▼プロフィール
古川健介〈ふるかわ・けんすけ〉
株式会社nanapi代表取締役。1981年6月2日生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。2000年に学生コミュニティであるミルクカフェを立ち上げ、月間1000万pvの大手サイトに成長させる。2004年、レンタル掲示板を運営する株式会社メディアクリップの代表取締役社長に就任。翌年、株式会社ライブドアにしたらばJBBSを事業譲渡後、同社にてCGM事業の立ち上げを担当。2006年、株式会社リクルートに入社、事業開発室にて新規事業立ち上げを担当。2009年6月リクルートを退職し、Howtoサイト「nanapi」を運営する株式会社ロケットスタート(現・株式会社nanapi)代表取締役に就任、現在に至る。
◎インタビュー:宇野常寛/聞き手・構成:稲葉ほたて
■リクルートが本当に凄かったのはWeb1.0時代ではないか
宇野 けんすうは元々リクルートにいたわけだよね。個人的にはリクルートが本当に凄かったのって、江副さん時代よりも学生時代に僕たちが見た――リクナビやSUUMOのようなサイトを作って、一方で「R25」や「ゼクシィ」を仕掛けていった――あの90年代後半からゼロ年代前半の時期だったんじゃないかと思う。
結婚や就職といった、人生の一大イベントであるがゆえに逆に思考停止が起きやすい領域のインフラを握ってえげつなくそのジャンルの文化の決定権を行使していくスタイルって、今思うとジャンルごとにコミュニケーションのインフラが特定のプラットフォームにどんどん集約していったウェブのある時期の流れと相似形をなしていた。
でも、当時の「うわ、悔しいけどリクルートって凄いな」と思ったヤバさって、やっぱりWeb2.0以降、なくなってしまったんだよね。それは、食べログやNAVERまとめのように、かつてのリクルートがトップダウンで行っていたことをボトムアップで実現するプラットフォームが登場したからでしょう。
とはいえ、"BtoB"の仕組みとしてあまりに強力な存在になったリクルートという存在に、新興のウェブサービスがどこか上手く勝ちきれないまま戦っているという構図が生まれているのも事実だと思う。金になるけれどつまらなくなった1.0の世界と、面白いけれど金にならない2.0の世界。リクルートを巡る状況って今の日本そのものだと思うわけ。
けんすう リクルートの強みは、やはり営業の力です。例としてゼクシィを挙げると分かりやすいと思います。ゼクシィはほとんどの結婚式場に営業に行って、情報を全部とってきて毎回一冊の本にまとめているんですね。で、今度は本屋にも営業をかけまくって売った本の利益をすべて本屋に入れてしまう。すると、本屋としてはゼクシィが一番稼げるものだから棚を確保するんですね。これはホットペッパーにしても同様で、街中で配るだけなのにハイスペックな人材を雇って徹底的に教育を施した上でやるわけですよ。結局、そういう強い営業の力によるプッシュで押し切る力は、クライアントから大量の資金を集めていることによって可能になっているわけですね。
実は、僕はリクルートにいたときに、リクルートモデルの次を考えるミッションがあったんです。でも、世界的に見てもリクルートを超えるビジネスモデルなんて、まず存在しなかった(笑)。だって、あれだけ営業でプッシュする仕掛けなのに、利益率30%をキープして、売上1兆を超えているわけですよ。地域広告も、他国の倍以上はリクルートという一つの会社が押さえている。まさに異常な状態です。まあ、逆に言えば日本以外で、リクルートモデルが成立している国もないとも言えるわけですが。
そういう中で、リクルートでWeb2.0的なことをやっても、単に利益が減るだけであってやらない方がマシなんです。明確にイノベーションのジレンマです。しかも一方で、食べログを放置していても、別にホットペッパーの売上は大して下がらないですから(笑)。
宇野 いや、そうだよね。だって、比喩的に言えばみんな食べログで調べた店にホットペッパーのクーポンを使って行くからね。
けんすう そうなんです。そうなると、店としては「ホットペッパーって集客力あるな」と思うわけですね(笑)。日本では2ちゃんねるまとめのように、お金を稼がなくてもいい人たちが主導権を握っているものが面白いのだと思いますね。海外のバイラルメディアって何十億円と調達できるけれども、2ちゃんねるが1億円を調達するのだって非現実的です。そうすると、経済的活動の外側にいる面白い人たちが参加してくるコンテンツが出てくるものが主流になってくるんです。
