山田太郎の日常

読む小噺 Vol03 シュウォッチ 努力が生んだ結晶!!

2014/07/02 17:59 投稿

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シューティングゲーム全盛期、シュウォッチと呼ばれる小型ゲーム機が発売された。
シュウォッチはゲームウォッチ同様
独立した小型ゲーム機であり、単体での使用が可能であった為
子供達はズボンのポケットに入れては持ち運んで遊んだものであった。




このゲーム機の形状・機能は至ってシンプルなものであった。
ファミコンのコントローラーから十字ボタンの部分を切り離して捨てたような形状の機体。
A・B ・スタートボタン・セレクトボタンの4つのボタンと
申し訳程度に付いている小さな液晶画面。
そして恐らくは紐か何かを通す為の穴が隅に開いているだけの物だった。

機能としては、10秒の間にA・Bのボタンを連打し
その数を測定するという、これまたシンプルなものであった。
無駄を省いたシンプル設計であった為
お値段も1200円(だったと思う)とリーズナブルなものであった。



当時のテレビゲームに対する風当たりは相当強い物があった。
目が悪くなるから。勉強しなくなるから。頭が悪くなるから。などなど。
これらの意見は今でも聞かれると思うが、その比は比べ物にならなかった。
私の家のように、親の目を盗んでプレイする小学生や
私の家のように、アダプタをミシンデスクの奥に隠される家も多かった。
仮にそうでない家だとしても、長時間のプレイは許されなかった。

「ゲームは1日1時間。」
尊敬するゲーム名人・高橋名人の残した名言である。
結果論なのかも知れないが
シュウォッチは、これらの子供環境にも配慮した素晴らしい物となっていた。

私達の住む右日本では、このシュウォッチに対して4種類の連打方法が起用された。



シンプルにボタンを叩くだけの連打。
これは高橋名人が、1秒間に16打もの連打を可能にした事から
同名人の代名詞としても語られる「16連打」が有名である。
人差し指と中指でリズム良く連打を刻む「ピアノ連打」。
これはA・B両方のボタンに対し、それぞれの指が1つのボタンを担当するという
画期的な連打方法である。
震えるように小刻みに連打を重なる「震え連打」。
体の震えから来る振動でボタンを打ち付ける連打方法である。
北国の連打マニアが得意とする連打方法であった。
そして最も多くの者が使用し、最もスコアの出易い「こすり連打」である。
こすり連打は人差し指~中指、或いは小指までをも巻き込んで
A・Bの両方のボタンをこするように連打する連打方法である。


当時の私のスコアは、通常の連打120程度。
ピアノ連打100程度。こすり連打200程度であった。
これはクラス全体のスコアとしては、中~中の上レベルでしかなかった。
この数値はゲーマーとして知られる私のスコアとしては、正直物足りない物があった。

ハイスコアは本体に記録される機能がある為
私は2軒隣に住む、3つ年上の凄腕ゲーマー=西尾君に頼んで
260のスコアを残してもらった。
私は260のスコアを持ち歩く事で
ゲーマーとしての地位を維持する事に成功したのであった。



クラスメイトの一人、山寺明君が280のスコアを持ち歩いている事が判明した。
山寺明君は凄腕ゲーマー兼、頭でっかちの両刀ゲーマーであった。
ファミコンは勿論であるが、彼は何とパソコンまで所有する、お坊ちゃまでもある。

当時のパソコンは40~50万位はすると言われ
一家に一台パソコンがあるだけで資産家扱いされるレベルであるのに
山寺明君は個人で所有している、正真正銘のお坊ちゃまであったのだ。

更に彼は園児の頃より毎週欠かさず、なるほど・ザ・ワールドを視聴しており
小学生にしてはあり得ない広い知識と、最先端を行く技術を取り入れていた事もあり
知性派・一人先行く男=山寺明君と名付けられた。



しかし不思議な話ではあった。
山寺明君が西尾君のスコアを大きく上回った事である。
西尾君・山寺明君、両者共に凄腕ゲーマーとして知られるが
優劣をつけた場合、必ずと言って良い程に西尾君に軍配が上がる。

山寺明君は学年レベルの凄腕ゲーマーであるのに対し
西尾君は学校レベルの(近所でも名が知られている)ゲーマーであったからである。
山寺明君にドーピング疑惑が掛けられた。



数日後。
クラスメイトの佐藤正則君と共に、山寺明君の家に乗り込んだ。
そしてシュウォッチの差し押さえに成功すると本体が幾らか傷ついている事に気付いた。
彼は観念したのか、全てを口にした。
ボールペンを使って、こすり連打をしていた事を打ち明けてくれた。

一人のゲーマーとして、凶器の使用を認める事は出来なかったが
これを明るみにすれば彼はイジメの対象になるかも知れない。
そう思い、この事件の事は3人だけの秘め事とし口外しない事を誓い合った。


私は早速家に帰ると、ボールペンを握り締めた。
そしてシュウォッチに向かって10秒もの間その先端をこすり付けた。
が、200にも届かず意外とスコアは伸びなかった。
何度やってもスコアは一向に伸びない。
瞬間、彼の言った事は全て嘘だと悟り、明日この件をクラスの議題にしようと誓った。


翌日。
学校に着くと玄関先に山寺明君が一人佇んでいた。
そして私の姿を確認すると、小走りに近寄り言い寄ってきた。
「昨日の事は絶対秘密だからね。」
小さく呟く彼に、同じく小さな声で返す。
「嘘付きましたね。あなた。」
私は昨日家に着いてからのあらましを話すと、彼は両手を胸の前に開いて
まるで赤子でもあやすように、ないないのポーズをとってみせた。
そして再び小声で話し出す。
彼の話を要約すると、凶器の相性は個人によって違う。との事らしい。
私は一日の猶予を与える事にした。



家に着くと身の回りの物を片っ端から凶器にし、シュウォッチに向けて振るった。
ボールペン・消しゴム・印鑑・電池などなど……。
そして終に私は、自分だけのアーティファクトを探し出す事に成功した。
それは、アジシオのキャップであった。


昔のアジシオのキャップは、中央が幾らか凹んでいる形状であり
また、人差し指と中指を入れるには丁度良い大きさでもあった。
この中に指を突っ込み、キャップ中央の凹みの部分と両脇の角の部分で
1スライドで4回こすり付ける事で、320のスコアを叩き出す事に成功した。


翌日。
私は、320のハイスコアを誇らしげに語った。
山寺事件の僅か2日後であった事もあり
山寺明君と佐藤正則君には凶器を使用した事はばれただろうが
彼らは、その事を暴露する事はなかった。

そう。この事を口にすれば、山寺事件も明るみとなるからだ。
あの日誓った3人だけの秘め事が生かされたと言って良いだろう。
こうして私のゲーマーとしての地位は更に高い物へとなった。


放課後。
授業が終わると私は家に帰り、冷凍ポテトを温めた。
そしてアジシオをぶっかけ、一人悦に浸る。
アジシオ本来の持つ塩の味と私の指先から生まれ出た汗のしょっぱい味。
これが努力の味なのだと、私はゆっくりと味わうように確かにそれを噛み締めた。


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