MKMuの雑念帳

映画「寄生獣」のどこが糞なのか(原作序盤のネタバレあり)

2014/12/21 20:01 投稿

コメント:25

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アニメより面白いから、などという書き込みを某所で見まして、本当にそんな現象が起きているのかと半信半疑で今更劇場に足を運びました。
正直監督があの山崎の時点でこの映画が金をかけた高級地雷なのは目に見えてたので、友人一人を道連れに行ってきました。
(※山崎監督はアッパレ戦国大合戦という傑作からバラッドとかいう産業廃棄物を作りだした人です。

結果としては「どうしてそんなことを書いた!言え!」ですね。
はい、どうしようもなく糞でした。


改変がおかしい。
少しづつではあるが確実に、大胆に、そして究極に作品を殺している…。

「母親」というものを強調したいがために父親が死んでいるという設定が追加されました。(山崎がよく使う原作が持つさりげない要素を強調することで馬鹿な観客の涙を誘う安い手ですが)それはいいとしてもそのせいでストーリーそのものに無理が出ているのです。
原作では父親と母親が旅行に行った際に母親が殺され、その時父親がそこにいたということが物語が進む上で重要なファクターになっています。
敵が「生き残った父親を狙っている」ことがその場所である必然性と、物語の推進力になっていました。なによりも敵がいるとわかっていながらあえてそこに向かう、文字通り「死地に赴く」からこそ原作の旅立ち、「ヤツを…」のシーンが際立つわけですね。
(またこの旅立ちは後に原作38話まで繋がるのですが…。)

対する実写版は乗っ取られるのが家の近くの魚市場で、シンイチを刺したあと行方をくらませます。どこに行ったかわからんのです。手掛かりはゼロ。
刺されたシンイチは原作通りバッチリキメて家を飛び出しますが、居場所がわからないので当然見つかりませんよね、無計画な捜索です。今日はあっちの方探して見るかぁなんて具合に。
そのため、当たり前のように帰宅しますし、普通に学校にも通ってますここら辺はギャグにしか見えなかったです。
あのさぁ、敵を討つまで家に帰らないとか、そういう決死の覚悟はないの?
家は拠点にするから帰るのも理解できるけど、放課後だけしか捜索しないのはさすがにどうなのよ。
だってこのシンイチ、母親を油絵で描いたり母親の仕事場に迎えに行っちゃうような、高校生では珍しいくらい母親が大好きなやつなんだぜ?
そしてそんな母親が敵に殺された上体を乗っ取られてるんだぜ?
夢じゃなかったって知ったとき(メチャいい演技で)すっごい慟哭してるんだぜ?
母子家庭という設定に変更して母親との絆を原作より強調しているにも関わらず、こういうところではドライ。
ベタだけど「見つからない苛立ちと怒りを必死にこらえつつ昼夜を問わず街を駆けずり回ってボロボロになり、倒れる寸前に村野里美もしくはミギーに諭され一旦家に帰る」とかなら普通に納得できるんですけどね。

原作だと敵は父の病院に殺しに来る、ということが推定される状況なので行動に何の矛盾もないのですが、実写はAが(実写版では乗っ取ったのがAであるという改変が成されています)遠くに逃げた可能性も考慮せず各駅の周辺をブラブラしてるだけなので非常に違和感があります。
結局Aの居場所は田宮から教えてもらうのですが、Aとシンイチの戦闘もワイヤーアクションバリバリで違和感が。
確かにシンイチの身体能力は「混ざった」せいで向上してます。しかしシンイチは戦闘の素人ですよ。あんな仮面ライダーみたいな動きできるわけないじゃないですか。少なくともあれくらいの時期は。
実際原作でも敵との戦闘シーンはけっこう泥臭かったと思います。

さらにはシンイチを殺そうとするパラサイトの触手を火傷した母の腕が止めるという信じがたい改変が成されていました。
「母親の意思はすごいんですよー、みなさん泣いてくださーい」と言わんばかりの改変ですが、原作を読むとこれがどれだけアホなことか解りますよね。
切り離してやるという意思を持っていてもシンイチは母親という認識を捨てきれないのに、母親は完全に寄生され「敵」になっているからこそあのシーンは良いんじゃないですか。宇田さんの台詞も映えます。(ちなみに実写版に宇田さんは出ません)
それをあんな安易なお涙頂戴シーンに改変するとはさすが山崎監督!冴えてますね!


