異世界開拓物語

早稲田大学に推薦されなかった者より、コピペで早稲田大学を卒業した者達へ

2014/03/16 12:00 投稿

コメント:6

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※注:「コピペ」という言葉を象徴的なモノとして、
   いわゆる「写本」的な意味で使っている箇所が
   あります。昔はコピペなんて無かったからね。



子供の頃のことである。私の両親は、小学校5,6年生時の正月を
学習塾の勉強合宿で迎えさせる程度には教育熱心だった。
塾講師に往復でグーパンチされて鼻血を噴き出した事もある。
子供らしく、自分が悪いのかと思って怖くて親には話せなかったが。

中学受験は結構ドラマティックだった。
母は見栄を張るタイプだったから、地元の3流私立には行かせられないと
私のレベルも顧みず名だたる中学校の入試を受けさせた。結果は全敗。
ちなみに小保方さんが高校で通った東邦の中学も落ちた。
最後に残ったのが私が受験した中では最も偏差値の高い、
2月1日(だったと思う)の早稲田実業入試だった。
折り悪く、前日までは小学校の卒業スキー旅行。
追い込みがかけられないばかりか、身体的にも疲れ果てていた。

そして当日は記録的な大雪。電車も動かない中、
どうにかして午後に延期された試験にギリギリで滑り込む。
直後に試験開始。もう何が何だか分からなかった。

同日に入試を予定していた東大進学率トップの開成中学は後日に延期された。
後から聞いた話だが、開成を受験させる上流階級の教育ママさんたちは何人も
2月1日が統計的に雪の確率が高いことを知っていて、無駄になる可能性の方が
はるかに高い同日試験の早稲田実業の受験票を「滑り止め」で買っていたらしい。
結果実業合格の倍率はさらに上がった。受験戦争恐るべし、と思ったものだ。

そんな逆境に次ぐ逆境の中。何故か私は合格し、
早稲田実業学校中等部に入学したわけですが。
そんな思いまでして入学した早稲田で、
私はエスカレーターに乗る事が出来なかった。

とにかくレベルが高い。授業に全くついていけない。
その上文武両道を掲げ運動部への入部が推奨される。
それ以上に私を悩ませたのは、山ほど出された宿題だった。
私が誰よりものび太の気持ちを理解できるという自負は、この経験から来ている。

私の実家から早稲田までは片道2時間半かかった。部活は柔道部に所属した。
朝5時半に家を出て、21時半に帰ってから食事をし、宿題をこなす生活。
平均以下の能力の者には…いやもしかしたらもっと広い範囲で、
到底終わるわけもない量。だってクラスメートのほとんどが
写し合って提出していたから。

私はぼっちと中二病をこじらせていたから、宿題には意地でも一人で取り組んだ。
例えば日本史の授業で好きな時代の歴史レポートを提出する課題があった。
多くの生徒がコピペ満載で定められた分量を提出した。
もちろんその中には正しい引用もあっただろうし、
丸ごとコピペもあっただろうし、
クラスメート同士写し合った者もいたし、
自分の力だけで書ききった者もいただろう。
私は当然期日までに終わらず、規定の5分の1程度の分量で提出した。
評価など望むべくもない、私は自分の力で書けるだけ書いたのだ。
勉強したいことを勉強したのだ。それでもその時の教師はまだ理解のある人で、
その姿勢に一定の評価をしてくれた。結局赤点だったけど。

成績はどんどん落ち込んでいった。
高校では出来る限り朝練と補習に交互に顔を出し、
学習塾に再度通った時期もあった。
高校三年時には試合で右手を骨折。うまくペンが持てなかった。

それでも私は中等部・高等部と6ヶ年皆勤賞を取った。
そして、それでも早稲田大学には推薦されなかった。
9割がエスカレーターと言われる中、40人程度のクラスで
早稲田大学に行けなかったのは私ただ一人だった。
皆勤賞まで取って推薦されなかった者は
私が初めてだと聞いた。裏は取っていないが。

高校の頃の担任教師から、附属高校から早稲田大学へ
進学した学生の6割は中退すると聞かされた事がある。
危機感を煽るため多少は盛ったのかもしれないが、
大学受験時に競争しないエスカレーター推薦の
学生が不出来なのは方々で言われている事だ。
当然、コピペの割合も高いのだろう。
高校生の頃、教室で見た風景そのままに。

友人の家に行くと彼らの親が腫れ物を扱うような、憐れむような目で
「ああ、この子が…」という表情をした。俺はそんなに悪い事をしたのか、
と感じたものだ。片道2時間以上かけて学校へ行き中高6年皆勤を取り、
スポーツに励み自力で勉学に立ち向かい、それでも早稲田で
エスカレーターに乗れない事はコピペより悪い事なのか、と。
大人たちは結果しか見ない。コピペという「賭け」に勝った者は
正々堂々戦った敗者よりも優遇されるのだという世の中の空気は
何となく察することが出来た。

私は勘当同然で家を追い出され新聞奨学生になるのだが、それはまた別のお話。



少なくとも私はまだ結論の出てないうちから小保方さんを
糾弾する気はありません。高卒だから大学でそれが本当に
良いのか悪いのかなんて分かんねーし。むしろ被害者の一人
とも言えるのではないかという同情の念さえあります。

