日本シーレーン問題研究会

「日本の生命線」シーレーン(海上交通路/SCOCs)講座 第16回

2013/10/11 23:14 投稿

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<div style="font-family: Helvetica; font-size: medium; line-height: normal; "><b>出光石油の活躍</b></div><div style="font-family: Helvetica; font-size: medium; line-height: normal; ">1951年の首相就任以来、石油の国有化による「植民地主義からの解放」と「イラン国民の幸福」を目指していた民族主義者モハメド・モサッデク首相は、イギリスの激しい圧力に一人で立ち向かっていた。<br>
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モサッデクの政策によって、イランで暴利を貪っていたアングロ・イラニアン石油会社をはじめとする欧米石油企業がすべて追放された事、そしてモサッデクが対抗策としてソ連に近付いた事から、イギリスはモサッデク政権を転覆させるための様々な工作活動を開始、イギリス軍がイラン南岸沖に展開して、イランは完全に封鎖される形となった。この時、イランとイギリスの戦争はすぐそばまで来ていたのである。</div><div style="font-family: Helvetica; font-size: medium; line-height: normal; "><br>
</div><div style="font-family: Helvetica; font-size: medium; line-height: normal; ">こんな最中、イギリスが「自分たちのもの」と宣言していたイラン産石油を、イギリスからではなく、イラン政府から買うと決断した一人の日本人がいた。出光石油の創業者である出光佐三である。当時、日本もまた戦後の廃墟の中から立ち上がるのに必死であったが、そのためには石油が必要であった。<br>
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元来、出光石油の店主として、「世のため人のためになる仕事をする」という経営理念を持っていた佐三は、敗戦日本の苦しい経済状態を何とかするため、「より品質が高く、価格の安い石油製品を日本の人たちに届けたい」と願っていた。その上では、国際価格より安く、品質もよいイラン産石油は大きな魅力であった。</div><div style="font-family: Helvetica; font-size: medium; line-height: normal; "><br>
</div><div style="font-family: Helvetica; font-size: medium; line-height: normal; ">一方で、創業以来、常に大手石油会社や欧米メジャーと一人で戦い続けて来た佐三は、イギリスなどの圧力によって潰されそうになっているイランの現状を知り、義憤を感じたのである。その結果、「大国の圧力を受けて困窮しているイランの人たちのために」という思いにも駆られた佐三は、遂に、一隻しか保有していなかった自社タンカーである「日章丸」をイランに送る事にしたのである。この佐三の決断や生き方については、出光石油のホームページや、大ベストセラーになった百田尚樹氏の『海賊と呼ばれた男』に詳しい。</div><div style="font-family: Helvetica; font-size: medium; line-height: normal; "><br>
</div><div style="font-family: Helvetica; font-size: medium; line-height: normal; "><b>イギリス海軍の海上封鎖を突破</b></div><div style="font-family: Helvetica; font-size: medium; line-height: normal; ">日章丸は、行き先を「サウジアラビア」として日本を出発した。もし、イランなどと言ってしまえば、イラン沖で必ずイギリス艦隊に捕捉され、下手をすれば砲撃を受けて撃沈されてしまう。イギリスは当時、イランのモサッデク首相の政策はすなわち、宣戦布告に等しいと考えていたからだ。<br>
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そのため、当時日章丸に乗っていた船員らでさえ、行き先がまさかイランであるとは知らされていなかった。わずかに船長と航海長だけが知っていたのだというが、この二人はその責任の重さと任務の重大性に押しつぶされるような思いだったろう。ただ、それを力強く支えたものがあるとしたら、それは彼らも共有していた創業者・出光佐三の抱く熱い思いであったに違いない。</div><div style="font-family: Helvetica; font-size: medium; line-height: normal; "><br>
</div><div style="font-family: Helvetica; font-size: medium; line-height: normal; ">1953年4月、日章丸はイギリス艦隊の海上封鎖線を一気に突破し、イランに到着した。そこでガソリン、軽油約2万2000キロリットルを搭載し、翌5月9日には川崎港に無事帰港したのである。この事は、日本国民に喝采を浴びる事になり、かつ、当時イギリスに散々苦しめられていたイラン政府と国民に大きな勇気を与える事となった。何しろ、イギリス軍を恐れて誰も手を出さなかったイラン産の石油を、一人の日本人が「初めて買ってくれた」からである。<br>
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<b>日本人の覚悟を示した出光佐三</b><br>
一方、これに対して怒ったのはイギリスである。当然であろう。イギリスはすでに、イラン産の石油はすべて自分たちのもの、と主張していたからだ。その結果、アングロ・イラニアン石油会社は、石油の所有権を主張して出光を東京地裁に提訴した。日本中がその行方を注視する裁判において、佐三は裁判長に対し、こう述べたという。</div><div style="font-family: Helvetica; font-size: medium; line-height: normal; "><br>
</div><div style="font-family: Helvetica; font-size: medium; line-height: normal; ">「この問題は国際紛争を起こしておりますが、私としては日本国民の一人として府仰天地に愧じない行動をもって終始することを、裁判長にお誓いいたします」</div><div style="font-family: Helvetica; font-size: medium; line-height: normal; "><br>
</div><div style="font-family: Helvetica; font-size: medium; line-height: normal; ">結局、裁判はアングロ・イラニアン石油会社が後に提訴を取り下げた事で、佐三は遂に完全なる勝利を掴む事となったのである。しかし、この「日章丸事件」の直後、イランの完全独立を夢見たモサッデク首相は、アメリカのアイゼンハワー大統領の命令で、CIAがイギリスのMI6と共同で実施した「エイジャックス作戦」(イギリスの作戦コード名は「TPAJAXプロジェクト」)によって失脚し、数年間の投獄を経て自宅軟禁状態に置かれ、失意のうちにこの世を去った。<br>
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その後、英米の支援を受けたパーレビ国王が権力を掌握し、その時代はイラン革命にいたるまで市販籍もの間続く事となる。そんな激動の時代にあっても、当時のイラン国民の多くは、日本にとって好意的な感情を持ち続けたし、日本人もまた同様であった。そして、日本は継続的にイランからの石油供給を受け続け、それが日本の未曾有の経済成長に多く寄与して来た。<br>
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今、『悪の枢軸』と呼ばれ、北朝鮮などと同格扱いされている姿から比べると嘘のような話であるが、これらはわずか50年前の出来事なのである。</div><div style="font-family: Helvetica; font-size: medium; line-height: normal; "><br>
</div><div style="font-family: Helvetica; font-size: medium; line-height: normal; ">(続く)<br>
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