また、有名な「死んだ犬はただの肉」のシーンも当然改変されてますよ!
まず原作は死にかけの犬を車に引かれることも顧みず道路から救い、死ぬまで腕の中で抱きしめ続けてからの「ただの肉だ」ですよね。
これは混じったシンイチの生死観、大きな変貌を読者に強く刻みつけるシーンでした。

それが実写では道路に拾いに行く→「あ、死んだ」→ゴミ箱へポイー「ただの肉だ」です。
唐突すぎてこいつ何言ってんだ?という疑問しか浮かびません。原作での対比なんか完全無視。ただ原作で有名なシーンだから入れましたというだけ。
これも山崎監督の得意技「原作の上辺っつらなぞり」が炸裂しましたね!
ちなみに「人違いでした」は何故かここにぶっこまれています。


とりあえず大きな糞改変だけ上げましたが、もうこの時点でどうしようもなく糞なのでこれ以上列挙するのはやめておきます。(まだ上げろと言われれば学校関連とか諸々ありますが…。)
以上の理由から実写寄生獣は糞です。
もちろん良い点はあります。
役者は大作邦画にしては珍しくマトモなの揃えたなと思いましたし、主題歌も疾走感と焦燥感を併せ持つ感じの曲で嫌いではないです。
が、それを殺してもまだ殺し足りない本編の糞さのせいで全てが台無しです。
何より頭にくるのは、得意技の「上辺っつらなぞり」ですよね。
一部ではこれのおかげで原作再現できてるとか言われる監督ですけど、大事なのはただの再現じゃないんですよ。そもそも原作再現、いや原作を何も考えず映像にするだけなら誰だってできます。
監督の仕事って再現することじゃなく、そのシーンを使って如何に上手く映像を作るかじゃないんですか?
それもしないで漫然と再現だけしてるのがこの作品(まあ再現にもなってないですが)。
原作を全く読み込まず、ただ有名なシーンを撮るだけだから頭にくる。
にわかが自分の好きな作品を茶化しているときに覚える感情というのが正しいのでしょうか。この人の作品には全く愛を感じないんですよね。
逆に本当に寄生獣を読み込んで理解して、愛を持って撮ってくれたなら安っぽい映像だろうが多少役者がヘボかろうが全然構わないんですよ。そんな作品は山ほどあります。

実写のどこが糞なのか。監督が糞でした。それが全てです。

アニメは賛否両論あるみたいですけど、実写は間違いなく否です
実写褒めてるやつこそ山崎を助長させる糞である、と言いたくなるほどの糞映画でした。

「山崎こそ原作を蝕む寄生虫!!…いや、寄生獣か!」









コメント

3個
No.23 (2019/01/28 22:46)
実写版のデビルマンに匹敵する面白さでした
ricevalley1513
No.24 (2019/05/01 23:50)
前編だけ見ました。
色々気になる部分はあれど、まぁ許容範囲かなーと思って見ていましたが、寄生生物達が、人間は悪との認識に基づいて間引こうとしているかのような演出がなされていた点と、寄生された母親との決着のシーンで、火傷した手がシンイチを助けるという許しがたい改悪があった点は到底許容できず、後編見ようとは微塵も思えなくなりました。
個人的には筆者さんの仰る通り、原作を半端になぞっただけのクソ映画だと思います。
お豆
No.25 (2019/09/29 16:36)
脚本・キャスト共にイマイチだった、リアタイで原作読んでたおっさんなので期待値がデカかったのはあるけど
ミギーがただのお友達になってて異質な生命体が右手に寄生してるっていう緊張感がなくなってて作品の根幹から違うものになってる
原作ラストにはこの緊張感が生み出していった新一との関係を表す独特の感傷みたいなものがあるんだけど映画はまったくなかった
アニメには作り手の原作リスペクトが感じられて作品ファンとしては及第点、もっと予算があればグリグリ動いて良かったかな
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