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君の名は。個人的考察 ぜんぶのせ

2016/09/08 08:57 投稿

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この記事は13回分をひとつにまとめたものになります
あしからず


ーーーーーーーここからずっと前置きーーーーーーーー



そこそこ久しぶりに何か書きたくなりました

ハンドルネーム、というと今ではもう多少古臭いのでしょうか
ネット上でのもう一つの名「アカウント名」が今の主流ですかね
そもそも人によって、それは1つではなく
それこそ媒体によって変えてる人もいるんでしょう

私はインターネットに触れ始めた頃からほとんどそれを tiamat で統一しています
字面自体は割りとメジャーなため(主に海外勢が多いようですが
既に使われていると前後に数字を入れたりしてました

大概の人間がFF由来?と推測するようですが違います
そもそもティアマトとはメソポタミア(バビロニア)神話における
原初の(混沌の)女神の名前であって
かといってこれが由来というわけでもなく
ネットに触れ始めた高校1年くらいの時に読んでいたライトノベル
「灼眼のシャナ」その登場キャラクター
万条の仕手ヴィルヘルミナ・カルメル、と契約した
紅世の王”夢幻の冠帯”ティアマトーからだったりするんですが(結局これも大本は神話が元ネタなのだけど

単に当時の自分的に音の響きがよかったんだと思います(今となってはほとんど他人事
で、ここまで割とどうでもよくて(ここからも特に真新しいこともないのですが

ティアマト彗星なる架空の彗星が降った映画「君の名は。」
大ヒット公開中です、私も2回観てきました

※以下「君の名は。」ネタバレを含みます



監督は秒速5センチメートル等で有名な新海誠
正直映像美が評価されてて内容が若干アレというか一般ウケしないイメージがありますね
言の葉の庭なんかは短い時間で独特の雰囲気を醸し出していて結構好きでした
これもわかりやすくハッピーエンドではなかった感じでしたが

話が前後しますが私が「君の名は。」を知ったのはシンゴジラを観に行った時
上映前に流れていた宣伝ムービーを見たからでした
おそらくずっと以前まとめサイトでも
新海誠監督作品が上映される、というのは見かけているはずなのですが
その時点では全く興味がなく見事にスルー
多分シンゴジラないし7月中に映画観に行ってなかったら
「君の名は。」観に行ってないまであったと思う

そして宣伝ムービーを見た感想としては
「あーよくある男女入れ替わりのTSFモノね」
なんやかんやあって何かを成し遂げるんでしょ知ってる知ってる
みたいなアニオタ的ざっくり解釈
ぶっちゃけこれだけだとやっぱり観に行ってなかったかもしれない

Q じゃあなぜ観に行ったのか?
A 公開初日の初回上映勢の感想「入れ替わった主人公がおっぱいを揉むシーンが良い」

グッと来ましたね、ダイレクトかつシンプル
本能的でいて直感的、背徳感と征服感ry

おまけでヒロインが実は死んでるとかなんとか余計なネタバレも見ちゃったんですが
これはこれでそういう穿った視点で最初から観ることが出来て
1週目から細かな演出にも気付けたので良かったのかもしれません(前向き

さて考察とか偉そうなこと書いてありますが
どちらかと言えば個人的に琴線に触れたところと
気になった点の答え合わせでしょうか

ついでに言えばしばらく経ってからこれを自分で読み返すのがおもろそうなので書いてる節がある
人間忘れちゃう生き物ですからね、BD出るのが楽しみです


多少時系列を、所々媒体をごちゃ混ぜにしますがあしからず


まず内容に触れる前に三葉と瀧くんの入れ替わりについて思うことが
劇中では一応入れ替わっている時のことが夢として扱われており
当初は朝起きると、入れ替わっている時のことをすぐに忘れてしまい
変な夢を見ていたくらいにしか覚えておらず
互いに入れ替わっていることを自覚するようになってからは
ある程度を覚えていられるようになり
終盤あれだけの出来事が起き、互いに想い合っていた2人だったが
入れ替わっていたということさえ忘れてしまい
数年後誰かを探している、という気持ちだけが残っていました

夢って現実でもこういうもんですよね
私も年に数回、ものすごく面白かったり
死ぬほど恐ろしかったり、感動して実際に涙が出ていたり
するような夢を見ることがあります
ただこれ思い出す今となっては全く内容を覚えていなかったり
なにがそんなに面白かったのかわからなくなっていたりしています

何が言いたいかというと、ご都合主義って言葉は嫌いです

「君の名は。」の時系列に対する矛盾を指摘する時に1番見かけるのが
「3年ズレてるのに気付かないのかよ」
これ逆に序盤から中盤にかけて種明かしされてない入れ替わりパート時見てて
それに気付けたのかと聞きたい
結局作り手側がそれを感じさせない演出構成で上手いことやってることに対して
すごく野暮なツッコミだと思う

高校生の時なんて完全に「今」しか見てないキラキラした時間の塊なわけで
高3になってやっと後先考え初めて大人になったような気がしてくるもんでしょう

息つく暇もないってほどではなかったかもしれませんが
三葉になった瀧くんはおっぱいや田舎特有の狭さ濃さ
景観の郷愁、祭祀の手伝い、おっぱい等々に慣れない身体で全力を捧げ
瀧くんになった三葉は憧れの大都会東京、学校帰りのカフェ巡り
奥寺先輩攻略、バイトバイトバイト等々やはり目まぐるしく
2人共入れ替わってる時はなにかしら注力しているので
キャラクターにも視聴者側に余計なことを考えさせないわけですね


ーーーーーーここまで前置きーーーーーーー

閑話休題

ここから一応映画の時系列に沿って
要所と疑問点やらいろいろチラホラ触れていきます


・冒頭、降ってくる星のカケラ
完全初見では「なんですかこれ?」状態ですが、
この映像のインパクトが強いので終盤のクライマックスが映えるんですね

・ポエミーなモノローグの中、目を覚ます2人
ここがおそらく時系列的にはラスト、本当にラストのあの日の朝なんだと思う
瀧くんはやっとの思いで就職出来た会社に、三葉はOLさんとかやってるのでしょうか
三葉の方が3つ年上、面影は変わらないけどまさに美人って印象を受ける女性に
瀧くんの好みドストライクの黒髪ロングに戻っている辺りがニヤッとポイント

・OP夢灯籠
アレ?前前前世が流れるんじゃないんか?って思ったのは私だけではないはず
でもこの曲も良くてアニメーションも凝ってる
ほんの数秒巫女服姿の三葉が鈴を鳴らすしなやかな動作を見せる作画に目を奪われました
そして成長する瀧と三葉の表情
スーツ姿の瀧の後ろには高校生より後の三葉がいなかったりと
2回目で気付く演出はベタだけど素敵やなぁと



・おっぱいとの第1遭遇
ほとんどこれを観るために来たと言っても過言ではry
新海誠のフェティシズムなのかなんなのかわかりませんがホントウニアリガトウゴザイマス、ふぅ・・・
この時のノーブラで完全無防備な寝間着姿と
入れ替わり発覚後のパジャマの下にブラジャー肌着着用の完全装備との対比がよく出来てるなと思いました
しかし健全な男子高校生である瀧くんにはブラをつけていようが特に関係もなくry

