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映画「プラダを着た悪魔」(2006年) 働く人生に絶望している大人向けの処方箋

2015/05/16 15:00 投稿

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AIR です。

今回のお題は、2006年公開、アメリカ映画の「プラダを着た悪魔」です。前知識
を持たずに見ました。視聴者に勉強を求めず本編のみで楽しめる構成が良いです。
ストーリーは爽快なサクセスものではありませんが不自然さはなく、まとまって
います。一流のファッション雑誌の編集長のアシスタントの求人を見て就職した
女の子が厳しい上司との仕事を通して自分の人生を決めていくといった内容です。


この映画はキャラがよくできています。世界観もよくできています。この映画を
見たことで、私は自分の仕事観が変わりました。私の勘違いもあったかも知れま
せん。会社の上司は理不尽を言います。それは映画も同じです。でも、本作には
悪人が登場しません。同僚は、新人が早く独り立ちできるようになってほしくて
無茶ぶりな仕事を投げてきます。編集長は、有能な部下を集めたいため、使い物
になるものかわからない何者でもない人を雇用します。頼りになる先輩は嫌なら
辞めていいと言います。周囲の人々は冷酷な人間に見えます。そのため主人公も
彼氏に愚痴を言ってばかりです。しかし、違うのです。会社に勤めるというのは、
その会社の色に染まるということです。ダサイ女。よりにもよってファッション
で一流の雑誌を作っていて世界を牽引している編集長のアシスタントをやるには
不適格な女。しかし主人公は元々は有能です。やればできる子なのです。それは
視聴者が共感をしやすいように、感情移入の器として設計がされているからです。

勤めはじめたばかりは出社がつらいものです。仕事もわからないし、同僚だって
どのような人物かわかりません。だけど、がんばるしかありません。本編中でも
話していますが「家賃を払うための仕事」をしなくては生活ができないからです。
この作品は映画だから、作り物だから、悪人がいないのかも知れません。しかし
翻って自分自身の環境を見直してみると、本当に会社って、意地悪な人ばかりが
集まっているのか? 社長はいじめるために私を雇ったわけではないし苦しめる
ために仕事を増量してくるのではないです。会社には様々な仕事があり、会社が
達成する目標のために様々な人が集まって、能力を出し合って成果を出していく
組織なのです。そこには理不尽な命令もあります。無茶ぶりもあります。しかし、
悪意により行われているのではないのです。映画を見ながら、そのように考えて
みたことで、私は周囲の人間を誤解していたことがわかりました。ブラック企業
という言葉が日本にはあります。労働法に違反しているのでしたら、その部分は
賃金の未払いや体罰は違法企業として問題視されるべきものです。しかしながら
企業というのは概して成果を出すための組織です。成果が出るからこそ労働者に
利益が分配されるのです。本編で頼りになる先輩に相談に行ったら、辞めたら?
と言われてしまいますが、辞める辞めないは本人の選択です。相談されたほうが
困ってしまいます。台詞にあるように慰めてほしいの?としか言えないわけです。

この映画で主人公のアンドレア・サックスが、「ランウェイ」の雑誌を作る人の
下で働いた期間は短いです。最終的には編集長のミランダが自分の人生の未来に
見えてしまったために仕事を無責任にも放棄して退職をします。タクシーという
密室空間で人生の選択と決断の意味を深く考える機会があったからこそ、噴水に
携帯電話を投げ捨てるという行動ができました。そうでなければミランダと同じ、
生活が崩壊した仕事人間になってしまったからです。当然ながら、仕事を選べば
生活が犠牲になります。凡庸な脚本家でしたら、彼女のしんどい時期を影ながら
支える役目を彼氏に与えます。この映画では、彼氏は去るのみです。仕事と生活
が両立するなんてご都合主義でしたら、私はこの映画を途中で退席していました。
朝早くから夜遅くまで仕事をしていれば、自分のキャリアは育っても、恋人との
関係を維持できるはずがありません。こうした細かな現実的な配慮が、この映画
のストーリーの強度を支えています。まるでファッションに興味がなかった女が
会社の色に染まっていく過程でファッション人間になっていくのは、彼氏からは
不気味でしたでしょう。友達だって軽蔑して去りました。これが人間というもの
の正常な反応です。最終的には自分の人生の決断を自分で行ってジャーナリスト
という本来のやりたかった仕事に就きます。悪魔のような理不尽な仕事を命ずる
ミランダの下で働いたことがキャリアとして評価されたからです。もしも無名の
大卒者のままでしたら、採用されてはいなかったでしょう。だから偶然にも道で
見かけたミランダに主人公は笑顔を向けることができました。ミランダは成功者
ではありましたし、日々が選択と決断の連続でしたが、生活の面ではその能力を
発揮できませんでした。主人公は失敗事例を間近で見たことで自分の人生を前に
進めることができました。それが同じ人種でありながら、二人を違えた部分です。


この作品はP.A.WORKSのTVアニメ「花咲くいろは」「SHIROBAKO」といった
「働く女の子シリーズ」というジャンルになるのでしょう。前者は旅館で後者は
アニメ業界で本作は出版社が舞台です。この映画は、タイトルだけで鬼畜の如き
上司がいるのかなと恐れた私の予想を良い意味で裏切ってくれました。ミランダ
の性格や言葉遣いがきついのはキャラの設定だからです。脚本家はきちんと人間
を描いています。だから悪人に見えません。どこか間違いでも?と序盤の主人公
に質問したいくらいです。念のためタイトルの意味に触れておきます。プラダは
仕事人間における仕事のメタファーです。仕事に没頭していると身辺から悪魔に
見えるという意味です。ミランダは最初から最後まで悪魔でした。アンディーは
迷走中が悪魔に見られていました。自分のことは自分以上に、周囲の人が正確に
見抜いているのです。この映画を通して私自身の立場を見直す作業を行った結果、
理不尽な仕事量は人件費削減による超過労働が原因だったことがはっきりします。
上司は悪人ではなかったのです。さぼっている人はさぼるという性格なだけです。
映画「プラダを着た悪魔」は大人向けに作られていますが入社数ヶ月目といった
新米社会人でも感じるものはあるでしょう。「人生の選択と決断」というテーマ
もわかりやすく画面から「元気」をわけてもらえます。おすすめできる一作です。


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