ナカムラです。音MADの話はじめました。

音MADの歴史 その4(~2007年冬前編)

2013/02/14 22:12 投稿

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その3でも書いたが、「魔理沙は大変な~」は初期音MAD界隈においてまさに猛威を奮っていた。(もちろん「患部で止まって~」や「ウサテイ」なども使用されていたがまりなは群を抜いていた)

遊戯王(闇マリク社長)、谷口、らき☆すた、大変な途中下車シリーズマリオクラブWindows効果音シリーズなどの数多くのジャンルが生まれていったが、まだまだ「魔理沙は大変な~」を人気は衰えることを知らなかった。

※ちなみにこの頃、既に情熱お兄さんのMADが生まれていたことはあまり知られていない。




その2で書いたキーボードクラッシャーも、「大変な~」を中心として再ブームを果たす。

それまでは字幕改変でのゲーム実況風動画が多いKBCだったが、その空耳を利用してのカオスな音MADが6月に出て以降、同年10月頃から少しづつその数を増やしていった。



そんな中、遂に本当に大変な(ryが発生する。プライバシー保護されたドナルド
「らんらんるー☆」


世界で一番愛される道化師、ドナルド・マクドナルドの登場である。 音MADwikiの解説

KBCと同様ニコニコ開始以前にネットでネタにされていた彼は、その人気も相まって瞬く間に洗脳を開始する。
2007年末辺りからはペドフェリア属性やホモ属性、つい犯っちゃう狂気性も加えてその人気を不動のものとする。 ※「変なドナルド伝説」は音MADとして初のデイリー総合1位を獲得しました

実績とともに、ドナルドの人気はニコニコに多くの若いユーザーを呼び込むきっかけになっていたのではないだろうか。
事実ニコ動でのマナーがまだ確立していない時期でもあり、多くのユーザーの集中は人気と同時にモラルの低下を招くことになった(例:ドナルドにあまり関係ない動画での「らんらんるー」など)


しかしドナルドには圧倒的なブームが来ていた。批判の声などハンバーガー4個分だったのだ。

また、当時音MADの制作を開始していないドナルドお兄さんも「本物なのではないか」とのコメントが流れるほどに高い評価を獲得していて、「音MAD歌ってみた」の文化もこの頃に作られることになる。


加えて、その後少し遅れて(2011年末頃から)再ブームを果たすヴェルタースオジリナルや、女帝ババコンガの降臨によるリーブ教の発足とともに『ニコニコ3大宗教』との呼び名を獲得することになる。 (ねるねるねるねの登場はもう少し先)

そして翌年の元日、あの動画が投稿されるのであった。それは工作論争の筆頭格となる…




ちょうどドナルドが洗脳を着実に広めていた9月、ニコニコにとある動画が投稿される。

フタエノキワミ
「フタエノキワミ、アッー!」

2007年秋頃から2008年春頃までドナルドに勝るとも劣らない人気を誇った、KYMこと二重の極みの各国語検証動画の登場である。KYMに関してはCCOペディアで丁寧にまとめられているので、是非一度見てセカンドめも必ずワロテや?

ニコ百にも詳しいことが書いてあるが、当時ニコ厨の代名詞と言われるほどのカリスマ的な人気を獲得した。 ※ちなみに元ネタはMAD界隈で初となる100万再生を達成
下にリンクを貼っているマコトシシオは(ryも、2008年1月14日にミリオンを達成しています。(音MADとして一番早かったのは前述のKBCでの「大変な~」です)


中でも特に驚異的なスピードでMADを制作し続けた「工場長」さんを筆頭として、キワミMADは当時デイリーランキングの常連だった。



また、キワミはその職人芸も忘れてはならないエッセンスのひとつである。

セリフの度に完全なタイミングで出てくる字幕は、笑いの極みが支点を板に吊るしてギリギリ太らせる。もはや字幕だけでも楽しめるので夕べのロースは売れなかったことだろう。

例:「各国の『フタエノキワミ、アッー』を検証してみる」のニコ百

KYMの削除関連及び以降の話に関しては、その時期の話になってからまた書いていきたい。




ドナルドとKYMが派生動画のブームを席巻していく反面、既に削除の苦しみと戦う男がいた。

9c54cb71.jpg
「冷血動物マシーンデブ殺し、スパイダーマ!!」

蜘蛛男こと、レオパルドン以外は高評価な東映版スパイダーマンが地獄からやって来る。
元はAmebaVisionからupされたその動画は、うp当初それほど話題にはならなかった。
↑2015/8/19追記 最古動画sm89567


しかし、ハリウッドの偽物に心奪われようとしていたニコ厨の心をすり替えるために突如ランキングへ浮上。

ちなみに当時の1ダーマ(元ネタ動画である全名乗り向上)の尺は8分半程度。第3期,4期と新シリーズ(元ネタ動画を削除されないように工夫してupされたものが一日ごとにタイトルを変えていた。この頃から他のジャンルにはない独自のルールが発達していった)の放送を始めるたびに新カットが追加され、視聴者の曇りなき瞳を確かなものにしていく…そして削除される度に「許せる!!」という寛大な思いを抱かせるのであった。

蜘蛛男はγ時代での本編削除以降、度々ニコニコの奥深くから這い上がってくることになる。
セリフ中心の素材のため初期から音MADも見受けられたが、本格的にMADが出てくるのはもう少し先の話(補完マイリスとかないのかな…?)

復活と削除に関する話はまた書く機会が来るので…今回のところはこれくらいで許せっ!!


関連サイト:全名乗り口上リスト ファンサイト(?) DVD-BOX紹介ページ 番組のWiki 

2007年11月、TDNが日ハムにドラフト指名され日本球界復帰





…2007年の6月頃から年末にかけて、ニコニコ動画には破竹の勢いで「ニコ厨」が増加していった。
と同時に一般的なニコ厨を煽るべく、懐かしの田代砲を初めとしたツールを使用することでランキングを荒らす者やいわゆる釣り動画を制作する者、はたまた規約の限界に挑戦する者も現れた。

そしてそれは、MAD素材の増加を意味していたのである




踊ってみたや歌ってみたで一体感を出していくニコ厨に痛い目を見せたいと考えたユーザー(主にねらー)が見つけたキャノン砲は、とある外国のゲイポルノ動画だった…  

栄華と狂乱の2008年への植え付けを行うその5へと続く!

コメント

ニュトーイ
No.1 (2013/02/15 00:06)
いつもお疲れ様です。
2007年8月31日には、初音ミクが発売されたのも関連として大事じゃないかなと思っています。
この8月は、8月10日(!)にパンツレスリングの兄貴の最初(アメリカン除く)の素材が投稿、8月24日がKYMの初MAD、9月4日にKYM素材(検証してみた)が投稿されたというアツイ時期で、9月に3つがそれぞれ爆発的に流行の最初期を迎えます。
特にレスリングはミクの釣り動画で伸びたという印象があり、それにKYMと再燃したKBCが混ざって、ジャンルを超えた音MAD的な最初の共通タグとして暴歌ロイド(派生で忘歌ロイドとか)が成立した時期と考えると大きな意味があると思います。
それまで谷口以外では東方系一色だった音MADがKYMとボカロを中心に一気に曲の幅が広がり、クラシック、FFやマリオRPGのゲーム曲、リズム天国など何でもアリアリになってきたのもこの時期かなと。10月にはたぴ☆ぱんとかパウダの伝説とか型破りなのもどんどん出てましたね。
プチブームでしたがチーターマンもこの秋でした。
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