平安京エイリアンの『うち弁慶な勧進帳』

PC-8801mkⅡSRに憧れていたあの頃              (FRでも可)

2013/07/27 22:00 投稿

  • タグ:
  • パソコン
  • ナムコとコナミ
  • MSX
  • PC-8801≠ML-8000


    
    小学生の頃、何人かの友達のうちにあったんですよね、このパソコン。
    今でこそパソコンは履歴書の特技の欄に堂々と書くことができる立派なスキルですが
    当時はそのようなところに書くことは適わずに、良くて趣味の欄に
    されど大概は変な目で見られること必至であえて公表する理由はなかった。

    だから仕事上で必要な場合、いやむしろ必要とかこつけて
    PC好きの父親が好きで購入するってケース以外に
    家庭用にそんな本格的なパソコンを所有している家なんてほぼ皆無な時代。
    
    ま、たいがいそんな家のお父さんの肩書き個人事業主とか
    はたまた社長とか呼ばれていたりする人生の勝ち組勢。
    なるほど嗜好品であったパソコンが起動していてもおかしくない環境。

    そういった友達の家は基本みんなの遊び場になるのが当然の宿命。
    毎日のように入りびたっては迷惑をかけていましたね。
    任天堂のゲーム&ウォッチやその他の各種LSI電子ゲームが出尽くした感のある中
    ゲームセンターのそれと見紛うようなパソコンゲームにみんな夢中だった。

    そんな友だちの大きな家の大きな部屋に
    パソコン専用のデスクに綺麗に収納されたPC-8801の御尊体。
    今も鮮明に記憶に残っていますね。

    一番上の棚みたいなところにはプリンター
    モニターは今の薄っぺらい液晶とはちがい安産型ブラウン管タイプ。
    フロッピーディスク用の細い口が2つ並んだ本体からは
    昔の電話機に見られたようなぐるぐる巻のコードに繋がれたキーボード

    で、ゲームとかは右端のテンキーで操作するんですよね。
    8がで6がって感じで。
    今よりもずっと長くいスペースキーはショットボタンとかに割り当てられてた。
    
    使いにくいテンキー操作に悪戦苦闘しながら
    当時大人気だったテグザーといったアクションゲームや
    ザナドゥとかのRPGに心躍らせていましたね。

    そんなものをみせつけられるとこちらも重度の電脳キッズ
    当然そういったパソコンが欲しくなるのは当然の欲求
    ダメ元で父親にねだってみると、まさかの返答が。

    僕の父親は社長ではありませんが某ガソリンスタンドの雇われ”所”長をやってまして
    収入面では全くの期待はできないレベルでしたが
    職業がら顔が広かったのか、知り合いの一人がパソコンを安く売ってくれる、と。

    その日からはワクワクもんですよ、もう。
    あのファミ通がもともとは記事の1コーナーだったPC雑誌Loginを読んだり
    京都ではKBSで放送していた、いまよりも髪型にかなりバリエーションがあった
    あの小倉智昭さん司会の番組、パソコンサンデーを見たりと

    来るべきその日を待ち焦がれていました。

    そして、我が家にパソコンがついにやってきました。
    箱を開けてびっくり・・・
    それよりも箱の小ささににびっくりしたんですが
    目のに現れたパソコンは夢に夢見たあのPC-8801なんかではなく


    三菱のMSXパソコン、ML-8000でした。
    惜しいっ。8,000番台はあっていたけど、なんか違う…。
    いや、ぜんぜん違うわっ!!

