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東方遊札抄 永夜抄編製作後記

2018/02/11 10:37 投稿

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皆様こんにちは。MOL屋です。

 part Final Epilogueを投稿して少々経ちました。こういうあとがきは本当は一週間程度置いてから、落ち着いて書いた方が客観的に考えることができてよろしいのですが、現在の私の状況は結構逼迫していて、なるべく早く気持ちにケリを付けた方がいいと思い、居ても立っても居られない状態で筆を走らせております。とはいえ、ここ数日でどんな内容にするかは熟慮の上ですので、グリモワ編製作後記程度には内容を書ききれると思います。


 まず第一に、視聴者の方に深くお詫び申し上げます。
 永夜抄編は動画製作1年目から開始したにもかかわらず、6年以上の月日が掛かってしまった事、それに加えて投稿間隔が膨大になってしまった事、part8とpartFinalの間に2年近くの間隔が空いてしまった事、弁明の余地もありません。本当に、申し訳ありませんでした。
 視聴者にとって動画製作者の私情がどうこうというのは殆ど関係のない事案で、ただ作品が面白いかどうかが問題であると思います。なので全ての言葉は言い訳にしかなりませんが、ここまで待たせてしまった原因を語らずに済ましてしまうのも道義に反すると思いますので、別記事で経緯を説明いたします。(別記事参照)→http://ch.nicovideo.jp/MOLYA_niconico/blomaga/ar1390015

 さて、作品に関して色々述べたいと思うのですが、partFinalは特に、自分の体験が基になっています。いわば自分の生き写しのようなものです。なので見返すと本当に恥ずかしい。作品というものは、結局は作者の思考の塊で、作者がそうだと思っていないものは途端に薄っぺらくなってしまう性質のものですが、partFinalは直接描きすぎで目を逸らしたくなるほどです。

 partFinalを作るにあたって、大きな問題が2つありました。一つは、「描写が足りていない」という事、もう一つは、「物語の結末をどうするか」という事です。
 描写不足なのは、今までの動画製作でも常について回る問題でした。表情の機微、風景や空気感、それらを表現するには、紙芝居ではあまりにも素材が乏しすぎる。地の文がない拙作においてはそれが顕著で、恐らく自分の表現したいものが視聴者に伝わっていないだろうな、と常々思っていました。立ち絵の追加、背景作成等をいままで多少はやってきたのですが、このpartFinalを作成するにあたり、自分が考えている世界を再現するには大きく不足していました。
 もう一つの問題は特に深刻でした。物語の結末を、最後まで決めかねていたのです。始めた当初――6年前は、ぼんやりとしたイメージでしか結末を想像しておらず、いざ実際にとりかかるまで、その難しさが分かっていませんでした。グリモワ編を終えた辺りから、「メインは博麗霊夢にしよう」とはしっかり決めていましたが、肝心の博麗霊夢のキャラクター性を作者である私ですらあまりに表面的な捉え方しかできていなかったばっかりに、袋小路に嵌ってしまう始末でして。

博麗霊夢が自分の心の闇に首を絞められそうになる象徴的なシーン。窮極の自己否定、所謂自殺である。この自殺を暗示するシーンを入れてしまったせいで、動画投稿直前まで「この心象風景パートを動画に入れるべきか否か」をかなり悩みました。このパートはある意味Finalの心臓部分であるので、入れないと芯がブレてしまう事は百も承知だったのですが、見ていて不快にになるだけの醜悪なシーンになりはしないか、と危惧しており、人間のエグさと醜さをどれだけ喉越し良く、さらりと飲み込めるように描けるか、細心の注意を払ったつもりです。

 この永夜抄編の結末を考えるにあたり、私にはずっと明確な答えが浮かびませんでした。
 永夜抄編に象徴的なテーマは「闇」であり、夜の闇に蠢く様々な感情、気分の落ち込み、絶望などを、凹版画のように夜闇から抉り出そうという試みでした。そしてその最終工程として、霊夢の奥底に眠る、ある種人間にとって普遍的な悩み――「「自分は必要じゃない」という自己否定に対して、どうすれば救いがあるのだろうか」――という問いに、どう答えればいいのか。その回答が、長い間見出せなかったのです。
 勿論普遍的なテーマを扱うのですから、薄っぺらい答えは作品として出した時にその浅薄さが目に付いて、物語全体が倒壊してしまう事が目に見えていました。この作品の屋台骨である「闇」をどう描ききるか、それがこの動画を停滞させる大きな堰となって立ち塞がっていました。