一応小説の方では瀧くんは入れ替わった朝は毎回おっぱいを揉んでいたようで(おそらく約1ヶ月で約10回、口噛み酒トリップで+1回
このことは四葉経由で三葉にも伝わっており、そうするとラストのカタワレ時の会話の
「1回だけ」はもっと揉んでること知ってて「へんたい!」で済ましているということに・・・?爆発しろ

ちなみに三葉の方はというと「リアルすぎぃ・・・(赤面」
からわかるようにまぁ当然見てますよね
あと最初にあるってわかった時、おそらく男の朝の生理現象が起きてたんでしょうね
すごく背徳的です(ウッキウキ
小説では最初の朝、三葉がおしっこをしようとして方向をなんとか定めようとしていたら
ナニが元気になってしまいなんなのよもう!的な補足が

多少下世話な印象も受けますが男女入れ替わりのお約束だからね仕方ないね
新海誠は信頼できる変態



・朝の登校シーン
田舎感を全面に押し出す風景
テッシー&サヤちん登場
付き合ってるわけではないけどお似合いの2人って印象を受けました

・三葉父、宮水としきの選挙活動の一連の流れ
ここ個人的に結構重要というか田舎の縮図をよく表してるなぁと
「町長と土建屋はその子供も~」で三葉とテッシーの表情がすべてを物語っている
このシーンの前、宮水家の朝食シーンでの祖母一葉と三葉の
無駄のない連携プレイで消えた町内放送から
確執は昨日今日から始まったことではなく思春期特有の父親への反抗の類ではなく
紛れもない嫌悪の域に達していることが察せます

ちょっと脱線しますが三葉の母は既に他界していて
瀧くんの両親は離婚しているようで父と2人暮らし
母親という存在が排されていることで身近な拠り所
わかりやすく見守ってくれる存在がおらず
ある程度自立した精神性を付与出来ている
というか家に母親がいると一目で自分の子供じゃないって見抜いてそう
男女入れ替わりモノというジャンルにおいては特に扱いの難しい属性なのではないだろうか

そして代わりと言ってはなんだが「君の名は。」においては
奥寺先輩という存在が重宝されている印象を受ける
17歳の2人から見るとすごく大人の女性でとても優しく憧れの先輩を体現している
それでいて社会人でも母親でもないので踏み込みすぎない絶妙な立ち位置を確保出来ている

cv長澤まさみだしテコ入れでねじ込まれたんやろ、くらいに邪推してただけに
奥寺先輩というキャラの存在感は鮮烈でした



・ユキちゃん先生登場
同じ新海誠作品の「言の葉の庭」のキャラですね
古典の授業によるカタワレ時への布石のシーン
ここの黒板のチョーク描写は面白いですね、見ていて綺麗




・校庭の隅でのお昼ごはん
糸守仲良し3人組、ここらへんから入れ替わりの面白さが発揮され始めます
なにげにオカルトマニアテッシーが
愛読書ムーを手に多世界解釈がどうとか言ってますが当たらずも遠からずでしたね
ストレスって便利な言葉ですね

・糸守のカフェェ↑
サヤちんとクソ田舎への不満を言い募る三葉の東京への憧れの象徴としてのカフェ



・組紐作りと繭五郎の大火
昔懐かし『まんが日本昔ばなし』を彷彿とさせる市原悦子ボイス
火事に名前をつけられた繭五郎さんかわいそうという四葉ちゃんが可愛いです

小説ではこの辺りにガッツリ触れているのですが映像を見ているとちょっと読み解きにくい裏設定
この200年前の大火事の時に燃えて失われた糸守1000年の歴史を記した古文書
早い話、この地には2400年前と1200年前にも
ティアマト彗星の片割れが落ちて甚大な被害をもたらしている
2400年前、それは山間の集落を滅ぼし巨大なクレーターを穿ち
それが湖になり魚が住み着き人が集まり隕鉄がもたらした富により集落が栄える
1200年前、またこの地に彗星が落ち集落は滅びる
そしてまたどういうわけかこの地は栄える
劇中の言葉を借りればそういうムスビなのでしょう

そんな文字通り天文学的な確率の出来事が起こるのか?
ってことを考えるとどうにもならないのですが
糸守には人も彗星も引き寄せる何かがあるのかもしれません

ここは「君の名は。アナザーストーリー」でも言及されており
※アナザーストーリー第3話、182Pより抜粋
『―覚えておくがよい。人は故郷に紐付いておるということを。
箒星が落ちて何もかもさらっていった不吉きわまるこの土地を、糸守の者達はなぜ捨てぬ。
紐付けられていて引かれるとしか言いようがないのだ。心がこの地に根を下ろしているからだ。
ムスビついている。そして人の心がこの土地から離れられぬから、そのためにわれら宮水があるのだ。』

宮水一族は後世にこのことを伝えるべく文字よりも永く遺る伝統として
彗星を龍に見立て畏怖の対象とし
美しく尾を引く彗星を組紐の模様で
彗星が2つに割れる様を2人で踊る舞のしぐさに

これらの意味が200年前の大火により失われてしまったわけですね
なくなったのは資料だけではなく大勢の宮水の人間も死に口伝や舞も受け継がれることなく潰えてしまった

この辺りは角川スニーカー文庫より刊行されている君の名は。アナザーストーリーを読むと本当に引き込まれる
日本神話とか大好きな人間なので三葉の両親の馴れ初めのやりとりが面白くてたまらなかった



君の名はサイコー!ってなってる人には是非とも読んでもらいたいです(ダイマ

・超作画、豊穣祭の舞
このシーンだけ延々と観ていたいです
てか四葉ちゃん9歳とか嘘やろ中学生くらいなんじゃないのかと思わなくもない

・現役女子高生の口噛み酒
言い値で買おう

・来世は東京のイケメン男子にしてくださーい!
予告映像でも流れていたしすごく印象的なセリフです
「もうこんな町嫌や!こんな人生嫌や!」はちょっと共感できる田舎民

で三葉の入れ替わり能力について
宮水一族の女に代々伝わってきているよう
もちろんたまたまこの時に偶然起き始めたというわけではないのでしょうね
トリガーが存在するはずでおそらくそれが口噛み酒なのでしょう
口噛み酒は自分の半身という解釈
要するに魂的なモノが分かれる分かれやすくなるような感じなのでは?
ただ口噛み酒自体は三葉は毎年のようにやってきているため他にも条件が必要なのかもしません
17歳という年齢に意味があるのかもしれないし、人前でやることに羞恥心を持つようになってからなのかもしれない
もしかするとイケメン男子(三葉の理想の男=運命の人)になりたいという願望が本当に叶ったのかもしれない

ただアナザーストーリーにて9歳の四葉も自分で自分の口噛み酒を舐めることで
1000年以上昔の宮水の女と入れ替わっており
これは本来の用途と違い罰当たりなことしたことによる暴走の類と言われていた
このチカラについても繭五郎の大火にて消失した古文書なり人間なりに真実があったのかもしれない
繭五郎、罪な男ですね

あと単純になんで三葉は瀧くんと入れ替わったのか?という疑問
多分1番それっぽいのが高校生瀧くんが三葉から貰った組紐を身に着けていたから
その組紐は三葉が中学生瀧くんに渡すまでずっと持っていたので
入れ替わってる2人が全く同一のモノを身に着けているという一種のタイムパラドックスに
時系列違うんだからタイムパラドックスじゃないように思えるけど
ひよこが先か鶏が先かと同じで
三葉が高校生瀧くんと入れ替わらなければ中学生瀧くんに会いに行くことはなかったわけで
じゃあなんで三葉は高校生瀧くんと入れ替わったのかry、これ以上考えてはいけない(戒め


