MAY-P(ぷにっP)の「今日すぐに役立たないボカロP講座」

雑記 ビデオゲームの「ゲーム性」について考えてみる

2014/06/21 23:18 投稿

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ども、新曲の宣伝がめんどくさくなってるMAY-P(ぷにっP)ですw

今回はビデオゲームのゲーム性について。
ここで「ビデオゲーム」に限定したのは、他にも「ゲーム」と呼べるものがたくさんありすぎるのであくまで、モニター上で動く、さらにいえばアクション性の強いタイトルに限定してお話を進めたいと思います。

まずゲーム性!とはなんぞや?

という部分ですよね。

ゲーム性。

難しいですね!(おい)

とはいえ、ビデオゲームのゲーム性は特にアクション性の高いゲーム、かつ対人対戦ではなく対CPU戦のゲーム(シューティングゲームやアクションゲームなど)は結構はっきりと「ゲーム性」を断定出来る部分が多々あると思います。

それは「適度な運要素」+「ガチガチなパターン性」に加えて「人としての感情的な1/nの揺らぎ」ではないのかなぁと。


運要素、というのはまずリズムゲームには一切あてはまらない所かと思います(あらかじめ用意された譜面を完璧になぞる、という点において)。
なのでリズムゲームのゲーム性は(あともう少しで全部ノーツが繋がる…)といった緊張感という「1/nの揺らぎ」なのだと感じます。

昔で言えば、彩京のシューティングゲームなんかはかなり厳密なパターン化が要求されるため、「シューティングゲームに見せかけたパズルゲーム(ようは回答は1つしかない)」と揶揄されたりもしましたが、その彩京のシューティングゲームにも運要素や1/n揺らぎ要素が多々盛り込まれています。

例えば彩京処女作の戦国エース。
このタイトルでは、ゲーム後半に出てくるボスが完全にランダムなので、いくら他を完璧に稼ぎきってもここで運が悪いとスコアの高いボスが出現しませんw
それ以降になると、ストライカーズシリーズやガンバードシリーズに代表される例の「金塊や金貨がピカッと光った瞬間に取ると高得点」という部分が1/n揺らぎ要素に大きく関わってきます。

中でもガンバード2は酷くて(断言)最後に取った金貨x高得点で取り続けた回数が2周クリア時に加算されます。
そう、最初に取る金貨から2周目最終面の最後の1個に至るまで、完璧に金貨を高得点で取り続けなくてはいけないのです(それが達成されたかどうかまでは存じませんが、、、)

さらに彩京シューティングは最初の4面がどの面が1面目にくるのか、またそもそも出るのか出ないのかわからない面もある、という運要素もあります。

逆にアドリブ要素の強そうなケイブシューティングの方が、パターン化されやすい(という論を以前ほかの有名スコアラーの方が上記の内容も含めて雑誌上で記事にされていました)という。。

とはいえ、いくらパターン化出来るとはいえ、プレーするのは人間なわけで必ず緊張感やプレッシャーなどの「1/nの揺らぎ」がプレーに出てくる(はず)と思います。
逆にそういった感情の揺らぎが出ない、出にくい人ほどハイスコアラー向けとも言えるかと感じます。

詰まるところゲーム性というのは、ビデオゲームに限っていえば(特にシューティング・アクション性の強いゲームなど)人vsCPUであり、ゲーム側が用意したギミックをどれだけパターン化するか、そこまでの過程がゲーム性で完全にパターン化した時点でそのゲームを極めた、といえるのかもしれません。

ただ、ゲームとはそこまで単純なものではなく将棋や囲碁なんかは何百手、何千手先まで棋譜を読みきったり、人の感情を利用したりして有利・不利が実力だけでは決まらなかったりする世界もあります。

また、ビデオゲームも「本当に極めきった」と言い切られるゲームはそう多くは無いと思います。(よほど完全にパターンになって100%の理論スコアが簡単に換算出来るようなゲームで無い限り)

そんなわけで、「ゲーム」と呼ばれる中でもほんのひとにぎり中のちょびーーーっとをかいつまんでみたわけですが、最終的には結局「作る人も人間、プレーする人も人間」というなんとなく納得するような出来ないような一般論なのかそうじゃないのかよくわからない、そんな結末を迎えるわけで…w

ま、お堅いことは抜きにして楽しもうぜ!ビデオゲーム!ひゃっはー!

というわけでまた次回!


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