そうでない場合は、偶然ですよね。LINEは明確にグローバルサービスですが、ハンゲームで資金を沢山持っていたのが大きいです。普通にやっていたら、ワッツアップのような大量の資金調達をしている海外サービスに負けていたはずです。ニコニコ動画だって、着メロの収益があって、川上さんのような非合理なことを面白がってやる経営者がいたから成立したわけでしょう。その点、食べログなんかはカカクコムの次の成長戦略の柱になってしまって、マネタイズを無理やり始めていますが、ひじょうに大変だと思いますね。そういう意味で、リクルート的なものにWeb2.0的なサービスが勝てないのは、やはり資本力だとは思います。
――ネットビジネスの難しいところって、ニコニコ動画がいい例ですが、ソーシャル上での評価が必ずしも市場の評価には反映されないことだと思うんです。そういうソーシャルと市場の乖離を上手く調整して、クリティカルマスを超えるための資金を与えるはずのベンチャーキャピタルが、日本では色々な意味で弱いという問題が一つありますよね。
けんすう Uberが1兆円の評価額で500億円を集めるようなのは、日本では厳しいですよね。まあ、シリコンバレーって壮大なインサイダーなんですよ。身内で情報を回して、「ハーバードの頭いいやつがサービス作ったから無理やりお金を突っ込んで成長させてしまおうぜ」みたいな世界だということはあります。日本の場合は、お金を全く稼がなくても儲かるか、最初から凄い儲かるかしかビジネスモデルがない気がしますね。
宇野 僕がけんすうという実業家の面白いと思うところは、リクルート的にウェブ1.0的軟着陸が一番カネになるつまらない日本社会に最適化するわけでもなければ、カネにはあまりならないけれど、文化的な生成力だけはやたらある「2ちゃんねる的なアナーキズム」にも流れなていなくて、何か両者の中間をふわふわ漂いながらユニークなことをやっているところなんですね。
けんすう リクルートが好きだったのは、無闇矢鱈に情報を集めていたことでしかなかったんだと、あるときに気づいたんですね(笑)。
自分は、情報がたくさん集まっていることそれ自体に興奮するんです。例えば昔、大学のサークルが配っているチラシをひたすらスキャンする「サークルライフ」というのをやっていたんです。あの一日か二日しか使われないチラシが、ネット上に何百枚とある。凄いですよ。ぜひ、見ていただきたいですね。
言ってしまえば、今までにネットに存在していなかった大量の情報が出てくること自体が快感だったに過ぎないんです。だから、自分でもそういう状態を作りたかった。内容に関しても、実は興味ないです。エクセルのハウツーが1000件あって、それがさらに増えていく。そういう状況が好きというだけで、別にぶっちゃけ整理しなくてもいい(笑)。そういうところは、nanapiにつながっていたのだと思います。
■最近興味が有るのは「アンサー」
けんすう ただ、僕自身の最近の興味というところでは、アンサーという最近始めたQ&Aアプリですね。これが非常に手応えがあるんです。
――Q&Aアプリなのに、マトモな質問をしないで雑談をしていてもいいというアプリですね(笑)。どのくらいの人が使っているんですか?
けんすう 投稿数で言うと一日に50万近くあります。2ちゃんねるの投稿数が、いま1日250万ぐらいで、スピード感的には実は2000年か2001年くらいの2ちゃんねるの数字なのかな。まあ、その割には僕の周囲の30代は使っていないし、訳がわからないと言われるのが面白いところですね。
実際に使っているのは、若い子ですね。10代が55%で、20代前半が40%。そこで彼らが話していることも、Twitterとは違いますね。単に「おはよう」と書き込んでも、アンサーだと10件や20件返ってくるし、なんか妙に満たされる感じが強いんですね。しかも、現在ユニークユーザー数が10数万人なのですが、滞在時間の平均が66分あります。
――その長さは動画サイト並みですね……!
けんすう 長い人は1日中使うような状態になっている。nanapiなんて、平均滞在時間は2分ないですからね(笑)。そこはアプリの強みでもあります。まあ、ちょっと理解の範疇を超えた世界になっていますよね。非常に閉じた世界で、良し悪しなのですがコテハンも登場してきていて、アンサー内で恋人を作ったりもしています。
―― 一時期のラウンジ板とかVIPみたいですね。
けんすう むしろカラオケ板かもしれない(笑)。なぜか一番人気があるのが、カラオケの音声をみんなでアップすることなんです。まさに2ちゃんねるなどの話題が出た「PLANETS vol.8」で話した「手段の目的化」という問題意識が大きくて、そういう、いわば完全に目的を失ったコミュニケーションがどうなるかという興味で作ったんですね。
宇野 つまり、nanapiなどのそれ以前のサービスでは、まだ手段と目的が分離していた……?