 「博麗霊夢」というキャラクターを深く掘り下げていくにあたり、ストーリーの上で最大の障害になったのは、彼女の「みなしご」という設定と、「死んでも替えが効く、使い捨てでしかない巫女」という設定でした。
 非常に真面目に、この設定について心理学的分析を行うと、両親の欠落はヒトの成長に甚大な影響を与えます。具体的には、「自分には両親がいない」という事が「自分を無条件で愛してくれる人間はいない」という強迫観念になり、「両親がいない原因には自分も関与している」と全く持つ必要のない後ろめたさを持つようになり、「愛されない自分は不完全」だという自己否定を抱くようになります。幼少時代に、「何もしなくても自分という存在が認められる」という愛着行動が果たされないと、人間は一生満たされる事のない欠落を抱えて生きていくことになります。作中では「自分の身体を売って~」という文言すら喋らせてしまっていますが、これも彼女の認知の歪みから生まれた、「代償を払わないと愛は貰えない」という行動原理そのものです。

博麗の巫女としての存在以外に自分はなく、誰にも認められることはないだろうと絶望している霊夢の一面。紫さんが永夜抄編後半からボディタッチを執拗にしていたのは、彼女のそんな欲求を読み取って、「愛」を伝えようとしていたのかもしれない。

 博麗霊夢が拙作において、自分の事を「博麗の巫女である私が~」と呼びならわしているのはこのせいです。動画でも触れている通り、「博麗の巫女ではない自分には何の価値もない、負けたら全てを失い死ぬだけの存在」だと思っているからであり、自分の居場所を守る為に必死に霊夢は戦ってきました。そんなギリギリの中で、一度も負けなかったのは彼女の有り余る才能があったからで、彼女自身もその才能に溺れてしまっているからこそ、その間違った論理を補強してしまっています(例えば、幼少時に巫女にならなければそのまま飢えて死んでいた、という事実が、彼女を博麗の巫女以外の存在だとどうなるか、認識する事を阻害してしまっています)。

 なぜ永夜抄編で霊夢を主軸に据えたかったかというと、一章で見せた「無敵の異変解決屋」である霊夢とは裏腹の、「虚空に浮かぶ孤独な少女」である一面を見せないと、視聴者の方に誤解されかねないな、と思ったからです。私は霊夢をステレオタイプの魔王として登場させているのではありません。霊夢もまた、魔理沙とは違った形の破滅的な終焉を背負ったキャラクターで、まだ精神的に幼い、「生きるために子供であることを捨てた人間」でしかなかったのです。彼女もまた、この物語の主人公の一人なんですね。
 紫は霊夢に何でもない所で敗北をして、「負けても貴方の居場所はあるんだよ」と伝えるために、ずっと異変中は自分が戦う事をしなかったのでした。結果として、霊夢は負けない為に自分の命を捨てる真似までしてしまい、思惑は全くの裏目になってしまいましたが。


 話は戻りますが、このようなキャラクター性を持った霊夢が救われるためには、どうすればいいのか? という問題にぶち当たり、解決方法を見出せない状態がしばらく続き、製作は難航しました。唯一人間側の視点で語れる人物は、霧雨魔理沙だったのですが、当の魔理沙ちゃんは霊夢への嫉妬心で霊夢ちゃんの本質が全く見えていない有様で、誰も助ける人間がいない。一時は死なせて打ち切りの案も出る程に、どうすればいいのか分かりませんでした。

 この難題を解決する転機は、精神的にボロボロになってから、色々な経験をしてからでした。
その経験から得たものは、「伝えようとする意思がなければ想いは伝えられない」という事と、自分の中の弱さ、脆さ、そして誰かを求める心。どれだけ理性で武装していても、やっぱり自分もケモノでしかないという事に気付いて、もっと心の表象に、素直に創作をしてみようと思い立ってみたのです。
 そして鍵になったのはやはり、一章から続く副次的テーマの「愛」でした。グリモワ編では、神綺様がアリスへ、魅魔様が魔理沙への惜しみない愛を送っていました。それを主に子供から――受け取り手の視点で描いていたのですが、今度は主に親からの視点でその心を描いてみよう、と。

partFinalにおいて象徴的な八雲紫の告白シーン。魔理沙の告白が一番すっきりするのかもしれないが、霊夢の暴挙を止められるのは彼女しかいない。そんなギリギリの状況になって初めて、紫さんは正直に言葉を吐けるようになる面倒くさいお人なのです。内容も回りくどくて長ったらしいですが、紫の本心としては、霊夢に向けた言葉は全て語尾に「すきすき大好きよ霊夢」を脳内で付け加えてみると丁度いいぐらいに愛しています。
 
 ここで恐らく疑問に思うだろうことは、「やっぱり紫は打算的に霊夢に告白したんじゃないの?」というものですが、勿論彼女にだって打算はあります。しかし、春雪異変で初めて出会ったその日から、紫もまた、霊夢の眩しすぎる才能に心惹かれていたのです。しかもその才能を自分の為に消費せず、誰かの幸せに使う。そんな理想を体現し美しい純潔を保った人間に、八雲紫は恋をしたのでしょう。この事は「番外編 博麗霊夢」でも触れられています。
 しかし里の人間達は彼女の純粋さに報いる事ができず、妖怪ですら彼女の強さと弱さを理解できない。だからこそ、紫さんはpart4で未熟な者達に怒り、冷酷に突き放したのです。

