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蓮池 レオンのブロマガ

僕のトルコ狂詩曲

2006/03/15 00:00 投稿

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  • 日記
  • 大学時代に書いたやつ
  • トルコ
  • トルネコの大冒険
僕の友人たちは、卒業旅行にトルコに行ったそうだ。
すばらしい体験をしたようで。 羨ましい限りです。
そのころ、僕は極東の島国で、一人テレビゲームに夢中になっていた。
なつかしの『不思議のダンジョン』をやりこんでいた。
まるで現実逃避をするように、

(奥へ! もっと奥へ!)


狂ったように地下へ邁進していました。 
立ちはだかる全てのモンスターに友人の顔を重ね、鍛えに鍛えた武器で斬り付けていました。

「あっひゃっひゃ!
そらそらァ!くたばれくたばれ!!海外旅行がどうしたっていうんだ!! 僕は永遠に孤独だ!!」

虚しい。 今年の冬は、いろいろ寒い。
コントローラーを投げ出し、僕は天井を見上げて考えた。

(トルコ旅行か。面白そうだなぁ。
負け惜しみついでに、いっちょやってみるか。もういいんだ。 好きなだけ好きなことやってやるさ。僕もトルコへ旅立ってやるんだから。 僕だけのトルコへ!)
 
これが、トルコへの擬似旅行、空想旅行の始まりであり、いつもの痛々しい日記の始まりでもある。
僕は、日本でトルコを満喫してきました。
それを、ここに散々に書き綴りたいと思います。

さっそく僕は家を飛び出した。 イヤッホゥー!!
日本にいながらトルコ旅行、僕は贅沢な男だ。
まず、近辺で『カッパドキア』を探すことにした。

トルコの首都アンカラには、『カッパドキア』という遺跡がある。
3世紀ごろ、迫害を逃れたキリスト教徒たちが住み始め、石灰岩の大地や山をくりぬいた洞窟「地下都市」が拡大。内部には教会や修道院、住宅が建設された、という遺跡だ。
まず魅惑の『カッパドキア』を心に思い描いて、僕は日本版『カッパドキア』を探した。
しかし歩けど歩けど、『カッパドキア』に相当する遺跡なんて、なかなか見当たらない。
それでも『カッパドキア』に似たものを探して、僕は頑張った。
頑張って、頑張って、頑張りとおして、

(歩きつかれたことだし、まあ、あれでいいや)


『カッパズシヤ』で妥協した。

店内に押し入る。


「いらっしゃいませー。 お一人様ですか?」


僕はいつでも一人様だ。 遠まわしの嫌がらせにも慣れている。 
カウンターに座り、この遺跡を見学する。
目の前には、『酢飯と魚肉のハーモニー』が流れている。
まるで何かから逃げるかのように。

(つまり、これが迫害を逃れるキリスト教徒、という訳だ……)


コンベアで流れる寿司を、キリスト教徒に見立てるという無茶をしたのは、おそらく僕が人類初だろう。
注文ボタンを押す。

「ご注文をどうぞ」

「シモンをひとつ」

十二使徒リーダー、『シモン・ペテロ』の身柄を要求する。
僕はさながらローマの暴君だ。
逃げろ逃げろ、罪と酢にまみれたキリスト教徒よ。
僕は流れる寿司をあざ笑った。
やがて、身柄を要求した男が注文皿で流れてくる。
シモンではなく、サーモンが流れてきた。

「まあ……ありっちゃあ、ありだな」


平らげた。 特にあの玉葱とマヨネーズがうまいわけですよ。

大満足で、僕は遺跡を後にしました。


次に目指すは『トルコ風呂』だ。
これは、通称『ハマムーン』と呼ばれる、中東特有の公衆浴場だ。
だけれど、日本でいうところの『トルコ風呂』とは、暗に『ソープランド』を意味する。
僕は迷いなくソープランドを探した。

けれど、この地方都市にそんな気の利いた異国文化の結晶はなく、それ以前に、22歳でソープランドデビューはあまりに悲しい。
僕は再び妥協し、個室レンタルビデオ店に行って『逆ソープ天国』というビデオを鑑賞した。

(これぞトルコ文明が織り成す桃色の血潮によって誕生し
ウラガスティアの悲報を受けた永久無限ピストン装置の所以たるカラマーゾフブラザーズたちの晩餐会の肋骨!!)

興奮しすぎると、思考が狂うのが僕の悪い癖だ。


次に目指すは『ネクロポリス』。
古代人のたちの墓、つまり『死者の都』だ。
僕はこれに心当たりがあった。
日本にも、トルコに負けないくらいの『ネクロポリス』がある。

僕は来た道を戻り、ある扉の前に立つ。
鍵穴にキーを差し込み、回す。 
かちゃり、ドアが開いた。
ついに遺跡への道が開かれたのだ。

ここが、『ネクラポリス』。 死者の都である。
遺跡に入って早速僕を出迎えたのは、生ごみである。
臭う。 都の主である『ネクラ』はゴミを出し忘れていた。
さらに『ネクラポリス』内を探索。
衛生状態は極めて悪く、ゴミが散乱していて埃が積もっている。
四方、どこを見ても、主を眠りを守るよう人形が安置されている。

(日本でいうならば、古墳を守るハニワってところか……)


ハニワはすべてガンダムだった。 心強い限りである。
カーテンは強く閉ざされ、日の光など一切射し込まないこの部屋で、『ネクラ』は何を思い、何をガンダムと語らったのだろう?
まさに青春の墓場、『死者の都』の名を冠するに相応しい場所でありどうしようもなく僕の部屋だった。
畜生。 ネクラで悪いか。 

僕のトルコ日記は、ぐだぐだと長く、致命的に面白みにかけ、そろそろネタが切れようとしていた。
どうしようもう無く最低な日記だった。 
たまに書くと、昔の感覚を忘れてしまう。

(仮にあと一手、極めのピースがそろえば、
すこしは締りのある日記になっただろうに)

僕は『ネクラポリス』と呼ばれる自室で一人、トルコ日記に相応しい最後のネタを考えた。
しかし、何も出てこない。 
僕はあきらめて、気分転換にテレビゲームをはじめることにした。
出発前の『不思議のダンジョン』のゲームである。

(ううむ、最後のネタ、かぁ……)


どうにもトルコが頭を離れず、ゲームに集中できない。
さっそくモンスターにやられてしまった。 
アイテムも所持金もすべて失い、僕はまたふり出しに戻された。
僕は、ゲームを中断してもう一度考えた。

(このトルコ日記を完成させる、あと一手……
何がある? 考えろ……あと一手が足りないんだ。日本でトルコを満喫した証がいるんだ。でなけりゃ、異国帰りの友人に笑われてしまう。『カッパドキア』をまわって、『トルコ風呂』を満喫し、『ネクロポリス』を見学した……次は何だ? 最後のピースは何だ?)

しかし考えても考えても出てこない。
数分後、僕は完全に諦めた。 
そうそう、いいアイディアが浮かぶわけでもない。
そういえば、テレビゲームがまだつけっぱなしだったことに気がつき、僕はゲームの電源を落とし、ゲームソフトを手に取った。

(どうやら、この日記は企画倒れだな。日
本で『擬似トルコ旅行』なんて無理があったんだ。遠い異国だ。 身近でトルコを肌で感じれるはずがないじゃないか)

そこで、僕はふと違和感に捕らえられた。
何かが見えた。 トルコ的な何かが。
僕は手に持ったゲームソフトのカセットを見つめた。
そのタイトルは。

『トル○コの大冒険』


……トルコは、意外にも身近にあった。
駄作は駄作なりに、駄洒落で終わった。

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