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春日大夜の「って話。」

【回顧録】平成ライダーが始まった当時の空気感の話。

2019/09/20 14:18 投稿

コメント:12

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  • 平成ライダー

クウガの時に「こっから20年続くよ」って言われたら

間違いなく「ねーよwwwww」って返してたわ。







どうも、クウガ放映時は中学生だったおっさんです。今年34歳になります。
うん、人生の半分以上の年数をライダーファンとして過ごすことになるとは全く思ってなかったですハイ。

さて、今回筆を執った理由は「ライダーに入ったのが割と最近なんだけど、昔からこんなにどっしり安定のコンテンツだったの??」という話が持ち上がったためです。
考えてみれば、わしの周りには「電王から入った」とか「Wから」「オーズから」って人が意外と多いんですよね。そういう人たちには昔の空気はそりゃわかんないよねってことで、今日は「ライダーの始まった頃はこんな空気だったんだよ」という話をしようと思います。

なお、完全に私見かつ思い出補正コミコミの話が繰り広げられますので、客観性には著しく欠ける読み物であることはご了承ください。

○ クウガ放映前


あの頃の空気を一言であらわすと「リバイバルブーム」、とでも言えばいいんでしょうかね。
血を絶やさずに放映が続けられたスーパー戦隊シリーズは別として、テレビシリーズで久々に登場したウルトラマンであるティガ~ガイアが人気を博し、メタルヒーローシリーズ枠では「燃えろ!!ロボコン」という当時の親世代が懐かしむほど原典の古い番組をやっていました。
90年代中盤にかけて、「子どもたちに向けた新しいヒーローブランドを生み出そう」という取り組みは様々にあったように思うのですが、その中で革新的な成功を収められるブランドが立ち上がらず、業界としては苦戦の連続だったのではないかなーと思います。

仮面ライダークウガは、まさにそうした流れの中で「長年途絶していた仮面ライダーブランドを、現在の感覚で再構成してみよう」という試みによって生まれた作品だったわけです。
もちろん「子世代へは真新しさで訴え、親世代へはネームバリューによる懐かしさで迫ろう」という思惑が多かれ少なかれあったでしょうし、最初は「ロングシリーズとして今後の主軸に据えよう」というつもりもなかったようです。
また、子ども向け特撮番組というのは「おもちゃや関連商品を売るための番組」でありますから、様々なアイテムに転化しやすいライダーはまさにうってつけだった…という見方も今ならできますね。

○ クウガ放映


幼少期にBLACK RXを見ていた私には「仮面ライダーってこういうものよね」という漠然としたイメージはあったのですが、画面に映っていたのはそれとは全く違うリアル路線のドラマでした。あの衝撃は本当にやばかった。当時仲良しだった社会科の先生(オタク)と盛り上がったものです。
関連したおもちゃも変身ベルト・武器・ソフビ人形に関連書籍とバンバン売れていたようで、出演者の写真集(一条さん役の葛山さんのやつ)とかも本屋でがっつり目立つところにコーナーができていましたね。とにかくここ近年の特撮番組の中では類を見ない売れ行きだった、という印象が非常に強いです。
放映内容も敵サイドの不気味で謎めいた雰囲気、残虐な殺し方などに起因する怪奇性が強く、それに対抗して警察(!)と主人公が緊密な連携をする、という「現実世界との地続き感」が非常に強く、現役の厨二病にも大満足な仕上がりでした。

後年知ったところでは、このおもちゃの販売戦略と制作現場との意思疎通がうまくいってなかったために少し問題があったそうですが、特にそういう事情を知らないリアタイ視聴者の当時の感想としては「ああ、この時のこれはそういう事情があったのね」ですかね。某総集編とか、某CMとか。

○ アギト放映


ところが、その次のアギトでいきなりその空気がおかしくなります。

仮面ライダーの名前を引き継いだ&第一話でクウガの続き物のような空気を出していたのに結局最終回までクウガ要素が出ない、というがっかり感が半端ないことがまず挙げられます。その上「敵キャラが日本語をしゃべる神的存在となってしまったことによる『敵サイドのまとう怪奇性』『現実との地続き感』の消滅」、「人間側が一致団結して悪に立ち向かう感(シンゴジのようなアレ)の強いクウガと比べ、人間側の小競り合いや足の引っ張りあい・誤解や独善による軋轢で遅々として進まないアギトのドラマ」により、物語への期待感と感情移入度がだだ下がりに。ライダーが複数登場しどれもが洗練されたデザインと機能を持たされている満足感とは裏腹に、推しの候補が増やされた/強敵のアイコンがぼやけた/内容に真新しさのない玩具のラインナップ、などによる商業的な失敗も(クウガと比較して、ではありますが)少なからずあった印象が強いですね。

