美濃・南近江を重要視したのだと思います。そこで、北近江を支配していた浅井家と同盟を結ぶ事になったのだと思います。これで、この経済路は安定して信長に資金を提供することになります。しかし、この経済路の弱点として冬は使えないという物がありました。そこで、伊勢を支配していた北畠家を弱体化(配下の国衆を支配していく)させて行くと言う手段を取りました。この際も南近江の価値は変わりません。この勢力拡大の様子が三好家と重なった義昭は織田家包囲網を作るべく有力大名と本願寺勢力に呼びかけをします。そのときに応えたのが朝倉家・武田家・上杉家・毛利家・本願寺勢力です。浅井家は北近江を支配していましたが、北の朝倉家と比叡山が反織田勢力になったことにより、北近江の支配に不安を感じたのでしょう。鞍替えをします。この経済路を重視していた信長は浅井家を攻撃して滅ぼします。ついでに朝倉家も滅ぼします。これでこの経済路を確立させた信長はそのまま、徳川家・北条家と誼を通じながら、朝廷の権威を用います。

武田信玄の上洛作戦は非常にピンチだったと思われます。信長の幸運はここで武田信玄の死が発生したことであると思います。武田家が勢力を落としたことが浅井家・朝倉家の滅亡につながっているからです。

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