基本的に紫さんの台詞は全て婉曲的な表現で、言いたい事を直接話す場合は滅多にありません(Finalの告白以外)。「言葉では感情を全て伝えられない」という実像から虚像に変換するプロセスと、「(偽物の)言葉を並べ続ける事で外郭の認識へと至る」という虚像から実像に至るプロセスを同時に行っている、夢幻泡影、妖怪然とした言葉というのが紫のキャラクター性になっています(それを端的に表していたのがモノマネ幻想師やHeart-eartH Dragonのコンボだったり)。

 ただ、告白するタイミングに打算があったことは否めません。知力があり賢い紫さんは、いつも失敗した時の逃げ道を用意してしまう性質で、心の奥底では「本心を曝け出して拒絶されたらどうしよう」とびくびくしている、少女なんですよね。あんな手遅れ間近まで放っておいて、やっと逃げ道ができてから話始める小賢しさ、幻想郷の賢者としてどうなのとは思いますけれど、賢者らしさを求めると原作でも割と大変な事が起きてから後手を踏んでいる事が多いので、誤差の範囲と思っていただければ。(賢者にも穴はあるんだよな……)


 遊札抄を製作する時、私が心がけているルールとして「明確な敵や悪を出さない」というものがありまして、思想がなるべくどちらか一方に偏らないようにしています。ただ一方的に悪と断ずるのは容易いですし、「それが歴史なのだ」と割り切る事は簡単ですが、敗者にも敗者なりの歴史が存在しますし、語りが存在すると思うのです。なので私はなるべくキャラクターの人となりが分かるぐらいまで描写をしなければならないと思っております。

 八意永琳も同様でした。永夜Finalの隠された会話部分は、主に永琳視点から見た風景で、永琳の苦悩が描かれています。永琳視点から再びPlanet Side等を見直してみると分かると思いますが、保護者としての葛藤、愛していいのかという怖れが端的にわかるような台詞を散りばめられています。永琳対紫の決闘場面は、物語上はほとんど意味を成しませんが、永琳の人となりをなるべく理解して頂く為には必要だったため、きっちりと動画を見て頂く事にしました。(一応PlanetSideを飛ばしても多少分からない事がある程度に抑えられるように製作してはいますが)
 1週目は霊夢と紫の側に立って、2周目は輝夜と永琳の側に立って見られるように、partFinalに会話パートをねじ込んでおります。なので見直す際は永琳の立場になって見直していただけると、Epilogueの輝夜と永琳の会話の意味がひとしお理解できるようになると思います。永琳と輝夜の物語は、partFinal の秘密の会話→スタッフロールイラスト→PlanetSideアイキャッチイラスト→永夜抄編ストーリーという順番で、見て頂けるとより理解できるでしょう。

 さて、本題に立ち返り、「「自分は必要じゃない」という自己否定に対して、どうすれば救いがあるのだろうか」という問いに、私が信じられる答えはやはり「愛」しかありませんでした。自分のような人間が愛を語るのは烏滸がましいのかも知れませんが、人の本質である孤独を埋め切れるものは、誰かの想いしかない訳で。後味の悪い結末でないとなると、しっくり収まるのはこれ以外に思い浮かびませんでした。
 永夜抄編は終わらない夜の話ではなく、新しい朝に向かう物語として、前向きな結末を私自身が望んでいました。一度闇の中に沈んだ私と同じ苦しみを味わわせたまま終わってしまうのは、動画として駄目だと確信していたのでした。

この場面、実は紫の視点から見た、泣きながら霊夢に抱き付こうとしてるシーンなんですよね。霊夢が意識のない状態でやっと素直になった紫さんが、肉体的にも愛情で包み込もうとしているシーンなのです。肝心の私の表現力の低さで、これが何なのか伝わってなさそうで残念でしたが。
紫さんの告白シーンを作るにあたり、Gガンダムの最終話を数十回見直しました。抱き付こうとする=心理的な距離を狭めようとするのはそのオマージュでもあります。


 なるべく内容が浅くならないように気を付けながら、愛を叫ぶシーン、そして無に還ろうとしていた霊夢の意識が再び戻ってくるシーンを丁寧に描写した結果、これだけの長さになってしまいました。

 そして表現の問題についても、今回は地の文をふんだんに使った、いわゆるノベルパートと、稗田 阿求が独断で風景描写や動作の描写を書き加えた「阿Q's Note」なるものを付け加えさせていただきました。自分の脳内のイメージを完全に映像しようとなると余裕でもう1年は必要であったので、なるべくノベルゲーム風のタッチに近づけて、思う存分描かせて貰いました。いつもの会話パートよりは微妙な感情の機微と風景スケッチができていたのではないでしょうか。

