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心落 のコメント

心落
No.254 (2015/11/12 21:57)
そもそも右左派は、フランス革命時に起源していて、右は保守、左は革新という意味合いを持つ。
そこで現在の日本を顧みれば、それぞれにそういう名前の団体があったりそういうレッテルが貼られていたりするだけで、
何ら右でも左でもなく声を上げているもんばかりや。
右左派というのは政治の解決手法の種類をいうはずが、欧州でも日本でも、使われるうちにレッテルに成り下がってしまった。
そもそもこの法案の賛成反対に現在の報道イメージ通りに右左派に分かれるような部分は保守と革新の観点からはひとつもない(例えばTPPにはある)。欧州の難民移民の両問題において右が排斥を、左が受入を積極的に支持したことで、固定観念になってしまったが、別に外人を民族的にまで差別するヤツらを右翼と呼ぶわけではない。戦争手段を残すことが外人排斥的だから右かといえば、社会の空気に合わせていうなら右だけど、原義からは外れる。

おはジーさんの考えはこの記事において、ひどく二元的な構造をもっている気がする。

政治において「客観的に干渉できるような万能存在」がいないことが、もっぱらキリスト教徒の政治史によって背理法的に証明された結果うまれた議会政治に、民衆に主権のある民主主義が重なって(どちらも西洋起源だが)政治をしているのが現在の日本(他先進諸国)である。
このように議論を主眼に置く中、政治の話で「正しい、間違い」を話の筋にするのは不可能(議会を持つ意味がない)だ。
政治の解決とは個個の問題においてどの事柄が治まることをいうのかを、主権者やその代表が過不足無く言いつのり、
実現可能な限りの事柄を治めるのが政治というもの。実のなる議論をするつもりが少しでもあるなら、イデオロギーに悩むよりも、ある種打算的に損得と徳とを織り交ぜながら、個人にとっての利益を論ずる方が健全であると自分は思う。
(ここでいう徳と善悪をはき違えないように。とはいえ、徳すらつきつめれば損得勘定である。)

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