そしてアギトで「ライダーは複数出してもいい」「おもちゃ化したときにその世界に没入できる要素がほしい」「イケメンはお母さんにウケる」という課題が見えてきたことにより、龍騎ではさらにそれが推し進められることになります。

○ 龍騎放映


アギトの反省を生かして、「前2作とは世界線が違うことを明確化」「『人間v.s.人外』の構図に加え、『人間v.s.人間』の構図も設定面から明確化」「ライダーは一気に13人+α&相棒となるモンスターを出して商業アイコンも確保」などの要素が取り入れられましたが、何と言っても一番大きかったのは「しゃべる変身ツールの導入」でしょう。正直これが一番「革新的だ!」と思えたことであり、実際周辺の小さなお友達には非常にウケていたのです。
世界観の地続きを明確にぶった切ったことによって「仮面ライダーと名前がついても、過去作のしがらみに囚われることなくその年その年で違う世界をつくる」というステップに入ったのは龍騎です。そして、それは同時にライダーと名前のつく番組はいつでも幕引きできる態勢に入ったなという印象がありました。
ただ、龍騎の販売戦略は非常に当たっていた印象も強くあります。恒例のおもちゃ販売に加え、「最終回の先行公開」と銘打った夏映画やテレゴングと連携して結末を変えるTVSPなど、後のシリーズでの作品展開の礎になった試みが数多く行われています。あと、いわゆるループ世界ものなので、if展開の二次創作もかなり多かったなぁという思い出があります。

○ 555~剣放映


この時期の私は大学受験~大学入学・結果的にムダだった脱ヲタ活動()・他の趣味の発掘などのリアルゴタゴタが多い時期だったこともあり、ライダーシリーズとは多少距離をおいていたのでそこまで深く語れないのが残念です。(レンタルビデオ屋でシリーズの一気観とかをしてた)
龍騎から続いた555や剣が、龍騎と同じく「世界観の続かない『仮面ライダー』の名前だけを冠した別番組」という流れが継続していたこともあり、クウガでがっつり魅せられた&大二病真っ只中だった私ではあまりライダーへ興味がわかなかった時代…という分析もできます。ぶっちゃけ、「ライダーである必然性ってあるの?名前を冠して設定にライダールールを噛ませればそれでいいの?いっそもうライダーって名前つけるのやめればいいのに」くらいには斜に構えて見てた時期さえありましたね。

ちなみにこの時期はリブート・リバイバルブームの最盛期で、特撮界隈に限らずアニメ界隈や邦画界にまでもその空気は蔓延しており、「かつての人気番組のリメイク・リブートによってネームバリューを活かしてなんとか延命を図ろう」という作品が雨後の筍のように乱立していた時代でもあります。デビルマンとかキャシャーンとか、キューティーハニーとかハットリくんとかがどんどん実写化されていたあたりですね。暗黒期ですハイ

○ 響鬼~電王放映


そんなクウガからのめり込んだファンを悩ませるマンネリ感を打破したのが、仮面ライダー響鬼でした。大学の先輩が「ええぞ!!」と激推ししてきたのをきっかけに観たのですが、「今を変えよう、仮面ライダーはもっとやれるはず」という意気をビンビンに感じましたね。玩具売上は微妙だったぽいですけど
続くカブトもスタイリッシュさやシリアスなギャグをくっきりと打出す娯楽作として非常に楽しめるものであり、「そうそう、クウガは無理でもこれぐらいやってくれるんならいいよ」と納得できる感が十分にありました。玩具売上はやっぱり落ち込んだ上にTVゲームシリーズがここを境に一旦途絶しましたけど
総じてカブトまでの作品と関連商戦の流れは「これまでの定番商品を継承した子ども向け玩具を売るための番組」を脱却できないままであり、訴えかける力の弱さとその範囲を拡げられないまま、電王の放映を迎えます。

だが、奴は…弾けた――。

電王は単騎でこの閉塞した商戦からの活路を拓いてしまったバケモノ番組でした。肝心のベルトや関連ガジェットの売上こそ目立って伸びてはいませんが、とにかく電王時代のライダー関連グッズの盛り上がりはヤバかった。アニメイトやメロブでアクキーなどの小物が目立って台東し始め、キャラソンのコンプリートアルバムが(まだ人気の判断基準足り得た頃の)オリコンランキングで最高6位(100位以内ランクイン連続26週!)、円盤が店頭販売で売り切れるのみならず出演者登壇のイベントDVDもスマッシュヒット、と仮面ライダー関連商品の販売路線を完全に塗り替えてしまったのです。
ぶっちゃけ、この時の金の動きとファン層開拓が「平成仮面ライダーシリーズの立場を盤石にさせた」のは間違いありません。逆に電王がコケていたら…いや、そもそも従来路線の継承しかできなければ、平成ライダーはディケイドに至る前に終わっていた可能性だってあったかもしれません。いや、マジでね。
それくらい「ライダーブランドのまとうオワコン感」がこの頃には確かにあったんですよ。