けんすう nanapiを作ったときには、何か目的があって人間は行動していて、そのためには手段を調べることになるはずだから、手段を軸としたハウツーサービスをやれば上手くいくはずだ……と思っていたんですよ。
ところが、実は検索ワードを見てみると、「寂しい」とか「彼氏ほしい」とか、検索してもしょうがないことでのクエリが結構来るんですよ(笑)。しかも、目的があったとしても、そこから課題を顕在化させて、それを言語化して検索エンジンの中に入れて、さらに検索結果10件の中から取捨選択していく……なんてことは、あまりにも敷居が高すぎて、多くの人には出来ないんです。
そうなると、そもそも何に悩んでいるかもわからない人を対象にしなければいけないと思ったんです。そういう流れで、まずはみんなでコミュニケーションをとるところから作ってみたのがアンサーなんですね。
宇野 検索ワードをカギに位置づける思想をどう評価するかという問題ですよね。今の話を言い換えると人間は自分が意識的に入力した言葉で検索している限りは何者にも出会えないんじゃないか、という疑問につながると思う。検索は欲望をつくることができない。しかし検索という文化から離れることで、インターネットははじめて他者性を取り込み、欲望をつくるものになれるかもしれない、と。
例えば、はてなとニコ動の違いってはてなは「はてなキーワード」で繋がる文化で、ニコニコ動画は「タグ」で繋がる文化だったということだと思うわけ。明らかに後者の機能は検索補助から離れて一人歩きしていて、そのことがニコ動の強さにつながっていた、なんてことも言えるかもしれない。
けんすう はてなキーワードって、自由に登録できることにはなっているけれども、基本的には既に世の中にある名詞しか作れないんですね。それに対して、ニコニコのタグは存在していない言葉でも、思いついたら付けられるんです。だから、ニコニコのタグから生まれた用語は沢山あるけど、はてなキーワードからは生まれていないし、絶対に生まれるはずがない。僕は、そこに大きな違いがある気がしますね。
■Googleという権力が迫る思想の「内面化」
けんすう ちょっと僕も考えながら話しますが(笑)、ニコニコ動画やpixiv、ある意味では2ちゃんねるもそうですが、こういうサービスって実は検索エンジンをほとんど受け入れていないんです。一方ではてなキーワードってSEO対策から出てきた面が強いでしょう。
さっきの話に戻すと、はてなは課題から出発するところが、どうしてもあるように見えます。やっぱり、はてなやmixiのような人たちは、自分たちのサービスが向上することで、ユーザーが賢くなっていって、生活ももっと豊かになる……なんてことをどこかで考えている。でも、ニコニコ動画や2ちゃんねるは「人間って所詮そういうものだよね」というところから出発していて、ユーザーが賢くなるなんて信じていないようにさえ見える。
――少し割り込んでもいいですか。いまお二人がしている検索エンジンの話って、具体的にはGoogleの思想の問題だと思うんです。というのも、ゼロ年代以降のインターネットにおける権力は、ほとんどGoogleが握っているに近い状態なんだと思うんですよ。特にはてなのようなオープン型で、検索からのユーザー流入が大きいサービスというのは、Googleの顔色をうかがいながら生きているのに近いです。Googleが少し検索エンジンのアルゴリズムを変えただけでも売上が一気に上下するものだから、血相を変えて対策会議を開いている企業なんて沢山ありますよ。
その結果どうなるかというと、伝統的な権力と一緒でその過程でGoogleが強制してくる「思想」を、サービス事業者側が生き延びるために「内面化」していかざるを得ないんですね。実際、GoogleのSEO(検索エンジン最適化)って、自分たちでサイト制作者を啓発するドキュメントも出していますけど、あれって情報の提示の形式からタイトルまで細かくチェックポイントがあって、それに従わないものは検索順位で下位に置くんです。
けんすう nanapiもGoogleからの流入は凄く多いので、もちろん意識しています。あれを忠実にやると、最初のパラグラフはわかりやすくこう書くべきとか、そういうGoogleが理想とするコンテンツに合わせて書かなければいけなくて、どんどんコンテンツが画一化していくんです。例えば、最近もGoogleがタイトルに表示する文字数を減らしたので、僕らもタイトルの文字数を減らさざるを得なかった。まあ、最近は勝手にGoogleがタイトルを省略してつけたりもしていて……。