    アレですよ、きちんとリクエストはしたんですよ。
    今はもう見る影もなくなったけど
    東京の秋葉原、大阪の日本橋と並ぶとまでは言えませんが
    京都にも寺町という電気街があります。いや、ありましたかな、もう・・・。

    そこで子供の頃毎日のように足を運んでいたのがJ&Pというパソコンショップ
    いまでは平屋のBTO系のパソコン屋がいくつか並ぶほどになった所に
    かつてパソコンとその関連商品だけで4階建てぐらいのビルを構えていた
    電脳少年にとってはまさにパラダイスでしたね。

    壁際に綺麗に陳列された各種ゲームや居並ぶパソコンから流れるデモ画面
    フロア中に鳴り響くあのピコピコ音を眼福耳福にしていれば
    朝から晩までそこにいても飽きることがないくらい。
 
    で、そこにてPC-8801シリーズのチラシカタログをかき集め
    きっちりと情報は伝えていたにもかかわらず
    やってきたのは何故だかML-8000…

    その辺りをやんわりと父に問いただすと
    くだんの知り合いって方はホントにパソコンに詳しくて
    かつ優しく聡い人物のようで

    諸々の情報を精査した結論は
    「小学生にはこのPC-8801はまだ早すぎる。」って判断になったそうで
    その結果、いろんなゲームもできるパソコンってのが売りの
    初心者向けMSXが選ばれて送られてきたらしい、とのこと。

    ま、ぐぅの音も出ない正論とはこのことですね。
    PCにくわしい人からすれば小学生がほしがるようなレベルじゃなかったんでしょうね
    ただこの話、いまとなってはぐぬぬぬぬな感じですが
    その当時はそれほど大きなダメージは受けてなっかたと思いますね。

    当時は単純な子供。MSXでも遊べるゲームにすぐ夢中になりましたね。
    それこそかの楽園で見るだけだったゲームソフトを購入しまくり
    遊び倒した記憶が蘇りますね。

    なんといってもナムコのゲーム。
    ほぼ全国的にゲームセンターに子供が入れなくなって久しい暗黒時代
    にも関わらず、あんなゲームやこんなゲームが自宅でできる。
  
    とりわけパックマンディグダグはアホほどやりこんだなー。
    パックマンはもうボーナスフルーツがしか出なくなり
    ディグダグは鬼畜のようにプ~カファイガが迫ってくるところまで常に行けてた。
    ジョイスティックをもつ右手が腱鞘炎になるくらいに。

    その後にMSXユーザーにとっては憎っくき白い悪魔
    あのファミリーコンピューターに侵攻され席巻され
    ナムコはMSXの遊びをあんまりクリエイトしてくれなくなった…。

    前述のパックマンギャラクシアンギャラガと言ったゲームなら
    キャラクターがMSX特有の一色ドット絵でも違和感というか
    ファミコン版に対しての敗北感はそう感じら得ないが
    ディグダグマッピーをみたらもう・・・。

    そんな中唯一MSX自治区民ファミコン帝国主義者に対し溜飲が下げらてたのは
    ラリーXというゲームの存在。
    迷路の中、敵車の体当たりを避けつつあちこちに点在する黄色い旗を倒してゆく。
    後のゼビウスとかにみられる隠しキャラ、スペシャルフラッグの初出ゲーム。

    BGMがどれも神がかって特徴的なこの時代のナムコゲームにおいて
    自分の中ではマッピーメトロクロスと共に御三家の一角を占める名サウンド。
    ポップなマッピー、JAZZなメトロクロス、ウーハーな重低音のラリーX。
    ここらは現在も作業にならない作業用BGMですね。

    で、その名曲・名作ラリーXは人気ゲームにも関わらず
    技術的な問題でファミコンに移植されなかった。
    少年ジャンプのキャッチコピーじゃないけれど
    「ラリーXができるのはMSXパソコンだけ」が唯一の救いでした。

    そんな薄情なナムコとは当然疎遠になったMSXユーザーが次に出会うのは
    どのメーカーよりもMSXを知り愛してくれたかもしれない
    そうコナミのゲームたちです。
    
    無論コナミもファミコンに方面に力を入れていたけど
    MSXに力を抜いていた訳ではなく
    むしろファミコンに負けないゲームを開発していたイメージがある。
    今も続くメタルギアシリーズも初出はこのMSXですからね。(厳密に言うとMSX2

