日本シーレーン問題研究会

「日本の生命線」シーレーン(海上交通路/SCOCs)講座 第13回 

2013/10/09 08:02 投稿

  • タグ:
  • チャンネル桜
  • 丸谷元人
  • 丸谷
  • まるたに
  • marutani
  • シーレーン
  • 中国
  • オーストラリア
  • パプアニューギニア
  • 国防
「親日国・オマーン」の戦略的重要性
アラビア半島の東南岸に「オマーン」という国がある。広大な砂漠だけではなく、3000メートル級の山や緑の濃いオアシスも点在しており、非常に美しい国だ。日本の4分の3ほどの面積に居住する全人口はわずか285万人であるが、そのうち外国人は90万人近くにのぼる。GDPは日本の青森県とほぼ同じであり、一人あたりのGDPは台湾などと同水準である。ここからはしばらく、オマーンという国が日本にとってどのくらい地政学的に重要な国であるかを説明したい。

イギリスの強い影響 
「非同盟中立」を国是とし、イスラム教を国教とするこの国は、親欧米国家でもある。イラク戦争では米海空軍が展開したし、英軍特殊部隊(SAS)の前線司令部も開設されている。

訪問国がどの国と安全保障上の関係を持っているかを知りたければ、その国の軍隊が持つ装備や、石油会社の名前を見れば大体見当がつくものだが、今年の春先にこの国を訪問した際、首都マスカットの空港で目撃したのは、いずれも英国製の輸送機と戦闘機が誘導路を走っていく姿であった。また、国内に展開する主要石油メジャーはロイヤル・ダッチ・シェル(RDS)である。  

この国の発展は、1970年まで完全に停滞していた。なぜなら、当時の国王サイード3世が大の欧米嫌いであり、眼鏡も自転車も洋服もすべて「欧米のものだから禁止」というような極端な「鎖国政策」を敷いていたからだ。その感覚は、日本でいうなら「神風連」のそれに近いが、詰まる所は石油利権などを狙って巧妙に中東に侵入しては収奪を繰り返して来たイギリスに対する徹底的な嫌悪感が根本なのだろう。しかし、このサイード3世は1970年、突然に権力を失ってしまう。イギリスの士官学校に留学していた息子のカブース皇太子が反乱を起こし、父を追放したのである。

カブース皇太子はそのまま国王と也、翌年には英国から独立、国連にも加盟した。以後、カブース国王の「善政」の下、オマーンは全方位外交を展開、急速に国力を回復したのであるが、「父の追放」と「独立」には宗主国イギリスの意思が強く働いいた。しかし、カブース国王はそんな国際政治上の力学を巧みに使いながら、国家の近代化と国民の幸福のために大きな道筋を開いたのだ。

もちろん、今日のオマーン政府をして「イギリスの傀儡」と見る人もいる。国王は政治の実権を握っているが、結局はイギリスの嫌う政策を導入する事は実際には出来ないからだ。この辺りの事情は、地下資源豊富な東南アジアの小国「ブルネイ」と似ている。(ブルネイの事情については、改めて後述する)

欧米とイスラムの「緩衝役」  
しかしそれでもカブース国王のとった政策は、あまりに果敢であり、スマートであり、先進的であったと評価すべきだろう。国王がもっとも心を砕いた政策の一つは、欧米のみならず、周辺の湾岸アラブ諸国との関係強化の他、何かと複雑な利害関係で衝突する事の多いこの地域の「緩衝役」を演じる事であった。

アラビア海を挟んだ隣国イランは、歴史的にもオマーンに対して侵略を繰り返して来た「ペルシャ人国家」であるため、必然的に今日でもオマーンは必然的にイランを仮想敵としているが、一方で、そんなイランを地域社会から孤立させないための舵取り役に徹しているのも、カブース国王の卓越した政治手腕によるものだ。事実、オマーン国軍は米軍やサウジアラビア軍と演習をしながら、同時にイラン軍と合同演習を行い、そうかと思えば、あのイスラエルとも外交関係を築いている。

まさに、欧米とイスラム諸国を繋ぐ「緩衝役」だが、まさに小国の生き抜く知恵である。ちなみに、ソマリア海賊対策では、海上自衛隊の艦隊も寄港している。

(続く)

応援宜しくお願いします!
↓↓クリックをお願いします↓↓↓


国際政治・外交 ブログランキングへ

コメント

コメントはまだありません
コメントを書き込むにはログインしてください。

いまブロマガで人気の記事