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検察に思う事

2014/11/12 22:52 投稿

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検察という組織は、言わずと知れた日本における最高の権力を持つ捜査機関である。
国民もつい最近まで、この検察の権力行使について疑う者などほとんどいなかったであろう。
検察における戦後最大の捕り物帳であった、【ロッキード事件】疑惑の元首相を逮捕するという行為に国民は拍手喝采した。正義の味方ここにありといったマスコミ論調だったようだ。

その後の【リクルート事件】においても検察は注目された。特に特捜部というのは東京元3地検に特別に設置された部署であり、選りすぐりの辣腕検事が配属される事で有名である。
ここは、自分で事件を選んで捜査を行う事を許された部署である。
かつて検事総長であった伊藤栄樹は[巨悪は眠らせない]と意気込んだ!

その検察の組織が揺れている、その大きなきっかけは厚労省の女性の局長(現厚労事務次官)を郵便不正に関わる、公文書作成・同行使の罪で逮捕・起訴した事件!
容疑者は容疑を全面的に否定したにも拘らず起訴し400日以上も拘束した挙句、検事による証拠改ざんというあり得ない犯罪行為が発覚した事件だ。

かつて、現在も変わらなないが起訴されればほぼ100%近くが有罪になる日本の裁判は世界的に見て異常であるそうだ。
国民の感覚でも検察だろうと、警察だろうと逮捕された時点で容疑者を犯罪者という目で見る。
しかし考えてみれば、逮捕というのは疑わしいとういうだけで何も犯罪者と決まったわけじゃないし、仮に起訴された場合でも無罪判決が下る可能性もあるわけで、これも罪人視はおかしいのだ!

検察は言わば独裁的な権力を持っている、それは起訴権と言われる権力で、容疑者を裁判にかけるかかけないか決定する権力です。これは警察は持って非ず警察から送検された容疑者でも検察が起訴しないと決定すれば、いくら警察が疑わしいと主張しても釈放しなければならないのです。

その検察の権力行使に国民の視線が集まる事は良い事です。検察はいくら強権を持つといっても国民の支持を失えばもたない機関なのです。
かつて金丸信自民党副総裁という当時の自民党最高実力者の脱税事件で、罰金刑という判断を下した検察が国民の批判を浴びたが、これは国民が検察を疑うきっかけになった事件でしょう。

政治権力であろうと、検察の権力であろうと強権を握る者は、その権力の前に謙虚になるべきで、権力を握る者がその権力を行使する事が当然といった感覚に陥った時 その権力に麻痺しているのです。

著名な歴史学者 J・E アクトンに「権力は腐敗する 絶対的権力は絶対的に腐敗する」という言葉があります。

そういう意味で長く正義の味方を気どって来た検察が、己らが握る強力な権力について国民の批判という外的要因によってでも気が付いた事は良い事です。

検察という組織は国家にとって必ず必要な機関です、その権力を行使する検察官がその権力の前に謙虚にかつ正義を実現するために誠実にその権力を行使するならば、必ずや日本の治安は安定していくでしょう。

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