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【非会員でも閲覧可】為五郎オリジナル小説③『奥さまは魔王』第7話

2018/10/15 11:55 投稿

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 音を立てないように恐る恐るドアを開けてみると、いきなりテンションの下がる物体を発見してしまった。
 それは、見慣れない男物の靴であった。しかも、安月給の地方公務員にはおいそれと手を出すことができなさそうな、高級革靴である。
 隠しもせず堂々と玄関に置かれてあるとは、俺もずいぶんなめられたもんだな、おい。きっと、夫がこんな時間に帰ってくるだなんて、想像もしていないんだろうね。
 ……ああ、なるほど。だから麻淋は、俺の帰宅時刻を執拗に確かめてきたって訳か。要するに、自分達が密会できるタイムリミットを知りたかったんだな。なんとも涙ぐましい努力じゃねぇか。
 玄関をくぐり、短い廊下を抜けて、二十畳くらいのリビングへと侵入する俺。ちなみに説明しておくと、ここはダイニングやキッチンも兼ねた部屋となっている。いわゆるLDKってやつだ。
 しかし、そこに麻淋の姿はなかった。
 続けて俺は、玄関から見てリビングの左手に設置されている、トイレやバスルームを覗いてみた……りしたら、今回の作戦が『浮気妻VS変態夫の戦い』へと堕落してしまいそうなので、外からこっそり様子を伺ってみることにした。
 でも、やっぱり中に人がいるような気配はない。
 だとしたら、残るはリビングの右手にある十二畳の和室と、そして同じく十二畳の寝室ってことになる。
 ……ますます嫌な予感がしたね。
 寝起きレポーターのごとく、慎重に寝室のドアを開く俺。自分が家賃を払っている家で泥棒めいたことをしなければいけないとは、実に情けない限りである。けれど、俺の存在がばれて、不貞野郎に窓から逃げ出されたりしたならば、せっかくの作戦が全て水泡に帰しちまうってもんだろ? ……まぁ、ここは四階だからその心配はほとんどないだろうし、仮にそうなったらそうなったで、麻淋が玄関の靴をどう言い訳するのか楽しみでもあるんだけどさ。それよりも俺は、明確な証拠が欲しかったんだ。妻が言い逃れできないような決定的証拠を、な。
 ところが、寝室にも彼女達の姿はなかった。拍子抜けしてしまうと同時に、少し安堵する俺。やれやれ、最悪の予想は外れたってことか。
 ……だけど。 
 この時点で、俺はようやく気がついたのだ。――うっすらと聞こえてくる、不快なメロディに。
 チューニングという概念を持っていないかのような交響楽団と、ハーモニーという概念を失ってしまったかのような合唱団が奏でているそのオペラらしき楽曲は、周囲の淀みきった空気と相まって、いかにもただならぬ雰囲気を醸し出していた。
 音の発信源がどこにあるのかは、いくら方向音痴な俺でもすぐに察することができたね。
 ……和室だ。
 今のところ荷物置き場としてしか機能していない、和室である。
 おいおい、一体そんな場所であいつらは何をしてるんだよ? それも、趣味の悪すぎる曲を流しながらさ。
 その答えを知る方法は、一つしか思い当たらなかった。俺が意を決して、和室に繋がる襖を開けようとする。
 だが、開かない。どうやら何かが引っ掛かってるようだ。
「ぬぉぉぉぉ!」
 奇声を発しながらもう一度、今度は力任せに襖をこじ開けてみる。
 ――すると、俺の目にとんでもない光景が飛び込んできやがった。
 いや、ありがちな表現だけど、そうとしか言いようがなかったね。
 畳の上にたくさん転がっている水晶みたいな物体は、秒単位で色を変えながら怪しく発光していた。部屋の奥に設置された神棚みたいな台には、どこの宗教かはわからない、というより色々な宗教が混じったような装飾品と、おどろおどろしい怪物のオブジェが飾られてあった。しかも、そのすぐ近くにある蜀台では、不気味なBGMに合わせるかのように、紫色の炎がめらめらと揺れている。
 ……カーテンによって密封された真っ暗な和室で、こんな光景が繰り広げられていたんだぜ? それを『とんでもない』以外の言葉で表現するなんて、三流大学卒業の俺には到底無理な相談ってもんだろうが。
 衝撃のあまり、尻餅をついたまま動けなくなってしまった俺を見て、神棚の傍に立っていた若い男性が、肩をすくめながら口を開いた。
「……どうやら、作戦は失敗に終わったようですね」
 両生類の鱗を連想させる柄の燕尾服を身にまとったその男は、やけに長い髪をかきあげた。なるほど、確かに仁美さんが言っていた通り、かなりのイケメンである。
「こうなることが容易に想像できていたからこそ、私は声高に反対を唱えていたんですよ。……それも、作戦の極めて初期段階からね」
 隣で背を向けているもう一人の人物に対して、皮肉っぽい口調で話し掛ける彼。「さぁ、どうなされるんですか、魔王陛下?」
 ……やがて、魔王陛下と呼ばれたその人物が、ゆっくりとこちらに振り向いた。
 胸部におぞましい紋章が刻まれた黒いレザードレス、そして色とりどりに輝く動物の羽が刺繍された漆黒のマント。銀色のカチューシャを頭にかぶせて、顔のようなピースが連なっているネックレスを首にぶら下げている。
 そういった奇抜な服装の女性は、俺の顔を確認するなり、震えるような声でこう述べた。
「貴様……見てしまったのか」
 ああ、そっちの作戦はどうだか知らないが、少なくとも俺の作戦は成功だったさ。自分の留守中に我が家を訪れる怪しい男性の姿を確認することができたし、なおかつ妻の本性も知ってしまったようだからな。
 それからしばらくの間、俺と麻淋は無言で見つめあった。
 ――まるで、愛し合う新婚夫婦のように。

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