だって考えても見てくれ、コピペしなかった私は高卒で手取り年収250万以下、
コピペでエスカレーターな誰かは一流企業で重役だぞ?あるいは政治家で、
弁護士で、科学者だぞ?私は幸か不幸か誠実(変人)で愚かだったから
その甘い誘惑を振り払ったが、コピペしてでも上を目指す者達を
どうして責められる?コピペ以外にどうやったら私はあの膨大な量の
宿題をこなせたんだ?なるほど柔道部に入ったのは私の意思だし、
身の丈に合わない早稲田実業に通い続けたのも私の自業自得だろう。
だがレールの上に乗せられた猛スピードのトロッコから、
自殺にも等しい途中下車を決断出来る子供などそうそういない。
周りの人間は誰一人コピペが恥ずべき行為だなんて教えちゃくれなかった。
私はたまたま自分でそういう結論に至っただけだったんだ。

大人になってそれなりにズルさを学んだ。昔ほど品行方正でも馬鹿でもない。
私が大学へ行っていたら、おそらくはコピペをしただろう。
いや…どうだろう。新聞奨学生をこなせたほどだ、一人暮らしで
通学時間の心配が無くなったら、案外比較的褒められた大学生に
なっていたかもしれない。今となっては空しい想像だが。

あれから十数年。ようやく「勉強」に対する拒絶反応も薄れてきた。
今は英語の勉強が楽しい。どんなに出来が悪くてもサボっても
誰に叱られるわけでもない。好きな時に好きなだけ、
出来る限りやりたいようにやればいい。
勉強って本来そういうものなのかもしれない。
子供時代にそれを教えられない日本(世界もそうかもしんねーけど)の
一流学校の出身者は、実はとても不幸なんじゃないかと思う。

大切なのはコピペしないことじゃねぇ。
いやもちろんそれも大切だし論文レベルでは許されないこと
なのかもしれないけど、勉強や宿題ってのは自分を高めるためのもんだろ。
国や教師にとってみれば子供の学力向上が第一だろ。
何百人にも同じ分量を強要したら能力的環境的に
出来る奴と出来ない奴が出てくるのは当たり前だ。
各々のやり方で学問に打ち込めるなら、その手段が
コピペだろうが期限に間に合わなかろうが構わないはずだ。
大切なのは然るべき時コピペに頼らず自分の言葉で、
或いはコピペを正しく駆使して文化を築き上げる実力と気概のはずだ。

だが大人は数字しか見ない。人より多くの時間を費やしても
成果の無い者は評価しない、仕方も知らない。
その背景や過程など想像もしないブラックなのだ。
だから不正が横行する。自殺者が増える。
大切なものは、目に見えないというのに。

この記事にも、ドヤ顔でツッコミを入れる人がいることだろう。
別にそれを非難する気は無いし、皮肉のつもりもない。
だが、それこそが問題のあるコピペを、ひいては税金の
無駄遣いを生む土壌なのだという自覚だけは持っていてほしい。
子供たちはあなたたちのその目が、その言葉が怖くて不正を覚えるのだ。

限られたアタマで、限られた時間で、コピペ無しに言葉を紡ぐ。
そりゃ落ち度だって矛盾だってあるだろう。分量だって大したことない
(だ・である体とです・ます調を混ぜてるのはわざとだけど)。
認められるべき価値は、自分で考えて書いたってことだろう。
他のどこにもない、新しい文章を作り出したってことだろう。
最初から疑うべきは、精査するべきは、私のこの言葉だろう。

タイムマシンで見てきたわけでもないのに、人の正不正が分かるものか。
浄玻璃の鏡も無いのに、行為の功罪が分かるものか。
テレパシストでもないのに、心の善悪が分かるものか。
科学的証明など絶対の証拠になるものか。
それはただただ確率を傾けるだけのものだ。
そこに気付く事こそが真に「科学的な態度」というものだ。


大人の私はどう言われたっていい。
チヤホヤされるために文章を書いてるわけじゃない(あっコピペ)。
ただせめて学校教育の現場では、子供たちが
「コピペだけどきちんとこなしてきました!」
「少ししか出来なかったけどちゃんと自分で考えました!」
と正直に元気良く答え、評価される雰囲気を築き上げてほしい。
それはこんな社会問題を未然に防ぐ確かな土台になることだろう。



最後に不思議な縁を一つ。こんな記事を書くのだから、
粘着のようで申し訳ないと思いつつ、なるべく誤解や名誉棄損が
無いようにと小保方晴子さんのプロフィールを確認したところ。

6月29日生まれ

誕生日一緒でしたw

コメント

ノブ
No.4 (2014/03/19 11:21)
数十年前のことですが,私の行った大学の専門教科の試験で,試験問題が与えられた後、君たち実験室に戻って書いていいよ、時間になったら出すようにと言われたことを思い出します。
十数人しかいなかったこともありますが、誰も他の人のものを見なかったし、見せてとも言いませんでした。よい大学に行ったと思っています。
ヤマアラシ (著者)
No.5 (2014/03/19 11:45)
>>4
コメントありがとうございます。

んー…んん!?
それは捉えようによっては監督不行き届きのような…
毎年そうやってるうちに誰かが不正しだして
以降の後輩に受け継がれちゃうような…
もちろん相談し合うような事が試験官の想定内
って事もあるかもしれないですけどね。

まあ私は高卒だからわかりませんけどね!
どーせ低学歴の考えることなんて全部的外れですけどね!(拗)w

その時のメンバーが誠実だったことは
確かなので、とても羨ましいですね。
ノブ
No.6 (2014/03/19 14:03)
監督不行き届きですか。
そういうことを考えたことはなかったです。
各人はそれなりにプライドがあったし、そこまで信用されているのに話し合おうとしたら
逆に同級生内でバカにされるのでやらなかったということもあるでしょう。
今の学生では同じではないかもしれませんが。
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