ナカムラです。音MADの話はじめました。

音MADの歴史 その7(~2008年春後編)

2013/05/19 18:08 投稿

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名作は続く。

その6
で紹介したグルメレースブースのスタートもあって、音MADはまさに爆発的な勢いをほこっていた。



上で紹介した以外にも、多くの兄貴ファンを生み出したあの釣り動画やのちに多くのメドレーでも採用されることになるあの名曲など、名作の連発でぐうの音も出ない第1次黄金期が産声をあげることになる。

※ちなみに当時は世界最強の国技SUMOUウッーウッーウマウマ(゚∀゚)ニコニコ動画流星群上様ご乱心シリーズ世界でいちばんダサいシリーズ等が流行っていました




しかしジェットコースターはいつまでも上昇するものではない。その日は突然やってきた。

KYM本編の"権利者"削除」である。vipのアニメ通報大抜刀祭の影響という説もあるが真相は定かではない。
サノスケ春の削除まつりは、当時ブレイクしたエド・はるみのようにグゥ~とはいかなかったのである。 ※当時の権利者削除についてはこちらのスレが詳しいです。ブーム復活は冬を待て…




削除はフタエノキワミだけにとどまらない。まだ続くぞ…

そんな大削除騒動の中でも生き残り増殖先生はいらっしゃいます(探すの大変でした…)↓




でもそんなの関係ねぇ!
なぜなら私たちは勇気と希望と元気をもった特別な存在だから

KYM削除騒動のはねのけるかの如く、ドナルドの圧倒的ブームが猛威を奮う。
1月に投稿された総本山を皮切りに、「洗脳」をイメージさせる数々の動画、MADらしい「狂気性」をもつ動画、ランキング上位に食い込んでくる名作MADたち。

これか?これもいいなあ。こっちの方がいいかな?


当時(2008年初頭~春頃)のドナルドタグでの動画乱立具合がそれを物語っている。

また、それと同時に「東方乱々流」というタグが誕生し、東方曲系の音MADも少しづつ増えてくる。今までの電波ソング・アニメOP等とは異なる、新たな中毒性の高いジャンルとして頭角を現してきていた。





もちろん活気を見せていたのはドナルドだけではない。

3月11日に初の修造MADとなる「松岡修造は大変な諦めんなよっ!!!」が投稿される。
1月に投稿された応援メッセージ素材を使用しての動画。もしかしたら削除騒動へのアンチテーゼだったのかもしれない。



それに続くように、レスリングシリーズ本編も怒涛のうpがなされてナイスでーす♂
4月にはあの「TDNコスギ」の登場により、その勢いに更に拍車がついた。TDN?あっ…(察し)




※2008年3月、ニコニコに淫夢2章アップ。想像以上の棒読みにスレ住人たまげる。(淫夢wikiより抜粋)


これも見つけるの大変でした(棒読み) 主コメの時点で棒読み扱いされていたのか(困惑)



あと黎明期からamuny兄貴ずっとすき。Goみたいな邪教よりよっぽど神。
当時は知る人ぞ知る動画という感じで、評価はまだまだまだ先という…





…削除騒動はその後夏辺りまで続くものの、音MADは最高潮のブームを迎えようとしていた。

まだ素材の大量発生とまではいかないが、選ばれしジャンルが知名度を上げ、いちジャンルの崇拝の対象・不遇のヒーロー・裏の顔を持つ気狂いピエロなどとして面白さが面白さを生む世界へと昇華していくのであった。


まさにニコニコ動画の「天下の台所」、世界中のMADな奴らが集まって一大商業地を形成し、ボカロアイマス東方の共同朝廷が治める東京(原宿)の存在を脅かそうとしていた。





そんななか、東京のことなど全く知らない一人の農民がいた。

その男は生まれ故郷の住みにくさに愛想を尽かし、上京する決意を持ち始めるのであった…

コメント

ハンマー
No.1 (2013/05/19 23:06)
キャラ濃い(こなみ
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