だいぶ話が逸れましたが
・三葉が瀧くんになって目覚めるところ(三葉視点初めての入れ替わり)
神木キュン天才やろ、司じゃないけど可愛いと思うわこんなん

・私、わたくし、ぼく、俺、4段活用
ここのテンポ本当に好き



・念願のカフェからのバイト
(あくまで夢だと認識しながらも)おっかなびっくり遅刻してでも登校してきた三葉という女の肝の太さに驚いたけど
場所さえわからないバイト先に出てきてなんとか仕事をこなす辺りにスペックの高さが現れている



・奥寺先輩攻略戦
5分であの刺繍は達人の域だと思うんです、よくわからないけれど

・女子力日記
個人的にこのシーン辺りからこの作品の入れ替わりに対して違和感を感じ始めました
勝手に同じ日に互いに入れ替わりが発生してると思い込んでいたけど
お前は誰だ?の時点では三葉は瀧くんになっておらず、それに対する返事として
三葉が瀧くんの腕にみつはと書いたことが引っかかったわけです
仮に互いに同時に入れ替わっていたら
もうワンテンポ遅く気付いてるはずですもんね
実際には1番最初に瀧くんが三葉になっておっぱいを満喫した日と
三葉が瀧くんになって東京を満喫した日は3年のズレ以外にも日付が2~3日ズレていたわけですね

でもこれ冷静に考えると3年のズレを置いといたとしても
三葉が水曜日の晩に寝たと思ったら月曜の朝に瀧くんとして目覚めていたりしたら……
これ以上深く考えてはいけない(封印されしエクゾディア級の戒め



・入れ替わってることに気付いた2人
俺は夢の中でこの女と―
私は夢の中であの男の子と―
入れ替わってる!?

前前前世が流れてまさに誰しもが思うはず「流れ変わったな」と
ここの演出と音楽のマッチ具合は小説とかだと絶対表現できないですね



・禁止事項
ノーブラでバスケをして糸守高校の男子を喜ばせた瀧くん
それに対しての三葉の「男子の視線、スカート注意、人生の基本でしょう!?」
このセリフの言い回しがすごく印象に残っている

瀧くんも同じように禁止事項を設けているのだけど
印象としては注文の多い女三葉になっている気がしないでもない
というか瀧くんになった三葉は割とそつなく日常生活を送れているというか
問題行動自体はあまり起こしていないのだから必然なのかもしれない
対して三葉になった瀧くんは三葉のきっかりした部分とは
正反対な問題行動を繰り返しているのでこうなる
男子ってホント馬鹿という風潮、あると思います

・ご神体に口噛み酒をお供えに
この時点で入れ替わりが始まって約1ヶ月、10月に入ったばかりくらい
朝目覚めていつものようにおっぱいを堪能した瀧くんが制服を着て居間に行くと学校はお休み
これ寝ぼけているともとれますが実際には曜日のズレによるものなんでしょうね

・おばあちゃんによるムスビ講座
単純に縁のことをムスビって解釈でも良いとは思うんですけど
産土神とか産霊とか土着の地域神のこともムスビですね
『よりあつまって形を作り、捻れて絡まって、時には戻って、途切れ、またつながり。
 それが組紐。それが時間。それが、ムスビ』
おばあちゃんが実に哲学的なことを言っていますがこれが糸守に宮水に代々伝わる組紐のその本質なんでしょうか

・「おや、三葉。あんた今夢を見とるな?」
個人的にこういう年寄りは万能、全知全能みたいな若者の理想押し付けるの嫌いじゃないんだけど
現実的に考えてそこまで達観している年寄りというのはそんなにいないよなぁとどこかで思ってしまう



・奥寺先輩とギロッポンデート
三葉のお膳立てによる奥寺先輩攻略最終工程、となるはずでしたが残念ながら瀧くんのターン
三葉のデートのための厳選リンク集のひとつ「コミュ症のワイが恋人GETした件」
なんJが沸いたと沸かなかったとか
瀧くん自身でも自覚していなかった恋心を奥寺先輩に指摘されるところはまぁニヤッとしますね
三葉も瀧くんも互いに出会ったことはないのに好きになるってのはおかしい、みたいな意見もあるようですが理解しがたい
え、あの状況でお互いに好きにならない人類っているの?いたら人間不信拗らせすぎでしょうと

・「デートが終わる頃には、ちょうど空には彗星が見えるね」
「なに言ってんだ、こいつ?」
ここ1回目劇場で観ていてまだよくわかっていないのに胸が締め付けられました
ネタバレ自体は知っていたのですが(彗星が落ちてヒロインは死ぬ)
多分それがなくてもこの決定的なまでのすれ違いはアカンかったと思う、察せてしまう

・瀧くん飛騨へ
奥寺先輩と司が着いてきたのが多少余計とも思わなくもないのだが
この数週間それほどまでに瀧くんが思い詰めた顔をしていたということが察せられる、それこそ放っておけないほどに
しかし本当に着いてきてるだけなので絵面的には邪魔なだけという、奥寺先輩おちゃめ杉内

・高山ラーメンと高山ラーメンと高山ラーメン
ついに見つかった手がかり、しかし・・・
おっさん良い人、本当に良い人
瀧くんが糸守の彗星の悲劇をこの時まで認識出来なかったのはなにか理由があるんでしょうね

「君の名は。アナザーストーリー」内の三葉の母、二葉の言葉に
「この世のすべてはあるべきところにおさまるんやよ」というものがありました
cv大原さやかさんなので某ミセの女主人がダブるアニメ脳
偶然なんてこの世にはない、全ては必然

三葉の母二葉が難病で早くに亡くなることでその夫
三葉の父である宮水としきは酷く落ち込みます
が三葉の祖母である一葉をはじめとする糸守町の人間は
それを当たり前のように受け入れ、口々に言います
二葉は特別だったから神様に早く呼ばれたのだと、これもムスビだと
そんなおかしなことがあってたまるかと怒りに打ち震えた宮水としきは
糸守のトップ、町長になってその古い考え方からの脱却を図ろうと決心します
これに対して一葉は神社の婿が政など言語道断とし、宮水としきは神社を出ていきます
本当は三葉も四葉も連れて行くつもりだったのですが拒絶されてしまいます
三葉は捨てられたと思っていますが、必ずしもそうではない
そして結果的に町長になった宮水としき、ちょうどその最初の任期の四年が終わる頃
娘の姿をした娘ではない者が目の前に現れ、泥だらけであちこち傷だらけになった娘が現れ
全く同じことを言うわけです、町で1番の権力を持った町長である人間に向かって

映画だけ観てるとあまり親父さんに良い印象を持てないと思うので
是非アナザーストーリーの方も読んで欲しい

要するに瀧くんが飛騨に糸守に来るのも自然と導かれたということで
途中まで気が付けないのもそういうことで
もっと現実的な考え方をするならば小説の瀧くんは入れ替わりをしている中で
彗星のことがどこかで引っかかっているような既視感みたいなのを感じていて
三葉となった時に居る町が糸守町だとわかった時、無意識下で否定していたのかもしれない
そんなわけはないと、だから心が勝手に糸守の悲劇のことを記憶の奥底に封印していたと