 このように、partFinalは普段できていなかった事を解決するためにある程度好き勝手に増改築を繰り返した結果、3時間近い動画時間になってしまいました。とはいえ、人物描写ではカットするとよくわからなくなる重要なものばかりなので、カットはあまり行わず、遊札抄の世界をマニアックに楽しんでもらえる方に最大限のお礼をする感覚で自分の全力を込めたつもりであります。

今回の動画ではアイキャッチを含め4枚の描き下ろしを行いました。本当はエンディング前の輝夜に溢れんばかりの笑顔の一枚絵を付けたかったのですが、制作スケジュールがただでさえ遅れていたので断念。しかしこの画像の風景だけはエンディングを考え始めた時から脳内に浮かんでいたイメージなので譲れず。

 私はこの永夜抄編を通して、1章もでしたが、貴方の傍に居る人間を思い起こしてほしいな、と思いながらいろいろなシーンを描きました。もし貴方のお母さんが健在ならば、貴方の母親が自分に寄せてくれた想いを、貴方を愛してくれるパートナーがいるのなら、貴方を支えようとしてくれる想いを、もう一度思い出して、「ありがとう」、と言ってみるのもよいかもしれません。何気ない日常に埋もれてしまった、貴方を愛してくれる誰かの気持ちに気付くきっかけになれたらな、と思っています。
 動画を作ったのは自己満足の面もありますが、しばらく動画を作らないでいる間に気付きました。自分がこうして何かを作って、それが誰かの心に残ってくれれば、高望みとはわかっていますがそれが誰かを救うことができれば、私の創作の理想はそこにあるのではないか、と。「人助けの為に作品を作る」なんて、なんとも間抜けで遠回りで、二流だとは思いますが。

 視聴者の皆さんは動画を視聴してどのような感想をお持ちになったでしょうか。何か私は心に残るものを伝えられたでしょうか。もしそうであれば、私は幸せです。

 まだまだ語る事(動画内のキャラクターの細かい動きの説明、カードに込めた象徴的意味など)は沢山ありますが、これ以上語るとまたとんでもない長さになりかねませんので、そろそろここで仕舞いにさせて頂きます。最後までご覧いただき、本当にありがとうございました。

 また次の夢で、会いましょう。

コメント

高橋佑輔
No.1 (2018/02/11 23:01)
動画制作お疲れ様でした。幻想郷の皆だけでなくMOL屋さんにも幸せが訪れることを祈ってます。
FY2479
No.2 (2018/03/19 12:47)
永夜抄編完結お疲れ様です。
東方遊札抄を見ていると、色んな感情が綯交ぜになったようで、複雑な気持ちになります。
この作品では様々なキャラの想いが描かれていて、そのどれもが深い意味を含ませてあるように感じられるからです。
作中で描かれる世界は自分の中には無いものばかりで、興味を惹かれることばかりです。
その一方で、自分の中にある想いを見ているような矛盾に陥ったりもします。
「自己否定に対する救い」という命題の答えは一貫したものではなく、多種多様だと考えます。
自己解決できる者、仮面を被ってやり過ごす者、他者に救われる者…
色々であり、一生かかってもその答えは見つからないのかも知れません。
そんな中、「愛」というひとつの解を提示したこの作品は、愛をテーマとしながらも決して普遍的でない、とても優れた作品であると私は捉えています。
かなり稚拙な文章になってしまい、伝えたいことは伝わっていないかもしれませんが、これ程の作品を作って下さり、お礼というのも差し出がましい事かもしれませんが、何か伝えられればと思い、こうしてコメントさせていただきました。
これからも、時に迷い、時に悩みがらも様々な世界を表現していただければと思います。
素敵な夢を、ありがとうございます。
MOL屋 (著者)
No.3 (2018/03/20 03:14)
>>2
 詳細なご感想を寄せていただき有難う御座います。折角こんなにも長大な感想を頂きましたので、感謝の気持ちとして書かせて頂きます。

 主人公である霊夢や魔理沙達はまだ年端も行かない少女でありますから、決して完璧ではありません。時には間違いを犯しますし、道も違える事もあります。
 自分の努力ではもはやどうにもできそうにない事ってこの世界には沢山ありますよね。彼女達も、自分の尊厳を守る為にそれぞれ世界と色々な折り合いを付けたり、(それが嘘でしかないと知っていても)自分には足りないものを他のもので埋めようとして、生きるために必死なのです。この動画はフィクションですが、例えフィクションでも、そんな「汚さ」「人間らしさ」を大事にしたいと思って製作しています。
 誰だって失敗をし... 全文表示
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