瀬戸内にあるネギの養殖場

第15回MMD杯に向けて 番外編 ~MMD杯とは何か~

2015/03/12 02:16 投稿

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  • 葱汁あいの制作日誌
2002年のことです。
わたしと私の知り合い2人でアニメを作ろうということになりました。
新海誠の『ほしのこえ』に触発されたからでした。
私の知人Aはデザイン科の学生で、パワーマックG3と、フォトショップ・イラストレーター・プレミア・アフターエフェクツ、もちろん正式に持っていた。
そしてわたしは漫画を描いていたから絵が得意だし、知人Tも絵が描けた。

新海誠よりも制作環境は整っていた。
しかし、私の技量の無さから計画は頓挫します。

私は常々感じていることがあります。

まだ未成熟なアニメを偉大な漫画と同列に語ってはいけない‥ と。
それはアニメを作ってる人の人口が極端に少ないからです。
漫画を描いてる人なんてクラスに2人か3人はいます。
しかし、アニメを作ってる人は学校全体を見渡してもいない。

さて、MikuMikuDanceの登場により、わたし程度でもアニメを作れてしまう時代が来た。
わたしは日本のアニメ史において、
MikuMikuDanceの登場は第3章であると思います。

 第1章 宮崎駿と長編アニメーション
 第2章 富野由悠季とTVアニメーション
 第3賞 MikuMikuDanceとアニメーションの一般化

アニメが漫画と対等になる長い旅路の最初の一歩がMikuMikuDanceの登場です。

そしてMMD杯についてわたしはこう位置付けています。

 仮想的はジブリとディズニーである。

MMD杯は建前としてマイリスト数を競う競技とされていますが、
それは興行としてのケレン味であり、
我々が真に競っているのはジブリとディズニーである。そう考えています。
MMD杯という数百のコンテンツの集合体は、
ジブリやディズニーの1作品に対抗しうる娯楽性を持てる可能性がある。

これは私の現実的な技量やセンスとはかけ離れた高みですが。

ああ‥ 『∀ガンダム』の劇場版の舞台挨拶で、
富野監督と握手させていただいたのも2002年でした。
あの舞台挨拶で富野さんは言いました。今日から僕とあなた達はライバルです。と。
あの言葉をわたしは真正面から解釈することにしました。

しかしこんな時代が来るとはついぞ思いもしませんでした。


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