まぁこういうのをご都合主義っていうのかもしれないけど
これをその一言で片付ける感性の乏しい人間にはなりたくないなぁ

・ついに辿り着いた旧糸守町
いやまぁこれアレだよね
多くの日本人の心に焼き付いたあの日の惨劇を否が応でも連想するよね
というかついこないだ観たシンゴジラでも同じこと思ったんですよね
人はなぜ抗えない強大なる力の前にこうも無力なのか、そしてそれがこんなにも心に響くのか

・消える日記
ここの演出本当に怖かった、ただただ怖かった
あったはずのものが目の前で消えていく恐怖の無言の凄み

一応これは私の認識なのですが「君の名は。」の世界観では
枝分かれ的に無限の可能性の存在するいわゆる世界線というような概念ではなく
観測者が介入することによって周囲の方が変化する改変世界的な概念が適応されているようです
前者で有名なのはシュタゲ、後者でわかりやすいのはドラえもんでしょうか
そういう意味でも「すべてはあるべきところに自然と導かれる」
というのはしっくりくる考え方だと思います

瀧くんが糸守を訪れてその事実を観測して三葉をはじめとする500人超の人間が死んでいたという改変が起きて
三葉という人間の存在がなかったことになって日記も消えてしまったと
私はそう解釈しています
要するに三葉が死んでいなくなってしまった世界というのは存在しないということ
まぁ本当のところは神のみぞ知るというか新海誠に聞いてみればわかるんでしょうけどね

映画の進行度的にも、小説の配分的にもちょうど半分くらいまで来ています



・明かされる糸守の悲劇
小説ではこの辺りからほとんど瀧くん視点なのですが
映画ではすでに髪をバッサリいった三葉が降ってくる彗星を見上げているシーンが入ってますね
あの彗星が落ちたことを現すガシャンみたいな金属音
もしかすると舞に用いられる鈴はアレを模しているのかも・・・?

・図書館にて彗星災害の犠牲者名簿をめくる瀧くん
そして見知った名を見つけます
勅使河原 克彦 (17)
名取 早耶香 (17)

これ小説読んでると字面で見覚えあるからわかるんだけど
映像だとちょっと分かりにくいですよね
音の響きだけだと「てっしー」と「さやちん」という印象しかないわけで
そしてまた見つけてしまいます
宮水一葉 (82)
宮水三葉 (17)
宮水四葉 (9)
現実を認めたくない瀧くんの必死の叫びはやがて囁きに
喋れば喋るほど認めざるをえない苦しみ
やがてすべて妄想だったのかという結論に行きつき、気が付きます
「あいつの名前、なんだっけ・・・?」

設定的な解釈をすると入れ替わりの能力の出力側だった三葉が死んでいたということを
受信側だった瀧くんが観測したせいでデジタルな痕跡すらなかったことにしてしまう
世界の改変力、とでも呼ぶべきものが記憶の保持すら許さないのでしょうね
人は忘れる、忘れ去られるということに本能的に恐れを抱く生き物です
自分の中の誰かを忘れること、誰かの中の自分が忘れられることに感慨を抱かなくなった時
人はヒトであって人でなくなるのかもしれないですね(厨二病を患った28歳童貞渾身のドヤ顔

・奥寺先輩とふたりきり
旅館の一室にて瀧くんがつけていた組紐に気がつくファインプレー
というか本当ならこの組紐も消えてなくなっていてもおかしくはないのですが
祖母一葉の言葉を借りるなら組紐は時間の流れそのもの
時間とはムスビ、ムスビとは神
複雑に編みこまれた糸は時間だろうが運命だろうが
それこそ彗星だろうがしっかりと絡めとることが出来る、と
こういうものの考え方が本当に好きです
逆に言うと瀧くんがこのまま気付かず時間が経っていたら
組紐もやがて千切れてほつれて消えてなくなっていたのではないのだろうか


・口噛み酒を供えに行ったご神体のある山頂を目指す瀧くん
高山ラーメン屋のオヤジは本当に良い人
瀧くんが糸守の画を書いた、それを糸守出身のオヤジが見て心を動かされた
きっとこれもムスビ

・瀧くん山頂アタック
私の住んでる石川県は全国的に見て比較的雷の多い地域なのですが
正直この雷雨の中を山登りとかそれこそちびるくらい恐いと思う
映像だけだと無骨なおにぎり3つだけに見えましたが
小説では厚切りチャーシューやもやし炒めがおかずとしてありました うっうー☆

・そしてたどり着くカルデラ状の山頂
糸守湖と新糸守湖をバックに広がる神秘的な景観



カルデラ状の山頂ですがアナザーストーリー内でテッシーが
糸守周辺には火山は存在しないと明言しています
とするとこのご神体のある山も自然の起伏の高低差により出来た
ただの岩と土で出来たモノということになるのですが
まるでクレーターのような形をしている山頂が自然に出来るわけはないですよねぇ
皆までは言わない

・口噛み酒トリップ
割りと躊躇なく口噛み酒を飲んだ瀧くん
結構普通に澄んだ液体が注がれていましたが
特に醸造も何もしていない口噛み酒がああなるとはド素人でも疑問に思うところですが
そこはやはり現役女子高生巫女の口噛み酒、クオリティがダンチなんでしょう
製品化はまだですか?酒税法?なにそれ食えんの?
ブロマイドだけつけて岐阜の地酒とか売っても良いんじゃよ(ニッコリ

結果だけ見れば「酒を飲んだらタイムトリップした」ってことになるんですが
厳密には三葉が死んだことによって失われた、夢を通じて入れ替わる能力
三葉の半分であるところの口噛み酒を瀧くんが飲んだことで瀧くんの中に三葉の能力が宿り
もう1度だけでいいから三葉になりたい、時間を巻き戻して
という思いがムスビとなり全身へと行き渡った
みたいなことなんでしょうか

・落ちてくる天井の彗星の壁画
これは2400年前の彗星による被害を記したものなのでしょうか
このあたりの演出はもうちょっと回想として掘り下げても良かったのかもと思わなくもない
生まれてすぐに断ち切られるへその緒という名の糸、こうして人は現世に生まれ落ちる
三葉の一生を、記憶を垣間見る瀧くん



・鏡に映る三葉
自分が瀧くんになって奥寺先輩とデートに行きたかった
と言い聞かせているが、身体は正直で(意味深)
瀧くんに対する想いが涙となって溢れてきてる
という国語的解釈でいいのでしょうか
こういうところも似ている2人だからこそ、多くの人間の心を掴むんじゃないのかなぁ
普通に前から泣き顔を映すのではなくあえて鏡に映すという演出
ベタではあるが鏡は本当の自分を映すモノということですかね

・東京に行っておばあちゃんに髪を切ってもらって浴衣を着てお祭りへ、そして彗星を見る
この辺り話の見せ方として個人的にイマイチしっくり来ないというか
時系列が急に変化しすぎててこの後の展開に視聴側の混乱をもたらす要因になってると思うんですよね
泣いてるところから彗星が落ちるところまで一気に飛んでもよかったのでは・・・?

