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【WoTで】これは戦車ですか?いいえ、戦車です!【iM@S】での小隊構成車両を解説してみた

2014/07/06 19:50 投稿

コメント:1

  • タグ:
  • WoT
  • 戦車
  • ケントゥリオP
皆さんこんにちは61式でございます。
ニコニコ動画では様々なニコマスPがご活躍されていますがその中でも昔からご活躍されている方にケントゥリオPさんがおられます。
こちらの動画 【WoTで】これは戦車ですか?いいえ、戦車です!【iM@S】

で戦車(Chariot)の豊富な知識を持っておられるケントゥリオPさんですが戦車(tank)に関しては詳しくないというのをお聞きし、微力ではありますが小隊で組んだ際に乗っていた戦車について史実ではどのように扱われたのかを解説しようと思ったのがこのブロガマですw動画にしたかったのですがブロガマになったのは許してね♪

…茶番はおいてとっとと戦車をを解説しましょう

1号車 ケントゥリオP搭乗車 チェコスロバキア製 「T-15軽戦車」独課金tier3LT

本車はドイツ併合下の1942年チェコスロバキアのジュコダ社がドイツ軍向けに開発した
偵察用軽戦車です。当時ドイツ軍ではⅡ号軽戦車の偵察仕様車の開発が行われており、
その対抗馬として開発されました。本車の特徴は不整地走破性を高めるため大型の転輪が採用されている点で、245hpの出力を誇るジュコダ社製の8気筒V型ガソリンエンジンと合わさって最高速力は60km/hを予定していました。本車はテスト前の1942年3月には量産指示が出されるなどかなり評価されていました。しかし、試作1号車を用いてドイツのMAN社が開発したVK13.03(Ⅱ号軽戦車L型「ルクス」)とチェコのCKD社が開発した38(t)n.a.軽戦車との比較テストが行われますが、T-15は駆動系にトラブルが多発し居住性.航続距離共にVK13.03に劣るとされ採用を逃す結果となりました。

2号車 ふなさん搭乗車 ドイツ製 「Ⅲ号突撃砲G型」独tier5TD


本車は言わずと知れたドイツ軍の名車両であるⅢ号突撃砲の最終生産型であり、1942年12月から生産が開始され45年4月までに7720両も生産され従来型の突撃砲も173両がG型に改造されました。これはⅢ号突撃砲としては最多の生産数となります。G型は前任のF8型をベースとした改良型であり前線からの要望や資源節約などにより逐次改修が行われ火力(主砲の改良.同軸機銃の追加)機動力(走行装置の改良.履帯の変更)防御(シュルツェンの追加.主砲防盾の改良)が行われています。
なお、動画内で装備している主砲は7.5cm戦車砲「Pak42 L/70」(パンターの主砲の駆逐戦車搭載型)を装備していますが、史実ではIV号戦車/70(V)および(A)のみに搭載されており、

IV号戦車/70(V)(ガルパンではヘッツァーのお兄ちゃんみたいな奴と呼ばれた車両)

史実のⅢ号突撃砲は7.5cm戦車砲「PaK39 L/48」(Ⅳ号戦車の長砲身砲)を装備するに留まっています。
また、動画中のG型にはフィンランド国旗が塗装されていますが、史実においてもドイツからフィンランドに戦力としてⅢ号突撃砲が43年から44年にかけて提供され59両が配備されました。細部の変更(ドイツ製MG42からソ連製DT機関銃への変更等)が行われた後、1944年6月14日クーテルセルカの戦いを皮切りに様々な戦いに投入され1960年代まで現役装備として運用されました。
(上記のG型の画像はフィンランド軍装備車両で車体前部に描かれたハカリスティが特徴的。なお、ドイツのハーケンクロイツとは違うので注意)

3号車 腰痛P搭乗車 イギリス製 「ビショップ25ポンド自走砲」英tier5SPG

本車は北アフリカ戦線においてドイツ軍が運用する自走砲の有効性を理解した英軍が開発に着手した自走砲で、バーミンガム・キャリッジ&ワゴン社が1941年6月に開発を受け持つこととなりました。この時の要求は
①25ポンド野砲を搭載すること
②開発期間を短縮するため車体は既存戦車を流用すること
などの項目があり開発は急ピッチで行われることとなりました。
そして、車体には英国製バレンタイン歩兵戦車をベースにすることが決まり密閉式戦闘室を採用するなど改修は極力最小限度とすることによって1941年11月には生産が始まり300両という大量発注が行われました。これで英軍砲兵も喜ぶ………はずでしたが、運用部隊からは不満の声が噴出することとなりました。
その不満の多くは開発期間の短さによるしわ寄せが原因で、
①密閉式戦闘室は防御性こそ開放式の戦闘室より上でしたが車内容積が十分でなく装填や照準の作業にとって大きな負担となる(部隊では戦闘室後方のハッチを開け放って砲撃を実施した)
②搭載砲弾数が32発と少なく弾薬運搬用トレーラーを用いなければならないこと
③車体底部との干渉を防ぐため仰角を15度に制限したことにより射程が25ポンド野砲の約半分(12250m→5825m\(^o^)/)まで低下し、左右旋回角も4度と絶望的にまで使いづらいこと
④速力が歩兵戦車をベースとしたため24.14km/h遅く、牽引車と野砲との組み合わせより遅い
……所謂英国面というやつですありがとうございました(´・ω・`)
そのため生産は半分の150両(別の説では100両)で打ち切られることとなりました。
運用部隊では足りない射程を補うため


傾斜地を無理やり作って射程を強引に伸ばすという涙ぐましい努力が行われるほどでした。
その後米国からレンドリースされたM7自走砲を運用した結果多くの面でビショップを上回る性能を持つことが判明し英兵達は「プリースト」(Priest:司祭)という愛称までつけて運用するなどビショップの評価はどんどん下がっていきました。
そして、1942年7月になると多くのビショップは前線を去り訓練用として運用され1943年7月に行われたシチリア島上陸作戦を最後に実戦から退くこととなりました。

というわけで史実解説の方はここで終了となります。WoTで乗る戦車にも歴史があり各々の立場で精一杯頑張っていったということが分かって頂ければ幸いです。
では、お疲れ様でした。




続き期待してますよ
|彡サッ


コメント

自称名誉淫夢民
No.1 (2014/08/04 23:27)
なんだこの自走砲は・・・たまげたなぁ
KV-2に似てる気がする(砲塔が)
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