――でも、そこで「じゃあサイトの方ではタイトルを勝手につけておいて……」というわけには行かなくて、今度はGoogleがこちらの意図に沿うタイトルに省略してくれるような付け方をしなければいけない。結局、彼らがサイト運営を規制してくるような権力構造はどこまで行っても残るんです。
けんすう nanapiって月間UUが2500万くらいあるのですが、認識率を見るとたぶんそのうちの70万人くらいしかnanapiを知らないんです。結局、ほとんどのユーザーはGoogleとYahoo!から飛んできたユーザーで、彼らからしたらAll Aboutと僕らは変わらないんですね。言ってしまえば、僕たちはGoogleのコンテンツの一つとしか見なされていない。
そういう中で、やっぱりニコニコ動画のようなサービスは「Googleのコンテンツ」でなかったというのが大きいんですよ。メルマガもそうですね。堀江さんのメルマガのユーザーは、やっぱり「ホリエモンメルマガのユーザー」ですから。
宇野 そもそもインターネットって、ハイパーリンクによって結びつく、全体を見渡せるメタ視点や中心点のようなものが存在しない場所だったのだけど、そこにGoogleは擬似的な情報の一覧性を持ち込むことによって、メタ視点と中心点を仮構したんだと思うんだよね。
その結果、むしろGoogleを受け入れずに閉じていたニコニコ動画やpixivのようなサービスの方こそが本来のインターネットが持っていたような、中心点が存在しないままに情報が拡大していく特性を持ってしまっている逆説がある。
僕はここにポイントがあると思う。一般的にコミュニティは集中型だと閉鎖的になるけれどコミュニケーションが濃密になる。逆に拡散型だと開放的で流動性が高くなるけれどコミュニケーションが希薄になる。文化の生成には前者が向いているとされているので、一般的にインターネットは上質な文化の敵だとされている。しかしニコニコ動画やpixvは、検索との付き合い方を工夫することで、開放的で流動性の高いインターネットという場に留まったまま、濃密なコミュニケーションを実現したんだと思う。
――検索エンジンって、そりゃ百科事典のような静的なものに比べれば現代的ですけど、基本的には言葉とモノの関係を整理する秩序を作って権力を握ってるわけで、むしろGoogleはウェブに伝統的な権力の発想を持ち込むことで勝ちに行った集団だと思うんです。今の話は、その結果として、かえってGoogleこそがインターネットが本来持っていた力を奪っているのかもしれない、という話でもあるなと思いました。
宇野 要するにインターネット社会を検索でメタ的に秩序をもたらすことで、もうひとつのマスメディアとして機能するものとして考えるか、あるいは、「秩序はなくともピースは成り立つ」(猪子寿之)的な中心点を持たないまま広がっていくまったく別のロジックで成立しているものと考えるか。僕は前者は過渡的なもので、これから後者に傾いてくると思う。前者がwww的なもの、後者がp2p的なものと言えるかもしれない。
そして、僕はサブカル評論家として、前者の思想で考えているサービスからは、日本では力のある文化はなかなか生まれてこないんじゃないかと思う。実際、この10年がそうだった。
けんすう そうですね。何一つ生んでいないです。啓蒙的な話で良い結果を生み出そうという試みは、もうほとんど失敗して、何も残らなかった印象ですね。むしろ、2ちゃんねるみたいにゴミ箱と言われて、便所の落書きとまで言われたようなところにしか、実はコンテンツも文化も残っていない。ちなみに、掲示板でも昔はちゃんとした良識ある大人同士でまともな議論をしましょうみたいな試みがあったんですけど、結局どれも上手くいかなかったんですよね。
実際、個人的にはここまでの話はメチャクチャしっくり来るんですよ。nanapiって、検索ワードベースで作ってしまったせいで、nanapiらしい文化はほとんど生まれなかったんです。Googleの延長線上にあるものにしかならなくて、昔にポエムサイトを作ったときの方がやはり文化は強烈にあったくらいです。実際、ポエムなんて全然Google検索では上位に行かないですから(笑)。
コメント
コメントを書く