    確か最初に買ったコナミのMSXゲームはタイムパイロット
    ファミコンに移植されたゼビウスに負けないようなスカイジャガー
    上から見下ろす視点が斬新なレースゲーム・ロードファイター
    この頃はコナミのオレンジの箱でいっぱいでしたね。

    他にも自分の格ゲーの原点であり限界であったイー・アル・カンフー
    やたらとペンギン系のゲームが多かった中の夢大陸アドべンチャー
    攻略本もグーグル先生もなかったせいか詰んでしまったガリウスの迷宮
    ジャンルの別け隔てなく良ゲームを発売していましたね。今覚えば…。  
         
    ま、ここまではいわゆるROMカセット
    穴に差し込んでスイッチを入れれば即プレイが始められるお手軽ゲーム。
    しかしこの時代のゲームはなんとカセットテープに入ったものが存在してました。
    パソコンにつないで再生ボタンを押すと

    ピーーーーーーーー、ガガガガガガガガガガガ・・・・・・
    ピーーーーーーーー、ガガガガガガガガガガガ・・・・・・・・・・

    と、一見(聴)すると雑音にしか聞こえないものの中に夢と遊びが詰まっていたという

    ただ、読み取り時間がやたらと長かった。
    自分は経験はないが、ゲームのプレイ時間よりも長いロードのゲームもあったとか。
    これは「あんたのさじ加減ちゃうの?」ってツッコミを入れたくなるけど
    それほど長いって例えとしては納得はできなくもない。それほど長かった。

    だから最近のPS3とかでディスク読み込みが長くてイラつくとかコメ見ると
    「どんだけ気が短いねん」って思いますよね。
    せっかち教育を受けたせっかち世代なのか?
    何をそんなに生き急ぐのか? ですね…。

    そんなカセットテープのゲームで思い出すのはハイドライド
    アクションRPGの元祖とも言える伝説の作品。
    当時のゲーム好きでこのゲームを未プレイの人って果たしているのかな?
    この後でたがやれなかったのが今となっては心残りでしかたがない。

    でもMSXでプレイしたRPGはこれとさっきのガリウスくらい。
    決してRPGが嫌いだったわけではなくて
    MSX自体のゲーム不足と自分のパソコンのスペック不足から
    自分も世間もタイムラグがありながらもMSXの時代は終わって行きました…。

    一時期はお金をためて何故かシャープ製のX-1turboを買おうと画策しましたが
    何十万とするような高級パソコンに手が届くわけもなく
    中学に入る頃には同じシャープ製のツインファミコンをちゃっかり購入し
    立憲君主制となった任天堂ファミコン共和国の市民権を得ました。

    その後はどんどんパソコンとは疎遠になり
    ウィンドウズ’95が発売された時も、窓をあけることもなくどこ吹く風…。
    迎えたミレニアム。どうなるどうする2000年問題も、な~んの心配もない。

    結局小学生の時にパソコンにあんなに憧れていたはずの少年は
    小学生の子供がいてもおかしくない年令になるまでパソコンに触れずじまい。
    ようやく引越しを機会にさすがにそろそろパソコンのいろはくらいは覚えなければと
    憧れよりも義務感的なもので再びパソコンにアプローチをかけた。
 
    そんなかつての少年、いまではおっさんが
    インターネット時代のパソコンに触れたセカンドインパクトの顛末を
    次回にちょっとばかし・・・。





  
  ~Who in?~

                      ーーー儀之伍拾肆ーーー


  ペン/ぺん

    剣より強いらしい。
   最近はペン先から根本までぐにゃぐにゃにひん曲がり
   まともな文章を書くことも容易ではない。
   これを自慢気に掲げる者はたいてい言論の自由という盾と
   表現の自由という鎧で完全武装している。



 
   今日の断末魔

    「ふう、ようやく態勢がたち直せたか。」

  
                 ーーーーーーーーーーーーー・・・


    
        

    

コメント

コメントはまだありません
コメントを書き込むにはログインしてください。

いまブロマガで人気の記事