ねここねのブロマガ

ネット依存 続編

2014/02/08 23:44 投稿

コメント:2

  • タグ:
  • ねここね
  • 日記
  • アニメ

 以前、ネット依存とバーチャル依存は違うというようなコトを書いたとは思うんですがゃあ、ネットをそこまで推進していいのかどうか?


 こんだけ、ネットが普及しているのにもかかわらず考えて見たいと思います。


 ネットが拡大するというコトはそれだけ、多くの人間が多くの人と関わり会える機会が増えるというコトであるからして、ネットがより生活に浸透すればする程に多様性が促進されると考えられるワケですね。

 さて、多様性の行くつく先はなんでしょう?

 まあ、地球というモノが人類の生活区域だとするならば、限りがるというコトになるんですね。

 というコトは必然的に多様性が限界までくると、その中で必要、不必要と分けていくコトになるとは思います。


 まあ、そこからは生き残りをかけての壮絶な争いが予想されます。

 それも、段階を踏んでシビアな形にどんどんエスカレートするコトでしょう。

 まあ、そうならないために、多様化するのと同じで、人類の生活区域を広げないとイケナイ。もしくは、地球の限界を広げなければならないワケなんですね。


 まあ、地球の限界を高めるのか? 宇宙に希望をを抱くのか?

 それは分かりませんが、そうならざる得ないワケですよ。

 そして、ネットが急速に多様化する人を生み出す役目を果たしているとするならば、それに恐怖する人がいてもおかしくないと思ったりもします。

 特に、食って、寝て、繁殖出来ればいいやー なんて人はまだ救いがあるけれど、生きてるコト事態に意味等見いだせないという人にとっては、ある意味もっとも危惧するべき問題が多様化した世界だと思ったりします。

 どちらにしろ、ネットが拡大されるというコトは、選別される時代の加速を産むと考えると、競争して生き抜いて行くコトを今以上に求めれるワケだから、生きてる意味を見いだせないような虚弱な存在は淘汰されてしまうでしょう。

 しかし、まあ現実にビビっていては、話にならんワケでして、結局のところ競争して勝てるように生きていくしかないのです。

 そう考えた時、ネットの普及は必ずしも、良いモノでもないのだと思ったりするのでした。


 だけど、それを含めて人の進化であると捉えるならば、それが人の道であり、人の本懐なのかもしれないと思ったりします。


 なんのコトはない、人は目の前の問題を克服したり、制覇するのが遺伝子的に好きなのかもしれない。

 だからネットが生まれた。

 そして普及した。

 それなら、多様性というモノに競争を強いられるコトあるかもしれないけれど、そればかりじゃない、進化という果実を人類に提供してくるのだから悪いモノともいえない。


 ゆえに、ネットは現実であり、良いとも悪いとも言えないとなるワケです。

 あれ?

 なんか、当たり前過ぎて、つまんない記事になってしまった。

 うーん・・・・・・。

 

コメント

大西平洋(ヘイヨー)
No.1 (2014/02/09 00:21)
 「壮絶な争い」とかになるのかな~?それぞれの人が必要と不必要を決めていくから、意外とそんなに争いにはならないような気はするけど。そうして、不必要と判断されたものはひっそりと消えていくような。
ねここね (著者)
No.2 (2014/02/09 00:31)
>>1

 ヘイヨーさん コメントありがとうございます。

 まあ、競争だけが加速するとそうなるかなと、でも、まあ競争だけが加速するわけではないので段階を踏むか、そして、競争的なコトが問題となると、それを自浄する組織も出来るかなと、そんな感じです。

 だから、まあネットが拡大し続けるコトに恐怖したりする人は競争の激化を恐れて危惧しているけど、それだけが加速してるわけじゃないから、まあ怖がることもないですよと書いたつもりでした。

 不必要なものは、必要ができるまでは消えていると同じです。しかし、使わないけど、必要という存在と不必要な存在は当然分けないといけません。

 まあ、誰がそれを決めると正しいかと言われると、難しいところです。多数決でジャンケンで使用頻度で、貢献度で、どう決めようが反対者はいますしね。

 難しいところです。
コメントを書き込むにはログインしてください。

いまブロマガで人気の記事