東方伊曽保物語

巫女を頼るパチュリー

2014/06/27 23:59 投稿

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数えきれないほど見送った黒い背中が今日もまた遠ざかり、パチュリーは紅い絨毯に力無く突っ伏した。黒い魔法使いの仕業により、手前の本棚はいよいよ空白が目立つようになってきた。パチュリーは悔しくて芋虫のようにもがいていたが、ふとした考えが脳裡をよぎり、徐に立ち上がると目の据わった表情で、傍らの小悪魔に指示を下した。小悪魔は真剣な眼差しで深々と頷き、バタバタと部屋の外へ走っていった。

「パチュリー、邪魔するぜ」
翌日、午後の気怠いひとときを打ち破ったのはまたしてもあの魔法使いだった。パチュリーは座ったまま静かに本を置き、横目で魔法使いを窺う。
「さて今日は何を借りようかなっと」
生ぬるい視線を向けるパチュリーに対し、魔法使いは気にも留めようとしない。パチュリーは机の下で裾を握りしめ、されど口の端は歪んでいた。
「このくらいにしておくか。助かったよパチュリー」
魔法使いはさも当然といった振る舞いで、両手に本を抱えたまま大部屋を出ようとした。それを見たパチュリーはすかさず、全身に込めていた魔力を解き放った。部屋中の蝋燭が音も立てず火を失い、辺りは闇に包まれた。
「何の真似だ?」
「あんたに言われる筋合いは無いわ。ねえ、魔理沙」
鶴のような声が部屋の隅々に木霊する。遥か高い天井から、七色の光球を纏う紅白の少女がゆっくりと舞い降りてきた。周囲の色褪せた本棚も七色の光を浴びて、まるで新しく生まれ変わったかのように輝く。
「おいおい、天孫降臨の儀式か?」
「ならば命じるわ。今すぐ本を返しなさい」
「やなこった」
魔法使いは手早く箒に跨った。すると空中の少女は、魔法使いへ目掛けて光球を容赦なく振り落とした。光弾が地面にぶつかる度に、まばゆい閃光とけたたましい爆音が大部屋に響く。夥(おびただ)しい埃が舞い上がるので喘息持ちのパチュリーは慌てて部屋の隅を逃げ回り、結局咳き込んだ。
「終わったわよ」
漸く咳が収まった頃には、紅白の少女がパチュリーの目の前で自慢げに腕を組んでいた。向こうを見ると、黒焦げの魔法使いが扉の前で綺麗に伸びきっている。不思議なことに、彼女の抱えていた本には傷の一つも付いていない。
「あ、あ……」
パチュリーは嬉しくて、言葉にならない呻きを上げて目を潤ませた。そして、自分でも気が付かないうちに、少女へ思いきり抱きついた。


パチュリーは紅茶を片手に、穏やかな心持ちで天井を見上げた。今日、あの魔法使いは未だ現れない。昨日の仕打ちが相当堪(こた)えたのだろう。思わず鼻歌を零したくなった。
すると、パチュリーの背後で扉の軋む音が聞こえた。振り返ると、紅白の少女がパチュリーに手を振っている。
「昨日は本当に助かったわ」
「ええ、どうも」
少女はパチュリーのいる長机へまっすぐに歩み寄り、隣の席へどかりと腰かけた。そして、無言のままパチュリーをじっと見つめる。
「……何か用かしら」
「あら? てっきりお茶が出るものだと思ったんだけど」
「ああ、それは気が利かなかったわね」
パチュリーは小悪魔を呼びつけ、そうして少女の下へ淹れたての紅茶が届けられた。少女は湯呑みを扱うような手つきでカップを持ち、ズズと音を立てて瞬く間に飲み干してしまった。

それから、紅白の少女は毎日パチュリーの部屋を訪れ、その度に紅茶を要求した。パチュリーは本が無事であることに安堵しつつも、やはりこの者どもには油断できないと思った。

  おわり


『ウマとシカ』より


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