日本シーレーン問題研究会

心優しき現地人は傷ついた日本兵を助けたせいで処刑された

2013/11/11 10:12 投稿

  • タグ:
  • 日本の南洋戦略
  • 丸谷元人
  • シーレーン問題
  • 中国
  • パプアニューギニア
  • オーストラリア
  • 豪州
  • 戦争
  • ハート出版
  • 安全保障


丸谷元人著「日本の南洋戦略」(ハート出版)より

豪州の大学の研究者たちは「日本の戦争」の歴史的意味合いについて、私のような一劣等生に対してでさえ、得意の「アカデミック」な土俵で対抗できなかったが、まさにこの部分に、あの戦争を語る上でいつも出現する根源的な「問題」が隠されている。

つまり戦後の国際的枠組みの中では、「日本=悪」が絶対的に正しく、有色人種たちはほとんど日本人を憎んでいる(憎まなければならない)という図式が、今日でも旧連合軍の基本的な了解事項であり、「常識」であるということである。

だから私がパプアニューギニア人ガイドと話していた時に抱いた「恐れ」なるものも、結局のところ、「どうせ最後は『お前達日本人は残虐だったし、悪かったのだから、謝罪すべきだ』と言われるに違いない」という「いつもの『お約束』的な結末」を意識したものだったのだ。

しかし、私が抱いていたのは全くの杞憂であった。彼らはむしろ、かつての日本人を賞賛し、今でもその帰りを待っている、と言うのだ。

「なぜ、負けると判っていた日本兵を助けたのですか?」不思議に思ってそう問うと、ガイドの男は、
「祖父達は、目の前で苦しんでいるあなた方の国の人達をとても放っておけなかったのだ」と答えた。

しかし、いくら哀れでも、命を賭けてまで見知らぬ外国人を救うものだろうか。我々へのリップサービスではないか。そう思ったので、
「でも、もし日本を助けたら、必ず後で連合軍にやられるのは判っていたでしょう?」と畳みかけると、相手はこう言った。

戦争が始まるまで、我々はずっと白人のマスター達に奴隷のように扱われていた。しかし、日本の兵隊は、白人とは違った。

日本軍は、同じ有色人種として一緒に白人を追い出そう、そして独立しよう、そのために我々はここまで来たのだ、と言ってくれた。

彼らは我々と同じものを食べ、同じ小屋に寝泊まりしてくれて、大変に子供達をかわいがってくれた。

真に人間扱いをしてくれたのは、ジャパンが初めてだったのだ。

私達はそのことが嬉しかった。だから、そんなジャパンの兵隊が死にかけているのを、我々は放っておくことはできなかった」

その話を聞いて、私は胸が締め付けられるような感覚に陥った。

瀕死の日本兵を助けたというような類似の話は、他の地域でその後何度も聞くこととなったし、凄惨な事実ではあるが、そんな人間としての情を我々の祖父達にかけてくれたせいで、何百人もの心優しき現地人が、
戦後、ほとんど裁判もなしに連合軍に処刑されたという話を各地で聞いた。

欧米人は、「未開の原住民」によるそのような行為を、許しがたい「裏切り」として捉えたのだ。

それなのに、パプアニューギニアの古戦場を歩いていて、明白な「敵愾心」や「反日」の感情には全く遭遇しなかったばかりか、
彼らは、日本人だというだけで我々の周りに集まり、時には踊り狂わんばかりに喜んでくれたのである。

東部ニューギニア戦線に投入された16万とも言われる日本兵のうち、最終的に8千人ほどが祖国日本に帰ったとされるが、
その中には、そんな現地民に命を救われたおかげで帰還できた人も多い。

今、日本の各地で普通に暮らし、町の中をスマートフォン片手に歩いている一般人の中にも、パプアニューギニア人によって命を救われた結果、生きながらえた人達の子や孫は何千人、何万人といるはずなのである。

しかし、我々はそのことを完全に忘れてしまっている。

我々日本人は、この国の人々に大変な「御恩」がある。

返しきれないくらいの御恩がある。

しかし、そのことをほとんど誰も知らないのだ。


<続く>


応援宜しくお願いします!



国際政治・外交 ブログランキングへ

コメント

コメントはまだありません
コメントを書き込むにはログインしてください。

いまブロマガで人気の記事