・朝、涙と鼻水で顔をグチャグチャにしながら胸を揉みしだく女子高生という絵面
これ本当に天才だなと思った、流れ的に結構シリアスだしそんなことしてる場合じゃない感あるし
最初廊下が映って四葉が起こしに来て襖を開けて揉んでいなかったらどうしようかと思ったけど
完全に杞憂だった
もう1回言うけど本当に天才だと思いました

三葉が瀧くんの身体と入れ替わったことによる最大の被害者は瀧くんだと思うのだけど
瀧くんが三葉の身体と入れ替わったことによる被害者は三葉ではなく四葉ちゃんなのではなかろうか
無自覚的ではあるが9歳児に結構な悪影響というかトラウマ与えていきましたよ・・・
あの「ヤバイ、ヤバイ・・・」は観てるこっちが気の毒なレベルだった

・意外に普通のことを言う婆ちゃん
明かされる宮水家に代々伝わる謎の力
仮にこの時点で婆ちゃんが孫の姿をした誰かの言うことを真に受けて本気を出していたら
それはただのサマーウォーズだったことでしょう、そういうのも悪くはないけど

・髪を切ったことでボーイッシュさが増し増し、瀧くん補正でさらに倍、はらたいらに3000点
本来ならば東京に行って髪を切った翌日、彗星が落ちるこの日三葉は学校をサボっています
なので口噛み酒トリップ時に祭りの待ち合わせ場所で見た反応が学校で起きるので視聴側に混乱を招きます
このくらい理解れよ、ってノリではあると思うんですが
こうすることで明確に過去が改変されているということを表現しているのでなんとも言えない

・俺の好みは黒髪ロング
禿同

・あっさり瀧くんの話を信じたテッシー
オカルトマニアの陰謀厨なのはわかっていたけどあまりにあっさりとしていると思いましたが
アナザーストーリーを読むことでその謎が融解

序盤、三葉とサヤちんがド田舎糸守の愚痴を言い合っていた時
どちらかと言うと保守側というか擁護する側に回っていたテッシーでしたが
その胸の内は三葉たちと同じというかそれ以上に過激でこんなド田舎本気で爆破してしまえればと考えるほど
やがて継ぐことになる家業、そのドス黒さ(権力機構との癒着)
しかし従業員を養うためには安定した仕事の供給先が必要だと頭ではわかっている
ならば自分の手でこの腐った町を変えていけばよいのでは?そのためには家業を継ぐ必要が
継いでしまえば親がやってきたことと同じことをしなければすぐに首が回らなくなるのが目に見えている
いっそ火山が噴火したり核ミサイルが飛んできたりして町ごとなくなってしまえばいいのになんて考えたり

こんなテッシーだからこそ本当に隕石が落ちてくるのならば
今まで囚われていた堂々巡りのしがらみから解放される可能性に乗ったのでしょう
ただのバカと紙一重な気がしないでもないですが

そして理由はもう1つ、それは瀧くんが三葉と入れ替わっている
テッシー風に言えば狐憑き状態の三葉を見てきているから
今まで何を考えているのかよくわからない女子という生き物だった三葉が
急に人が変わったようにまるで男子のように意思疎通を図ることが可能になった
とテッシーは認識していました、実際人が変わっているんですけどね
ちなみにテッシーは喫煙者です
岐阜市内等に出向いてまとめ買いしてコソコソ吸ってるようです
そんなTHE田舎的反骨的リアリズムはいらないと思うのですがね

・半信半疑のサヤちん
この娘も大概被害者ですが肝が座っていますね
小説では映画よりも彼女に対する掘り下げがなされていて
母親も姉も役場に勤めて町内放送のアナウンスをしており(おそらく学生時代も放送部
それも親子揃って声が似ているという設定
まぁこれが生きることもなかったようなので本当の裏設定と化したY.AOI先輩

・お前は、誰だ・・・?リターンズ
このシーン劇場で見てて思わず顎に手を当てて静かに唸るくらい面白いと思った
序盤、瀧くんが三葉へ向けた疑問を
三葉と入れ替わった瀧くんが思いもよらない相手から言われてしまい
動揺を消せないほどこの言葉に揺さぶられる
三葉なら説得できたのかと、俺じゃダメなのかと、俺では三葉を、町の住人たちを救えないのかと

ただこれに対する救いは存在していて瀧くんが三葉と入れ替わっていたことによって
テッシーが容易に信じてくれたという背景があり
もしそうなっていなければ避難計画を遂行することは非常に困難だったのではないだろうか
含水爆薬も町内放送乗っ取りもテッシーがいなければ成立しないわけですし


・事案
やはり四葉ちゃんは最大の被害者説が深まる……
あのくらいの子供には町の大体の人間にはわかるはずの
宮水さんちの三葉ちゃんが通用しないようです

・山頂アタックリターンズ
え、もうそんなに時間ないような気がするけど大丈夫なの?とどうしても思ってしまう
立ち漕ぎパンチラ、見えたッ!白、いいよね
テッシーのチャリは犠牲になったのだ、犠牲の犠牲にな・・・

・目覚める三葉
この三葉は既に死んでいるはずの精神なんですよね、彗星によって
祖母一葉が山頂にて言っていましたが此処から先は隠り世、つまりあの世だと
目覚めた場所は隠り世の内側のご神体の祠、つまりはそういうことなのでしょう
流れ込んでくる瀧の記憶の洪水、落ちる彗星、滅びる町、3年のズレ、そして理解する三葉
「私あの時、死んだの?」

・ちなみに2013年の10月2日は水曜日、2016年10月2日は日曜日です
時系列が戻って三葉が東京に行った時のお話
よくよく考えてみると学校行く途中に突然東京に行くと言い出した三葉
その日瀧くんは奥寺先輩とデート、普通に考えて学生の2人がデートするのは
休日の土日ないし祝日なわけで何かがおかしいのですがこまけぇこたぁry
仮に三葉が奥寺先輩に対して今度の日曜日デートしましょうという風に誘っていたとしても
制服で登校している時点で矛盾がががが

で映画見た時はデートコースに行ってるのかと思っていたのだけど
小説を読むに連絡出来ないから闇雲に大都会東京を探しまわっていたみたいなんですよね
この娘の行動力がちょっと恐い

・私たちは、会えばぜったい、すぐにわかる。私に入っていたの君なんだって。君に入っていたのは私なんだって。
このセリフ良いですよねぇ、ただ単に好きな相手ではありえない次元の信頼度を感じる
宮水三葉役の上白石萌音という娘、アニメ畑の人間ではないのですが本当に三葉という少女にマッチしていると思う
そういう演技指導がなされているのもあるんだろうけど
印象的なセリフとあいまってとても心に残ります

・ファーストコンタクト(物理)
奇跡的に電車に乗る瀧くんを発見する三葉
しかしそれはまだ入れ替わりなど知らない中学生の瀧くんだった
三葉は入れ替わっていた時の感覚で本質的に目の前に居る人間を瀧くんだと認識しているので
ちょっと幼いことに気付けていないのだと、多少最大公約数的な物の見方をすることで辻褄を合わせることが出来ます(出来ます

鼻と鼻が触れ合うんじゃないかというくらい近くに立った三葉
やだこの娘パーソナルスペース狭すぎない?童貞なら1発で惚れちゃいますね

・「たきくん、たきくん、瀧くん。あの、私、覚えて、ない?」
劇中結構な回数リフレインしていたと思うこのセリフ
なんというか見ているとキュッと胸が締め付けられます
そしてこれに対する瀧くん(中学生)の反応が
「誰、お前」
塩ッ!死海も真っ青の塩対応、残当すぎて声も出ない
視聴側は既に3年のズレを認識出来ているのでこのモヤモヤをどこにぶつければいいのかと小一時間

