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blog-血液型診断について

2016/06/15 23:32 投稿

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こんにちは。スピリチュアル・カウンセラーの沢村です。

というわけで、今日はこの「血液型診断について」というタイトルで筆を執ろうと思います。
いくつか説を記載していますが、その出処について、(面倒なので)出典を明記していません。
各々のリテラシーにお任せします(ピ)。

=====
「血液型診断」については、考慮すべき事柄が多数存在している。

1つの切り口として、盲目な信奉者を多数生んでいるということがある。
日常会話で当たり前のように血液型の話題が出るのは日本だけだという揶揄すらある。
例えば外国人に対して「血液型は何だい?」と訊ねようものなら
「そんなの知らないよ、君はドクターか何かかい?」というような返答があった、
などというようなジョークまで存在している。
(一部、韓国と台湾などが日本の影響を受けているようだが)

そこで、この血液型診断(血液型性格分類)が
なぜ、どのように、成立してきたかという観点で書いてみようと思う。

まず、人間という生物は、ある対象物を認知する際、重要と思われる情報をピックアップし、
比較対象との差異を抽出していく戦略を取る傾向にあることが挙げられる。
類型化し、脳の負荷をローコストに抑えつつ、処理を進めるためである。
(この重要情報は、個体の嗜好性などの要因によって重み付けが様々である)

そのため、こと「人間」についても、何らかの方法で分類し管理しようという試みが
医学的な文脈、政治的な文脈、その他、様々な場面で繰り返し登場することになる。

有名な例に限定しても、古代ギリシャまで遡ることができる。
紀元前~200年頃、ギリシャでは「四体液説」が提唱されたが、
その中で人間は血液、粘液、黄胆汁、黒胆汁の4つからできているとされた。
そして、この各体液の多寡によって、性格傾向が分類できると考えられた。
(現代になお伝わる「A」「B」「O」「AB」での性格分類は、
 この四体液説の成立過程時の思考をなぞっている…と云うことができるかもしれない。)

血液型自体は、大戦中にナチスドイツが用いたようである。
当時「性格が遺伝すること」「血液型が遺伝すること」が知られていた。
結果「血液型が性格を決定している」と考えるのは自然な流れある。
更に、強い国を成すための「優生学」の考え方が支配的であったこと。
ナチスドイツ国民に多く存在する血液型をして「高知能」「真面目」「健康」といったクラス分類をし、
対してユダヤ系統に多く存在する血液型には「精神薄弱」「暴力的」「病弱」とし、
人種差別の正当性を高らかに喧伝していたとされる。
(しかし、そこに科学的な根拠は存在していなかった。)

日本でも同時期に血液型分類によって兵士を分類しようと試みたことがあるが、
性格との間に有意な関連性が得られなかったとされる。

現代においても、「正しく無作為抽出の元で」実施された統計結果で、
血液型と性格との結びつきを実証できた内容のものは存在していない。
医学的には、性格に影響のある遺伝子が存在していることは明らかになっており、
また、ドーパミンと血液型遺伝子が何らかの関連をしているとする指摘はあるようである。
(※テレビや雑誌で何らかの実験結果が示され
た場合、実験方法が歪でないか注意を喚起するものである)

*****
さて、それでは何故、特に日本においてこの「血液型性格診断」が広く流布しているのかについて
主には心理学周辺で述べられている各理論を参照しつつ、考察という名の私見を述べたいと思う。

「バーナム効果」…という言葉はかなり一般的に知られているように思うが、
占いほぼ全般に言えることで、誰にでも当てはまるような曖昧さを持った回答を受け取った場合に
確かに当てはまるなと考えてしまうような心理効果のことである。
A型は~、B型は~と記載された内容を受け「確かにA型は◯◯だ」「確かにB型は●●だ」と
考えてしまう危険姓が人間にはあるということである。

更に「確証バイアス」という認知処理上の問題が存在する。
「A型は几帳面だ」「アメリカ人は自我が強い」といったような情報を持っていた場合に、
この情報を支持する行動に注意が向いてしまう(反証となる情報はスルーされがちになる)現象のことである。
そのため、A型の人の几帳面な一面を切り取って「やっぱりA型は几帳面なんだ」と考えが強固にしてしまう。
こうなってくると、そこまで性格に差のないA、B、O、ABの人をその人に見せたとしても
この「A型の人はA型らしい性格だね~」…というような思考を生み出してしまう。
それでは逆に、最初に血液型を隠した上で接してもらい、その後に血液型を開示したとしても
「そういえばあの時のあの行動は几帳面だったからでは…」と脳内補完してしまうこともある。
(この現象も、冒頭で述べたような「認知処理上の効率化を図るためのメカニズム」である)

続いて「ピグマリオン効果」を挙げる。
「悪いねずみ」「よいねずみ」とレッテルを貼った2群を教授が生徒に渡し実験をさせたところ
「悪いねずみ」とされた群のパフォーマンスが、「良い」とされた群のパフォーマンスと比べ
有意に悪くなってしまった(逆も然り)といった結果が得られたという。
また、この人間バージョンで、嘘の知能テストを実施し、嘘の数値を割り当てた生徒に対し
その結果を確認した教師のもとで学習を進めた結果……なんていう調査結果も存在する。
これは「期待度」によって、教師側が扱いを無意識に変えてしまうからでは、と言われている。
これを血液型診断に当てはめると、「A型は几帳面だ」がメディアを経由して広く知れ渡ることで、
徐々に「そのように」なっていく可能性があるという指摘が存在している。
しかし、ピグマリオン効果自体の再現性が怪しいとされていること、
現実の血液型と性格との統計結果では顕著に結果が出ていないことなどから加味すると
影響度は大きくないのでは、と考えている。

「役割理論」という言葉もある。(※ポケモンとは無関係です)
人は誰かしらに期待される行動を自然と取ってしまうという主旨の理論である。
実験参加者を看守と囚人に分けた時に、特に指示を与えていないにも関わらず
看守群は看守らしく、囚人は囚人らしく振る舞ったという。
この理論を血液型に当てはめると、「A型は几帳面だ」ということを刷り込まれたA型の人が
「自分は几帳面なんだ」と考え、そのように行動しがちになる、と言うことができる。
しかし、これもピグマリオン効果のところで記載した内容と同様のことが言えるのでは睨んでいる。
看守と囚人の実験では、特に主義主張などが介在させる部分がないのに対し、
日常生活での各ふるまいについては、個人が持つ信念に大きく影響を受けると考えられるからである。
(=ひらたく言うと、天邪鬼な人は几帳面だと言われたら大雑把なふるまいをする…)
(※完全に筆者の感覚レベルのお話)

以上をふまえると、
諸外国と異なり、生を受けた瞬間から血液型情報と付随する性格情報が与えられる日本という国において
認知バイアスや同調圧力によって多数が性格と血液型が密接に関わっていると信じている(ように見え)、
対して
「『言うほど』影響していない」くらいの感覚を持つのがベターなのではと考えている。
(という結論自体も、情報の恣意的なピックアップにすぎないのだが…)
確かに統計的に行動様式に有意差は出ていないようだが、「影響していない」と断じてしまうには
少々、危険な情報もちらほら転がっている状態だとも考えている。
(とすることで、恣意的な部分を少しマイルドにし、柔軟に情報を処理ーーーー)

しかし、日本人における日常生活においては、こうした「正しさ」の追求よりも
血液型トークを通じた共感から得られる円滑なコミュニケーションの方が重視されるきらいがあるので
同調圧力ループを崩す手立てが見つかっていない状態であるといえる。
よいアプローチがあればご教示願いたい。

【完?】


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