○ キバ~ディケイド放映


電王で弾けたライダー人気をつなぎとめるために放たれたキバでしたが、しかしやはりクウガと同じ轍を踏んでしまいます。電王から入ったファンが求めるものは電王でしかなく、今でいうところのロスに苦しむ電王ファンのキバに対する反応は非常に冷たいものであると言わざるを得ませんでした。
しかしここで東映ファインプレー、なんとキバ放映中に2本も電王主役の映画をリリースするという斜め上の対応でファンをつなぎとめることに成功。この機を逃してなるものかという執念すら感じますが、これまでの基準からすると映画興収がとんでもないことになったらしく、ここで勝ち取った予算枠が以後の春映画・冬映画の枠へとシフトしていくことになります。(ここまでは放映中ライダーの夏映画しかなかったんですよ!!!)
すっかり電王に食われてしまった感のあるキバではありますが、妖怪ボタンむしりやお父やんなどの活躍もあり、従来ファンからは概ね好意的に受け入れられる仕上がりとなりました。

そして続くディケイドで、新たなる大口の商戦販路が拡がります。

10年記念作品であるディケイドがなし得た功績はものすごく大きいのですが、大きすぎて詳細書き連ねると私が死ぬのでここではざっと箇条書きで述べさせていただきます。
  • 1年毎に使い捨てられていた過去ライダーへのフィーチャー → それによるコンテンツの再編と過去IPへの商品価値の付与
  • 「オールライダーもの」という映画作品シリーズの開拓
  • 電王からのファンをつなぎとめるトドメ施策として「本編中に電王の登場」と「電王映画へのディケイドの出演」をダブルで成し遂げ、テレビシリーズへのファン誘導に成功
  • 現在もつづくドル箱コンテンツ「ガンバライドシリーズ(データカードダス)」の創設
  • 上記要素に伴うプレミアムバンダイの開拓
主要な功績を挙げるだけでもこの有様なのに、これが約半年で成されたというのが凄まじい。この頃のライダー市場は完全にカブト以前をぶっちぎる勢いを得ており、これまでの停滞感・閉塞感がウソのような広がりを見せる黄金期でした。

続くWでは「ファン層の開拓」と「玩具の売り方」にさらなる展開が加わり、オーズでそれが確立するのですが…それはまた別のお話ということにしておきましょうか。



んー、久々にこういう話書くと楽しいね。

コメント

ルンドストレーム
No.10 (2019/09/22 21:50)
当時小学生だった自分からしたらクウガ放映時
「は?今更ライダーとか何なの?」って感じでしたねぇ… 昭和ライダーのノリと言うか
あの子供騙し感(今では逆にそれが良いと感じる)が嫌いで疎遠しようとしてたんですが
子供からすると遊びに行ける10時頃までが暇でしょうが無くて、仕方なく見てたんですよね…
が、実際見てみたら「何コレ、ドラマ?」と普通に見れたのが印象的でした。

但しあの当時エヴァの影響で流行っていたリアル(と言うか意味不明な精神論を混ぜたがる)路線のせいで
「何を言っているのかはさっぱり分からない」と言うのも有りましたが…
r1
No.11 (2019/09/22 23:35)
たぶんロボコン放映当事に仮面ライダーの企画は始まってたと思うが
その最中に石ノ森先生がお亡くなりになった事で製作の感情が高ぶってたのだと思う
gungun
No.12 (2019/09/23 20:57)
投稿主さんと同世代で、私が当時感じていた雰囲気も大体同じだったなー、という認識です。
私個人は、色々と革新的な要素を詰め込んだ龍騎がドラマとして普通に面白かったから、後のシリーズも拒否感を抱かずに
受け入れられた気がしています。

あと、ディケイドについては戦隊・プリキュアと放映切替え時期をずらせたのも大きな功績かな、と。
玩具の投入タイミングが食い合わない、一気に3作品が終わらないのでニチアサ離れを起こしにくい、夏映画が作品終盤なので完結編的なエピソードや究極フォームを作りやすい、クリスマスが辛気臭くならない等、意外とシリーズ存続に必要な要素だった印象です(個人的な意見ですが)。
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