そしてこっからのモジモジ三葉が新鮮で可愛い
いつもならここで強く出ていけるのに完全に玉砕した恋する乙女モード発動中
やがて四ツ谷に到着する電車、居た堪れなくなって下車する三葉

・「みつは!名前は、三葉!」
中学生瀧くんが唐突に降りかけていた三葉に名前を尋ねます
映画だと勢いで流していたけど結構疑問が残るシーンですね
小説では、もしかしたら俺が知るべき人なのかもしれない
という根拠も何もない説明の付かない理由で衝動的に「あんたの名前は?」と尋ねています
そして渡される組紐、冷静に考えると知りもしない異性が身に着けていた紐を
ミサンガの様に身に着けていたというのはちょっとホラーな気がしないでも
中学生瀧くんには本当にまるっきり三葉とのムスビが存在していないので答えが出ないですが
名前を知る「べき」だと思った運命の人ということに

・そして本当の邂逅
引きの山頂の画でどこかに2人が映っていると思って必死に目を凝らしたのは私だけではないはず
互いに声だけは聞こえるなんとももどかしいシーン
そしてすれ違い気付く2人、訪れるカタワレ時




ちょっと話が戻るのですが山頂のご神体の所で目覚めた瀧くんの身体に入った三葉
この精神は既に死者のソレというようなことを上の方で書いたのですが
口噛み酒を供えに来た時に祖母一葉が言っていたことを覚えているでしょうか
現世に戻るには身体の半分を置いてこなくてはならないと、それが口噛み酒だと
しかしもう三葉が噛んで瀧くんが供えに来た口噛み酒はありません
では瀧の身体に入っている三葉は三途の川を渡る時どうしたのか?
そんなん迷信やろで片付ければそれまでなのですが
おそらく身体の半分置いてきています、瀧くんの身体に残っていたはずの瀧くんの精神の半分を隠り世に、あの世に

そうして訪れるカタワレ時、彼は誰時、黄昏時、それは逢魔ヶ時でもあり
この世ならざる者と出くわす時間でもある、例えば死者と

この時三葉と瀧くんの魂の半分、片割れが互いに隠り世にあると考えれば
2人が互いの姿を認識出来たことの説明になるのではないだろうか
要するに瀧くんが自身の魂の半分を代償に三葉の魂の半分をあの世から特殊召喚したという構図
互いに記憶の濁流に飲まれたのは魂の半分が出て行って相手の魂の半分を垣間見たからなんじゃないでしょうか
今までの入れ替わりはあくまで夢で魂そのものが入れ替わっていたわけではないとすると
記憶が流れ込んできていないことにも説明がつくはず


・「ばか!へんたい!」
互いに元の身体に戻ってやっと逢うことが出来た2人
しかし命の恩人に対してこの仕打ちをするのが宮水三葉という女
別にいいじゃん、好きな男に何回おっぱい揉みしだかれてても(ゲス顔

・組紐返還の義
ここで組紐を、時間の流れそのものであるムスビを未来の瀧くんから
過去の三葉へと還すことによって時間の流れも戻るわけですね
もしこれをしなかったらこの束の間のカタワレ時が終わった時
三葉は死者のままだったのかもしれない
一応予防線貼っておくけど全く見当違いなことを言っているかもしれない可能性を孕んでいます
あくまで私の解釈なのであしからず

・エスパー三葉
組紐をカチューシャのように結んだ三葉
正直個人的にもちょっと子供っぽい印象を受けたんですが
似合っているかどうかを尋ねられた瀧くんは
本心ではガキっぽくて似合っていないと思っていたが
そこは大人の対応で「まぁ、悪くないな」と対処
そしてなぜか本心の方がバレる、女心の機微はわかりませんね

・お別れの時
まだやることがある、そう言って見上げた空には箒星
互いに記憶の共有が出来ているので皆まで言わずとも状況は把握できているよう
なにげに重要アイテム黒マジック
名前書いておこうぜ!
うん!
かつん(マジックの落ちる音

このシーン本当に一瞬で体温が下がったような気がした
というか普通に考えるとこの後キスして消えたりしそうなもんだけど
この辺りが新海誠の思惑通りな気がする、ハッピーエンド?させねーよ的な

・「……お前は、誰だ?」(2度あることは3度ある
以下小説より抜粋
「言おうと思ったんだ、お前が世界のどこにいても
 俺が必ず、もう1度逢いに行くって。君の名前は、三葉」
「大丈夫、覚えてる!三葉、三葉……。三葉、みつは、みつは、名前はみつは!」
「君の名前は……!」

映像だとわからない小説ならではの演出
途中から漢字だとどう書くのかもうわからなくなってるんですね、瀧くん

「俺は、どうしてここに来た?
 あいつに……あいつに逢うために来た!
 助けるために来た!生きていて欲しかった!」
「誰だ?誰だ、誰だ、誰だ…‥?
 大事な人、忘れちゃだめな人、忘れたくなかった人!」

ここの瀧くんの畳み掛けるような心からの叫びの切なさ
BGMのスパークルがいい味出してる

誰と逢うために、誰を救うために
何があったのか、何をしていたのか、
何もかも忘れてしまった
もう逢えないことに対する悲しさも
忘れたくなかった相手に対する愛おしさも
忘れたことすらそのうち忘れてしまうことを理解し
それでも胸の内に残る感情をただひとつだけ知る「寂しさ」を
何かを忘れてしまったという寂しさだけを抱えて生きていくのだと
しかし納得などしないのだと、もう2度と逢えないとしてももがくのだと
そして訪れた夜の帳に向かって叫ぶ
神さまにけんかを売るような気持ちで
胸に残った寂しさだけを足場にして
全身全霊で生き続ける決意と共に
「君の、名前は?」

これ書いててひとつ疑問が湧きました
なぜ「寂しさ」という感情だけが残ったのか?
本来ならばこれ例外なくすべてを忘れると思うんです
この「寂しさ」という感情が残ったことには理由が、必然性があると思うのです
普通に考えればこの時残るべきは誰かを好きだったという
どちらかといえばプラスの正の感情が好ましいのではないでしょうか

寂しい、という気持ちは何かがなくなったからこそ発生する感情ですよね
確かに、好きだった忘れたくない人の存在すら忘れたことすら忘れてしまったのですから
寂しい、と思うようなことは正しいですが
そこに理由付けをするならばちょっと足りません
こういう時、国語のテストならば問題文ではなく原文を
ちょっと戻って穴が空くほど読めと、中学の時の早稲先生がおっしゃっておりました
授業中、似合っていない白髪交じりの口ひげを
教卓の上で毟るようにしていじるので
授業が終わったあとそこには無数の抜け毛が散乱して
クラスの女子から相当嫌われていた50代のおっさんでした

話が逸れました
で辿り着いたのは「カタワレ」というワード
上の方で考察した、口噛み酒トリップにより瀧くんが三葉と再び入れ替わった代償
身体の半分、魂の半分を分けあったのではないかという推論
仮に瀧くんの魂の半分を隠り世に置いていくことで
三葉がこっちに戻ってこれたとするなら
三葉は瀧くんの魂の半分で出来ている、と言い換えても良いのではないのだろうか
元は1つだった魂が2つに分かれ、互いに互いを失ったことを「寂しさ」と感じる
そしていつかまた1つに戻ろうとする、また逢おうとする
記憶は消えても魂に刻まれたムスビは
捻れようが、絡まろうが、時には戻って、途切れて、またつながると
ちょっとクドいかなぁ



