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自信にも自慢にもならない、ましてや誇るコトが出来ない我慢はしないほうがいいかもしれない

2014/03/26 11:11 投稿

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 人が生きていく時に大事なモノは沢山あるようで、沢山ないような、あーでもない、こーでもないと思うねここねです。

 それでも、生きていく上で自信っていうのは大事だなーと思うワケですよ。

 んで、自信というモノを僕は、自分のコトを信じる心の度合いとして捉えているんですね。

 その自信の度合いを生きていく上で高めるコトが大事なんかなーって思ったり、思わなかったり・・・・・・。

 んで、自信を確固たるモノにするのに、自分の行動の結果、実績や経験、自惚れや妄想、成功体験、ets まあ、色々と必要になってくるんと思うんですね。

 その中には、自信を奪う衝撃を受ける失敗や挫折なんかもあって、自信は減ったりもするから、ご用心って思うのですが、失敗したり、挫折したりした時に我慢して困難を乗り越えるという苦労は、ハイリスクであり、ハイリターンだと思ったりする。

 確かに、困難を超えて乗り越えると自分に相当な自信がつくし、その時に満たされるその人の気力、体力、精神力はかなりモノになっていると思ったりするけれど、困難にあって我慢してパンクしてしまうと、かなり立ち直るのに時間がかかる。

 そして、そのパンクを治すのには、我慢していた時の量に比例して上がると僕は思ったりする。

 確かに、困難に挑戦して乗り越えるというのは必要だが、人間にはやはり向き不向きがある、そして、それに向いているかいないかは、やってみるまで分からないと言う人もいる。確かに10代20代前半はそうだと思う。

 だが、それを過ぎると向き不向きの輪郭はそれまでに経験した体験から導き出すことが高確率で可能だと僕は思う。

 にも、関わらず、向いてない困難に立ち向かう人がいて、パンクしてまう人がいたりするから、なんとも笑えない。

 もし、20歳超えて、困難に立ち向かうコトがあったら、自分の経験と相談して欲しい、この山は乗り越えるコトが可能なのか?

 登ってる時にパンクしたらどれほどのリスクがあるのか? 最後まで自分を信じるコトが出来るのか?

 例え、どんな困難にも負けるコトのないような精神力が神がかってる人には年齢も経験も才覚も関係はないと言えば、ないけれどは、出来るだけハイリスクを背負うようなコトを常人は避けるべきだろう。

 しかし、非凡な人になろうと思ったら、ハイリスクをとって自分が普通の人ではないと信じるコトからが最初の一歩なのかもしれない。

 そして、我慢する時は今ここで必要な我慢は、自分の自信になるのか? 自慢になるのか?誇るコトが出来るのか? 

 そうではなく、自信の喪失と挫折させらるような我慢であったなら、それは我慢するのではなく、倒さねばならない敵として認識するのがよかろうと思う。

 
 そして、最後に故人の言葉送ろう!

 敵は内にあり!

 この言葉は、自分の中の自信と常に向き合い倒すコトが人生には必要だと言ってると思ったり、思わなかったり、しかし、自分の身内が敵となるコトもあるとも暗喩しているようで深い言葉だ。

 しかし、出来るコトなら内なる自分とくらいは五分に渡り合える自信を作れるように努めておきたいモノです。

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