・岐阜県の10月上旬の日の入時間は大体17時30分だそうです
これ正直、瀧くんがテッシーに自転車借りて
パンチラ立ち漕ぎしてた時から思ってはいたんですけど
時間大丈夫なの?
夜空に流れる箒星を尻目に山の中を走る三葉
目的地は変電所、位置関係がよくわからないのですが
ご神体のある山からは比較的近かったんでしょう


そしてスクーターに乗って現れたテッシーと合流
「自転車壊しちゃって、ごめんやって」
「はあ?誰が?」
「私が!」
こういう場面でこういうやり取りを挟んでくるのが良い

・テッシーヤバイ。
スポーツバッグいっぱいの含水爆薬
おもむろに取り出したボルトカッターを鎖に当てテッシーが三葉に問う
「これ以上やったら、いたずらじゃ通らんぞ!」
「お願い。責任はぜんぶ、私にあるで」
「あほか!そんなこときいてんじゃねえわ!これで二人仲良く犯罪者や!」
ここテッシーが責任ってワードに反応して顔赤くしててニヤニヤ
でも三葉は瀧くんのですからッ!残念ッ!

スクーターに2人乗りして神社の方へ行く道すがら
サヤちんとの電話が終わるか終わらないかで大爆発する変電所
初見時ここ吹き出すかと思ったというかちょっと吹き出してたというか
周囲でも似たような人がチラホラ
爆弾の規模デカすぎぃ!どこの爆弾魔かと

・糸守町大停電
悠木碧ちゃん、もといサヤちんの声が若干上ずってる感じが印象的な
防災無線乗っ取り放送が繰り返し流れる中
神社に辿り着いた三葉とテッシー
山火事だ!と逃げろ!と叫ぶがそこまで緊迫感のない町民たち
移動を始める人達もいるがそれなりの人数がまだまだ神社内に
変な話、日本人はここらへんの危機感が欠如してる民族ですからね
下手すると燃えてる方に行ってムービー撮りに行くまである

そんな中、三葉にも記憶の消失現象が
あの人の名前が思い出せないと狼狽える三葉に活を入れるテッシー
町長を、父親を、説得するべく走り始める三葉
ところで神社から役場ってそこそこ距離があるみたいでしたよね
途中で乗り捨ててたけど先にスクーターで三葉を送り届ければよかったのではry
※追記
ビジュアルブックを入手しました
美術設定に糸守町の大まかな全景画が
一応劇中でもなんやかんや位置関係がわかる手がかりはいくつかありましたが
私はてっきり町役場と高校は隣り合ってるくらい近いのかとばかり
というか中学校はどこにry


・組紐は2つある
場面変わって東京
ビールを飲んでいるお父さんと一緒に食後のりんごを食べていた中2の瀧くん
TVでは夜空に流れる1200年に1度の大スペクタクル天体ショーが映し出される

ところでこの中学生瀧くん
先日夕方の電車内で声をかけられた見知らぬ女に貰ったオレンジ色の組紐を持っています
この時、遠く離れた岐阜県Z郡糸守町で必死に走っている三葉の頭にも同じ色の組紐があるわけです
THEタイムパラドックス

・それは夢の景色のように、ただひたすらに、美しい眺めだった。
センサ局により発信位置を突き止められ拘束されたサヤちん(可哀想
含水爆薬を持ちだしたことがバレて父親に問いつめられるテッシー(残当
そしてついに割れたティアマト彗星を見上げて焦燥する少女(可愛い
同時刻、東京
外に出て肉眼でその美しい光景を見上げて高揚する少年(可愛い

ここの対比は視聴側の気持ちとシンクロしてて面白いなぁと
小説のあとがきにも書いてあるんですけど
最初新海誠はノベライズを出すつもりなかったそうです
その理由として「アニメーション映画という形がいちばん相応しいと思ったから」と述べている
このシーンなんかそれの最たる例なんじゃないのかなぁと
何も知らない人間の目にはただただ美しい光景として映るが
その美しいモノが何をもたらすのか知っている人間の目にはただただ残酷な光景に映ると
あとやっぱBGMの存在感ってのは小説では絶対に太刀打ちできませんからね

・すきだ
「誰、誰。あの人は誰?」
「大事な人、忘れちゃだめな人、忘れたくなかった人」
「誰、誰。きみは誰?」
「君の、名前は?」

めっちゃ転がる三葉、ハリウッドのスカウトが日本行きの航空券を手配するレベル
意識が朦朧とする中、フラッシュバックする消えたはずの記憶
「目が覚めてもお互い忘れないようにさ、名前書いておこうぜ」
少しずつ開かれる右手の指、そして覗いた手のひらには……

瀧くんが漢前過ぎて男だけど濡れた
ただ欲を言えば「すきだ」の横に「立花瀧」って書いておけばry

・鍵
傷だらけの泥だらけで町役場に辿り着いた三葉
町長室には父・宮水としきの他に祖母一葉と妹四葉ちゃんの姿が
アナザーストーリーによると、朝から異様な言動行動を繰り返す三葉を見かねて
三葉が来たら話を聞いてやってくれと、そういう風なことを言いに来ていたようです
ここは本当アナザーストーリーを読むと見方がガラッと変わるので是非どうぞ(ダイレクトマーケティング



・落下時刻は20時42分
運命だとか未来とかって言葉が
どれだけ手を伸ばそうと届かない場所で僕ら恋をする
時計の針も二人を横目に見ながら進む
そんな世界を二人で一生 いや何章でも生き抜いていこう

このRADWIMPSの曲と(スパークル
災厄という言葉が具現化したような絶望的な映像の調和

小説だとココらへんの描写があっさりしてます
意図的にやってるというか文字で表現しようがないですからね


・岐阜県の11月の平均最低気温は7.7°
山頂で目覚めた瀧くん、もう何も覚えていません

ところで三葉との入れ替わりが起きなくなったのが10月の頭くらいで
岐阜に来たのがそれから3週間後くらいの11月になってるかどうか辺りのようなのですが
これ下手したら凍死するんじゃ・・・?それも雲海を望んでるんですよねあの山頂
雲海って大体標高1500~2000m級の山々の山頂付近から見えるものらしいんですが
気候条件にもよるらしいんで仮にだいぶ低く見積もってご神体の山の標高を1000mと仮定します
標高が100m上がるにつれ気温は0.6°下がります
瀧くんはおよそ気温1°台の山頂で寝袋にも入らず
夕方18時くらいから朝の6時くらいまで(岐阜の11月1日の日の出時間が6時14分
寝ていたということに
ギリギリ凍死しないラインだろうか……?私なら1発で風邪引く自信ある

・時は移ろい2021年、立花瀧22歳、絶賛就活中
今現在高2で「君の名は。」を観た少年少女たちは東京五輪が終わった翌年
これを思い出すのかもしれませんね、頑張ってください(小声

ある日の朝、駅のホームで視界に入った彼女を見て全身が総毛立つ立花瀧
後ろ姿しか見えないけどもう美人てわかるもんね、やはり黒髪ロングは正義〈ジャスティス〉
しかし霞か幻のように見失ってしまう

・スーツが似合わない男、立花瀧(22)
見覚えのあるようなないようなカフェで内定自慢をする2人と別れて
奥寺先輩との待ち合わせ場所に向かうスーツの似合わない男
東京を離れて千葉のアパレル関係の店で働いているという奥寺先輩と共に街を歩くスーツの似合わない男
街頭ビジョンに映し出される「彗星災害より八年」の文字を見上げ当時の記憶を紐解く2人
死者0、奇跡のような一夜、町を挙げての避難訓練

私が劇場で泣いたのはこのシーンだけでした
結構涙もろい人間だと自分で思っているんですが
「君の名は。」に関しては周囲の反応ほど感動で涙が出るってことはないんですよね
2回目観た時に隣にいた女の子が後半結構ずっと泣いてたみたいで
男女で見方が違うのかなぁとか思ってました


・君もいつか、ちゃんと、しあわせになりなさい。
「私結婚するの」

結婚=しあわせ
別にそういう意味で言ったわけではないと思うのだけれど
奥寺先輩の半分は優しさで出来ているのだろうか
たかがバイト先の後輩、会わなくなって3~4年くらいは経ってるんだろうけど
わざわざ呼び出してここまで気にかけてくれる人なんてそうそういないだろう


・勅使河原 早耶香の総画数は57
季節は冬、クリスマスシーズン
まだ就職先が決まらない様子の立花瀧
チェーン店と思しきカフェでコーヒーを飲んでいると近くにいたカップルの会話が聞こえてくる
ブライダルフェアが、神前式が、ヒゲ、3キロ……
気になりゆっくりと振り返るとそのカップルはもう店内から出て行くところだった

三葉の思惑通り?ゴールインする模様の2人
結局町民に死者は出なかった糸守町でも
町の大半が新糸守湖に沈んでしまったので町としての体裁は維持出来なかったんでしょうね
しかしテッシー、サヤちんの尻に敷かれる未来しか見えないのはなぜなのか、南無


・新海誠が新海誠たる所以
カフェを出て帰路を歩く立花瀧
雪がちらつく中、傘もささず通った歩道橋
ふと何かが気になった様子で振り返るがまた歩き出す
そしてその後入れ替わるように同じように振り返る女性が一人……

多分今までの新海誠ならここで終わってた
もっと言えばすれ違ったのは歩道橋ではなく桜並木で
舞っているのは雪ではなく桜だったはず

「君の名は。」を観た秒速やほしのこえからの頃からの新海誠クラスタは
この後の展開を蛇足と言ったりする人もいるようです
上に書いたように2人は逢えないままの方が良かった、そこで終わっていた方が物語としては正解だと
いわゆる鬱エンドというやつですね

しかし私はこれを否定します
おそらく鬱エンド派の主張としては
好きな人を助けるために頑張って何も残らなかったけど好きな人を助けることが出来た
という点を主軸に捉えた一応ハッピーエンドの体裁の着地点になると思うのですが
たしかに物語としてはこっちの方が完成されているような気もします
空白になった青春の1ページ、という淡くて切ない恋物語みたいな感じですね

ただ私が思うに「君の名は。」の主題、話の着地点
国語的な解釈で言うと筆者の伝えたかったことはこの後だと思うのです

・あとすこしだけでいい。もうすこしだけでいい。

戻ってきました
Qどこに?
Aアバンに

ホントのホント、最初にやってた冒頭のシーンの続きがここなんだと思う
朝起きて泣いてたことに気付いた男は「あとすこしだけでいいから」とそう思いながらベッドから降りる
朝起きて泣いてたことに気付いた女は「もうすこしだけでいいから」と願いながら鏡に向かって髪紐を結う
2人は春物のスーツに着替えて家のドアを開けて目の前に広がる東京の朝の風景をひととき眺める
駅の階段を登り、自動改札をくぐり、混みあった電車に乗る

百人が乗った車両、千人を運ぶ列車、その千本が流れる街
ビルの窓にも、車にも、歩道橋にも、至るところに人が溢れている

何かに似ていますね
何人もの人が行き来し、何人もの人の人生が、時間が流れて……


・「君の、名前は―」

さて上の方で偉そうに否定するとか書いたところについて続きを

窓ガラスを挟んで手が届くほどの距離で併走する電車の中
互いに互いに気が付き、まっすぐ目を見て驚いて目を見開く
そしてずっと抱いていた願いがなんなのか知る

あとすこしだけでも、一緒にいたかった。
もうすこしだけでも、一緒にいたい。

あの時、あの山頂で抱いたはずの願いを知る
「思い出す」のではなく「知る」2人
あくまで出逢うのはこの時なのです
もう逢っているのではなくこれから初めて逢うのです
そして聞くのです

この物語はこれをやるためだけの、この瞬間のためだけの物語だと思うわけです

好きな人の命を救うことが目的などではなく
誰かを好きだった気持ちを思い出すことが目的なのでもなく
男と女が出逢って、名前を聞くところから始まるボーイ・ミーツ・ガール

極論ですがこう言い換えてもいいと思います
朝起きた男と女が同じ夢を見ていたのだがさっぱり内容は覚えていない
そんなことが何回も何回も起きているのだが何も覚えていない
ただ寂しさ、という感情だけを抱えて日々を過ごしている
ある春の朝、すれ違った電車で目が合い互いに目を、心を奪われる

そして2人は偶然出逢って同時に口を開く
「君の、名前は」と



劇場に行くと「君の名は。」のこの広告があったりしますが
こんなシーンは本編にはないんですよね
でもこれに近しいシーンがありますよね
一番しっくり来る解釈は、心はこの時のままという暗喩

時計の針も二人を横目に見ながら進む
そんな世界を二人で一生 いや、何章でも生き抜いていこう

時間が流れても、魂は、想いはあの時のまま
捻れようが、絡まろうが、時には戻って、途切れて、またつながって
ムスビついていると
組紐の説明がほとんどストーリーラインと同じなんですよね
まぁ多少こじつけ的にそういう解釈ができるというだけなのだけど


まだ書きたいこともあるような気がするので追記すると思いますが
一応これで終わり

さて最初期のひぐらしの正解率ばりに完走率が低そうな長編になりました
くぅ疲


ところで「君の名は。」という作品を一言で表わせ
と言われたら私はなんの迷いもなくこう答えます

おっぱい、と

コメント

エメリッヒ
No.12 (2016/10/25 10:56)
確かにこれはそれぞれの解釈にした方がいいのかもしれませんね…。(諏訪湖、大月湖、松原湖)
ところで自分は、アナザーサイドに記載されている宮水神社の御祭神をもとにして調べてみたんですが、これまた湖と神社の配置がそっくりなのが出てきましてね…
鳥取県一之宮倭文神社 
ここを推してる人見かけないんで受けないのかな~とか思ってたんですけど、諏訪湖に解釈した方がロマンもあって面白いのでそっちにします     
ちなみに宮水神社の御祭神、健葉槌命って、美少女らしいっすよ
二葉さんも美人、三葉も美少女…あ、ふーん(察し)
tosi
No.13 (2016/11/20 16:51)
映画を見てからずっとこういう考察を読みたいと思っていました。
面白かったです。ありがとうございます。
たけ壱号
No.14 (2017/08/07 21:39)
劇場公開時にみて、未だに話題になっている中観た直後のもやもやがなくならず、こちらの記事に辿り着きました。
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